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【推し活】



実に久々に【推し活】というものをしてきました。
そのレポでも。語彙力不足ですが…。


私は歌手の【ゆず】が大好きです。
好きになったのはもうかれこれ15年以上前でしょうか。

当時12歳の私、4歳離れた妹が小学校の文化発表会で合唱する、と言って家で歌いはじめたのが「またあえる日まで」という曲でした。

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当時のドラえもんのEDソングだったと記憶しています。

その練習をする姿を見て、譜面を見させてもらって、家にある電子ピアノで弾いてみて、途端にメロディーが好きになりました。


その足で近くのレンタルCDショップへ。CDをレンタルしてきて、早速ダビングしました。


そんなきっかけがあり、ゆずの沼にどっぷりとハマることになります。

といっても、ライブに初めて行ったのは就職してから。だった9年前のことです。


初めてゆずのライブに行って、さらにゆずの音楽の虜になりました。


それから国内のツアーは勿論のこと、アジア圏内のツアーであれば遠征してまで参戦する日々が始まりました。


『ゆずのライブに行くことが私の生き甲斐』になりました。

ゆずのライブに行くのを目標に仕事を頑張るのは勿論のこと、ゆずのライブのために節約するのも普通のこと。


そんなキラキラした日々も、このコロナ禍で容易に叶うものではなくなりました。

楽しみにしていた去年のライブツアー『YUZUTOWN』

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久々に我が地元和歌山県にも来てくれる、ということで、心の底から楽しみにしていました。
なんだかんだ大好きな地元、その街(town)にゆずの2人が来てくれることはとてつもなく私にとっては嬉しいことでした。


幸いなことにチケットも当選、支払いも済ませ、来る日を心から楽しみにしていました。


しかしこのご時世。一度は延期したツアーも結局全て中止に。


オンラインライブへと変更になりました。


この状況を鑑みれば仕方がない、どうしようも無い。そう理解はしていても、やはり寂しいものです。

テレビ越しで見る、オンラインライブ当日。


やはり切なかった。
このツアーを、大好きな2人の姿を、自分の目で見たかった。

でもきっと本人達の方が辛いだろう、と何度も思いました。
それは、今までずっと、ファンのことをすごく大切に思ってくれているのが伝わっていたから。


いつも自分達のことよりもファンのことを慮り、ファンのために自分達が出来ることは何か、と常に模索してくれる2人の姿を見てきたから。


今まで、東日本大地震を始め、全国各地で起きる自然災害に心を痛める2人を見てきたから。


そんな2人にずっとついていくと決め、応援してきました。

【仕方ない】そう頭でいくら理解していても、【生で見たかった】という思いは拭い去ることが出来ませんでした。
むしろ、早く自分の目でライブを観ることの出来る【その時】が訪れてほしいと強く願うばかりでした。


そんな日が一体いつになるのか、誰にも答えはわからない中、自分の人生の転機。

日々必死になって就活をし、それでも上手くいかない、ずっと心の闇の中にいました。

そんな中、ゆずが有観客でライブをやる、という連絡が来ました。


本当に本当に嬉しかった、でもこの状況の中本当にライブをやることが正しいのか悩んだのも事実です。

でもせっかくのチケット、やはり行きたい欲が勝りました。そのかわりきちんと感染対策をやれるだけやって参戦する、そう決めました。

色々な思いを抱きつつ、迎えた当日。

会場に入った途端押し寄せる嬉しい気持ちの波。


【あー、この感覚はいつぶりだろう】

と幸せな気持ちに包まれました。


最後にゆずのライブに行ったのは2019年9月29日。
誕生日前日、台湾で行われたライブに、自分の誕生日プレゼントとして行ったのが最後です。


その日からカウントして689日。

約2年ぶりのライブだったわけです。久々に感じる会場の一体感、みんながライブを楽しみにしているワクワク感、どんな曲を歌うのだろうとはやる気持ちを必死に抑える空気。

色んな空気が懐かしくて、会場のみんなも笑顔いっぱいで、本当に来てよかったと心の底から思いました。

ライブでは声を出さない、歌わない、ライブ途中に換気の時間がある、マスクを外すことはできない、席から立たないなと、色々な制限を守りながらの開演です。


ステージに現れた2人の姿を見て涙腺が崩壊しました。
約2年ぶりに見る生の2人。


【生きていてよかった】


心からそう思いました。


セトリは誰が見ているかわからない以上あまり多くは書きません
(自分がネタバレを見るのが嫌だから)


