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イギー・ポップ 『ポスト・ポップ・ディプレッション』

■ドキュメンタリー映画『アメリカン・ヴァルハラ』を、ようやく鑑賞することができたので、2016年3月のアルバム・リリース時に書いた原稿をここにアップしてみました。


 2016年が4分の1も終わらないうちに、年間ベスト・アルバムの最有力候補がデヴィッド・ボウイとイギー・ポップの新作になるとは予想だにしなかった。
 ご承知の通り、ボウイの『★』は実際に遺作となってしまったし、イギーの『ポスト・ポップ・ディプレッション』についても、本人が「これが最後のアルバムになるだろう」といった発言をしている事実は非常に重い。ボウイもイギーも、それぞれにキャリア/人生の終わりを意識して作品に向き合ったのだ。イギーがボウイの病状をどれだけ知っていたかはわからないが、故ロン・アシュトンに代わってジェームス・ウィリアムソンを参加させたイギー&ザ・ストゥージズとして2013年にアルバム『レディー・トゥ・ダイ』を発表したものの、翌年にはスコット・アシュトン、その次の年にはスティーヴ・マッケイと、メンバーが続けて逝去しており、そんな状況でイギーも色々なことを想ったのだろう。それが、威勢よく「死ぬ準備はできてるぜ!」と叫んでみせるだけでなく、"死"を視野に収めながらも"生"をしっかりと全うするような、決定的な作品を残したいという気持ちへ繋がっていったのではないだろうか。
 長いキャリアを通じて、イギーは数多くのアルバムを作ってきたが、それらの多くは、世間から求められる野獣ロッカーのイメージに応えようとする責任感と、新たな方向性を模索したいという欲求の間で揺れる心情を常に背負っていたようにも感じる。特にストゥージズが再結成して以降のソロ名義による2作品『プレリミネール』(2009)と『Après』(2012)での振れ幅にはそれが顕著だった。

「2014年の半ば頃、ゆっくり考えたいと思って、ツアーをやめることにした。そこで、自分の最高傑作を作らなければと思ったんだ。小説に近い、アルバム作品と胸を張って呼べるものをね」イギー・ポップ

 意を決したイギーは、クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジのジョシュ・ホーミに連絡をとる。

「ジョシュならば俺の音楽を理解してくれるだろうと確信できたし、彼は、作曲はもちろん、歌詞も書けるうえに、あらゆる楽器が演奏できて、優れたプロデューサーでもあり、人としても教養がある。そこでジョシュの携帯番号を手に入れて、《一緒に曲を書いて、レコーディングしないか》とメールを打ったんだ。すると、ぜひ!という返事がきた。それで充分だった」

 アルバムの制作にとりかかるにあたり、まずイギーはジョシュ宛に、Eメールではなく実際に書き記したもので、歌詞や詩、エッセイ、短編小説などを大量に送ったという。その中には、ボウイとベルリンで作った2枚の名盤『イディオット』と『ラスト・フォー・ライフ』に関する回想録も含まれていたそうだ。これらのマスターピースを完成させる直前のイギーはどん底の状態にいたが、ボウイの助力を得てベルリンまで赴き、新たな表現領域へと踏み入って見事にキャリアを再生させた。彼の中では、この時の経験をベースにしてニュー・アルバムに取り組んでみようという思いがあったのかもしれない。
 そしてイギーは、カリフォルニアにあるジョシュのホーム・スタジオ=ランチョ・デ・ラ・ルナおよびピンク・ダックを訪れ、さらにジョシュは制作現場にディーン・フェルティータ(クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジ/デッド・ウェザー)とマット・ヘルダース(アークティック・モンキーズ)を呼び寄せて極秘裏に作業を進めていった。

「ジョシュと俺の考えが一致したのは、レコード会社からもマネージメントからも資金援助を一切関与させず、完全に独立した状態で、必要経費は全て自分たちで負担してやろう、ということだった。純粋に音楽を作ることだけに集中したかったからだ」
「曲のほとんどはスタジオに入ってから、ジョシュといっしょに2日間で書いた。それから、砂漠の中に建てられた小さなスタジオで、裏にある差しかけ小屋に4人の楽器をセットしてレコーディングしたんだ。ジョシュが《今日はこの曲をやってみよう》と言って、彼らが何度も演奏するのを聴きながら、俺は歌を仕上げていった。ドラムやその他のうるさい楽器と同じ部屋で歌ってるわけだから、後でヴォーカルだけ歌い直さなけりゃいけなかったけど、残せるものはできるだけ残した。曲によっては、完全にそのまま使ったものもある。低音で歌っているものやドラムのないパートでのヴォーカルは、たいていライヴで録ったものだ」

 こうして完成したアルバムは、まさしく一世一代の傑作と呼ぶに相応しいものになった。ストゥージズ的な荒々しいハード・ロックではなく、時折クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジが聴かせるような、艶めかしくも奇妙な曲線を感じさせ、内側には熱いグルーヴが蠢く、真の意味で成熟したロック。
 バンド・サウンドだけでなく、コーラスやストリングスなどのアレンジも素晴らしい。「German Days」というタイトルの収録曲もあるし、「Gardenia」をはじめ、イギーのよく響くバリトン・ヴォイスに重ねられるジョシュのバック・ヴォーカルは、かつてボウイとイギーが共演曲で聴かせていたハーモニーを想起させたりもする。
 冒頭の2曲「Break Into Your Heart」と「Gardenia」の流れ、中盤の「Sunday」での暴走ではないドライヴ感、ラスト・ナンバー「Paraguay」のこけおどしではない劇的な展開……聴くたびに魅了され惹き込まれてしまう。若い頃はいつ死んでもおかしくないような破滅型の日々を送りながら、まもなく69歳になろうとしているイギー・ポップというロッカーだからこそ作り上げることができたアルバムだろう。ボウイの『★』と同じように、イギーもまた自分ならではのやり方で『ポスト・ポップ・ディプレッション』を完成させてみせたのだ。

 アルバム・リリース後のツアーは、チャヴェズのマット・スウィーニーがベースを担当し、トロイ・ヴァン・リューウェン(QOTSA/スウィートヘッド)も助っ人として参加して行なわれ、その規模はごく限られたものになるようだ。ジョシュは「ライヴは小さな会場を選び、それほど数もやらない。たぶん君はチケットを手に入れられないだろう。でも、それがいいのさ」というような発言もしている。

 で、そのあとイギーは引退してしまうのだろうか?

「まあ、ラジオのジングル程度のことだったらいつでもやるよ(笑)。アニメの声優、CMのナレーションといった仕事は大歓迎だ。ケンタッキー・フライドチキンなんかいいね(笑)。簡単にできるやつさ」



追記:2018年、71歳を迎えたイギーは、モントルー・ジャズ・フェスティバルをはじめ幾つかのフェスに出演予定。また、ロンドンのフィンズベリー・パークで行なわれるクイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジのライヴにも参加するようだ。


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