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いつだって機嫌よく仕事をしたい

映画感想文 『フォードvsフェラーリ』監督:ジェームズ・マンゴールド

入社1年目、珍しく残業をしていた私に常務が近づいてきた。
「難しい顔しとるやん。ええか、仕事はな、機嫌よくせなあかんよ」
大阪出身のその人は、このど田舎に来ても関西弁のままで、そう私に告げて去っていった。聖人君主ではなかった。良くない噂も、聞く人だった。だけれど、その言葉だけは今でも私に残っていて、意識的に機嫌よく仕事をしようとしている。

『フォードvsフェラーリ』は名前の通り、車のレースにまつわる映画だ。ル・マン24時間耐久レース連覇の王者フェラーリに、レースでは新参者のフォードが優勝を目指す。厳密には、フォードに依頼されたシェルビー・アメリカンズチームの奮闘が描かれる。

映画では、二つの戦いが展開される。一つはもちろん、車同士の戦い。本物のレースカーを使って撮影されたらしく、この点は全く車に興味のない私でも猛烈に興奮したし、気分が上がった。

もう一つの戦いは、企業としてのフォードと、車を勝たせるために働くシェルビー・アメリカンズチームとの戦いだ。フォードは優勝を目指しながらも、「車を売る」「宣伝する」ということに重きを置く。でも、それでは勝てないとシェルビーはいう。変わり者の天才マイルズはフォードには嫌われているけれど、シェルビーは優勝には彼が必要なのだと力説し、結果で説得する。

マット・デイモン演じるシェルビーと、クリスチャン・ベール演じるマイルズは、熱意とプライドを持って仕事をする。そして、実に楽しそうに仕事をする。フォードから横槍が入っても、なんとか機嫌よく仕事をしようと務める。
最初のレース、フォードの思惑によってマイルズはドライバーから降ろされアメリカに留まる。その時でも、マイルズは仕事をする。横顔には様々な感情が逡巡する。けれど、最終的には素敵すぎる奥様によって彼は機嫌を取り戻す。

機嫌よく仕事をするには相応の努力と結果が必要なのだとしみじみと思わされた。

広告では車の凄さがフォーカスされていたけど、キャストがすごい。マット・デイモン、すごい良い感じになっていきますよね。『オデッセイ』のときも思ったけど。『マネーボール』のブラッド・ピットを彷彿とさせる、抑えられた演技がさぁ、すごくて。そしてクリスチャン・ベール!マイルズという現実離れした人間が、生々しく生き生きとそこにいて、もうすごかった。冴えないおじさんと、格好いいマッドドライバーを軽々と行き来する。

文章を書く時もそうなのだけど、極度の集中状態に入ると体がなくなるような、そんな感じがする。音も風景もなくなって、世界がなくなった感じ。7000回転の世界もそうなのかな。車はよくわからないけど、そこに到達しようとするロマンは、わかる気がする。

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