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なんでこんなことに(vsFC町田ゼルビア)

 なんでこんなことに……。

 FC町田ゼルビア戦、目を光らすコールリーダーさんのすぐ近くで、必死に声を張りあげながら、ぼくは内心首をかしげていた。なんでぼくはこんなところでチャント歌ってんだ?

 ホントは今回の町田行き、やめるつもりだった。先週から右のもも裏を痛め、しばらくまともに歩けなかった。多少マシにはなったけど痛いは痛い。しかも4月3日の天気は雨だと。なぁにが悲しくて、足ひきずりながらスタジアムにまでいって雨にうたれにゃならんのだ。当日をむかえて午前中くらいまでは、ひきこもってDAZN観戦のつもりだった。

 昼過ぎあたり、急に気が変わった。「行っときゃよかった」に耐えられそうにないなとおもった。しかたない。雨の日のゲームは記憶に残りやすいっていうのと、サイアクnoteに書きつけりゃいいじゃん、で自分をだまくらかすことに。ころりとだまされたぼくは、おもむろに雨合羽と長靴をビニール袋に入れ、45リットルのゴミ袋を2枚バッグにつっこみ、25番のユニフォームを着て、準備万端で出かけた。

 そんな心持ちなので、かならずしも積極的な観戦態度ではなかった。いっても跳ねず歌わず、のんびり見ていようという肚づもりだった。スタジアムに入ってやったことは、まずサポーターグループの位置の確認。そこからほんのすこしはずれたところに陣取った。

 しばらく雨にうたれながらぼぅっとしていた。ゴール裏中央付近のコールリーダーさんが周りを見渡しているのが視界の端に見えた。

「今日人数すくないんで、もっとみんな集まりましょう」

 コールリーダーさんが急にそう呼びかけた。しまった、そのパターンあったか! むかしよく聞いたわそのフレーズ。なつかし。忘れてた。

 でも最初は「いやいや足も痛いんで、すみませんが……」聞こえないフリをした。が、もう一度コールリーダーさんの呼びかけがかかり、追加でサポーターグループのあんちゃんまで出張ってきた。「もっと寄りましょう!」。目が合ってしまった。もう知らんぷりはムリだった。しぶしぶかれらに従い、ちょろちょろっとキモチ寄ってみた。

「となりや前があいてたらどんどん埋めましょう!」

 コールリーダーさんの要求はさらに高まる。「ええぇ……」。でも1回いうこと聞いちゃった以上しょうがない。バッグを入れてクチをしばったゴミ袋をひっつかみ、となりを詰め、空いてる前の席にひょいと移動していく。ベンチをまたぐとき、うっかり痛めた右足で着地した。悶絶した。

 そんな感じで一列また一列と寄っていく。気がついたらサポーターグループのほぼ真ん中あたりにいた。周りには、いかにもサポーターです、ってツラしたあんちゃんたちがずらり。コールリーダーさんが、ぼくが将棋の桂馬なら取れる位置にいた。いやいやいや、無理ムリむり! ゴール裏通ってたの何年まえだとおもってるんだ!

 でももう逃れるすべは残されてなかった。こうなったら、飛び跳ねるのはムリとして、せめて声くらいは出さないと。肚を決めるしかなかった。出がけに買った水色ラベルのポカリのあおり、意を決して声を張りあげた。そこで冒頭のぼやきになるのである。「なんでこんなことに……」。

 しばらく首をかしげながら声を出していたが、そのうち気が付くことがあった。なんだ、意外に声出るじゃん。単純にうれしかった。さらにうれしかったのが、サンフレッチェコールの修正。いままでは「サーンフレッチェ」の「チェ」と同時に手拍子だった。今度から「チェ」のあとに手拍子になった。これは助かる。チェのところで手を叩くの、死ぬほどしんどかった。どれだけ間をハズした「サーンフレッチェ」をやってきたことか……!

 さらにうれしくなったぼくは、調子にのった。まるで熱心なサポーターみたいなツラこいて「サーンフレッチェ」とさけんでは、手をたたいた。なんなら相手ボールになるのが待ち遠しかった。早く「サーンフレッチェ」をさせろ。足のことも雨のことも気にならない。チャントもノリノリ、結局90分やりきった。最後のほうとか脳みその血管がブチ切れそうだった。おかげさまで、ゲームの内容なんてさっぱりおぼえていない。

 試合後、右足をひきずりながらシャトルバスの乗車口へ向かった。のんびり観にきたハズがこのざまである。声だしすぎて頭痛がした。「なんでこんなことに……」とぼやながら、鶴川駅行きバスの列にならんだ。

 でも、そのときぼくの口元はずっと、だらしなくゆるみっぱなしだった。

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