私にとってたまらなく好きな曲、というものはたくさんあるのですが、その中でも好きなのが
『GreenGreen』と言う曲です。

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GreenGreen
作詞作曲:北川悠仁

「忘れないから」「忘れないでね」
扉の向こうに手を振った 遠い昔話
「全部このままさ」「なにも変わらない」
振り返るけど 僕らはもう 他の誰かだった

若葉が光受けるような 淀みない心で触れ合った
浮かんでくるのは 眩しすぎる日々

グリーングリーン
丘の上寝そべって見てた空 夏の匂いがすぐそこまで
憧れも不安も ぼんやりと過ぎてった
どうにかなるさと笑いながら
君とだったら無敵と思っていた 叶わぬ願いはないと信じた
風の中で揺れている
グリーングリーン

「似たもの同士」「分かり合えるんだ」
言葉なんて必要ないさ そんなおとぎ話
「元気でいてね」「きっとまた会えるよ」
サヨナラは間違いじゃなかった そう言ってくれないか

グリーングリーン
帰り道待ち合わせの時刻 呼びかけたら振り向いた君
少し大人ぶって でもカッコつかなくて
吹き出したいつものあどけない笑顔
特別予定なんかなくても 一緒にいれればそれでよかった
続いていく毎日を疑いもせず

若さゆえに傷ついて 街の雑踏に飛び出した
世界が嘘だらけでも 君だけほんとだった
見渡す景色 今もどこかで どんな風に暮らしているかな
時々悩んだって 幸せに包まれ
変わらない君がいるだろう

グリーングリーン
丘の上寝そべって見てる空 夏の匂いがすぐそこまで
教えてくれたんだ 道に迷うときは
ここから また始めればいいんだ
ずっと言えずにいた「ありがとう」 小さく呟いて歩き出す
風の向こうに手を振る
グリーングリーン

歌詞も去ることながら、メロディーが好きです。
「道に迷う時は ここからまた始めればいいんだ」

この部分がそっと背中を押してくれるような気がしています。

本当は恋の離別と決意を歌った曲で、曲調は明るいが切ない。更には後半、曲調が明るくなっていくが、それ故に切なさが増すとも思っている。
本当はもう戻ってこないとわかっている過去を回顧して懐かしく感じているのだろうけど、愛する人と過ごした日々を、「若葉が光受けるような淀みない心で触れ合った 浮かんでくるのは眩しすぎる日々」と表現するのは流石だと感じる。
若葉という表現もタイトルのGreen Greenにかかっているような。

もう別々の道を歩き始めた元恋人との別れを懐かしく思う気持ちもありながらまだ未練もあるような、そんな曲と自己流に解釈するが、テンポやメロディーがカバーして、新緑の中からメロディーがサラサラと流れてくるような感じを抱く。

別れた後、彼女がどこへ行ったのか分からなくても、もう会えなくても、元気でいて欲しいという、彼女の幸せを願う曲のように思えます。


ダラダラと曲の考察を載せてしまいましたが…あとは、この曲に付帯する思い出。

この曲をこの世で初めて聴いたのはライブ中。2人が新曲を披露してくれました。
そんな曲のリリース日、私は友人2人とゆずのライブに参戦後、居酒屋でしこたま飲み、3人でホテルに宿泊していました。


リリースは0時ちょうど、その時を3人で今か今かと首を長くして待ちました。


それなのにうまく検索でヒットしない!

誰が1番早く見つけられるか…!と大盛り上がりしたあの日を思い出します。
そんな沢山の思い出のある曲が流れた時にまた涙。
どれだけ我慢しようとしても無理でした。


ライブ自体はとても楽しめるような工夫がなされていて、上述のように声を出したりはできないけれど心から楽しかった。

そしてアンコール。
個人としては【終わりの歌】や【花咲ク街】【そのときには】とかを期待していたけど、いい意味で裏切られました。

【栄光の架橋】


今までのライブ参戦で嫌と言うほど聴いたこの曲。

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たしかに感動する曲ではあるけど、もう今まで沢山沢山聴いてきたから泣くなんてことはないだろうと勝手に思い込んでいました。

しかし、いい意味で裏切られます。


曲の冒頭でもう涙が溢れて止まらなくなりました。


仕事を辞めて辛かった時。

自分がこの世の中のゴミに思えて死にたくて仕方なかった。


何度も何度も泣いていました。

今の病院への就職を掴んだことは決して簡単な道のりではなかった。

やりたいと思っていた看護は出来ないんだ、こんな難ありの看護師なんて雇ってくれないんだと夢を諦めかけた日も何度もあった。

本当に何もかもが嫌になって、大阪に逃げて帰ることもできなくて、本当にどうしていいのかわからなかった日々。


そんな色んな日々の思いと歌詞がリンクしてとんでもなく泣きました。

化粧も崩れるしマスクの中は涙でびちゃびちゃ。

2人が紡ぐ心に染み渡るメロディーと歌詞。
2人の表情やギターの演奏。
ゆずっこになって本当によかったと心の底から思った。


そして久々の【推し活】が出来て、大好きな推しの動く姿を見ることができて眼福でした。

早くこんな日々が当たり前になってほしい。そう思いながらライブ会場を後にしたのでした。

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