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「タクシー運転手~約束は海を越えて~」感想

自分の事情と映画館が長らくお休みだった関係で久しぶり。
今回は「タクシー運転手~約束は海を越えて~」

こちらも当然映画館での視聴ではなく、NHKのBSシネマの録画で。
ただ公開当時に一度映画館で視聴済み。
好きな映画なので、改めて見返してみた。

歴史的な事件を題材として描くことと受け止め方

この作品は韓国の光州事件を題材としている。
ただ、今回この映画を通じて事件そのものへの論評はしないでおく。
光州事件についてWikipedia程度の知識しかないこともあるし、そもそも作品とその展開の性質上あくまでバックグラウンドとして捉えるのが良いと思う。

ちなみに史実に基づくストーリーを見たときに出来事をどう評するかについて少し個人的な考え方。
基本的には感想に留めるのが妥当という立ち位置。たった2時間で分かった気になって批評するのはちょっと恥ずかしい。そんなスタンス。

のっけから映画の内容から逸れたけど、グッと引き込む力が抜群で、エンターテインメントとしての完成度がとにかく高いというのが、改めての感想。
脚本の緩急、1枚の絵のように残るシーン、ソンガンホの演技、どことなくシンパシーを寄せたくなる舞台と人物の設定、どれも秀逸だと思う。

「大義」と「私情」と

ここからは自分の感想を。
我ながら、毎度毎度本当に感想でしかなくて、もしレビュー的な物が見たくて、検索とかで飛んでくる人がいたら申し訳ないな。

一見し終わって印象に残ったのが、小見出しに掲げた「大義」と「私情」の間を振り子のように行きつ戻りつ、迷う主演2人の演技だろうか。

物語の冒頭では、2人の立ち位置は極めて明快だ。
学生運動等に興味のない、自身と娘が良ければそれでいいという「私情」のマンソプと、危機的状況を報道しなければという使命感で渡航する「大義」のピーターという正反対のスタンスにいる。

率直に言えば、序盤では2人とも特段好感を持てるような人物像ではないように受け止められる。
「愛すべき、でも周りにいたら迷惑だろうなと思う小市民」と「真っ当な使命感を持った、だからこそ面倒くさいジャーナリスト」と言ったところだろうか。

それが事件を通じて、己と違う生き方に目が開かれていく。
雰囲気は多分に違うが、構造としては「グリーンブック」に似ているような気がする。

ここでこの映画の面白いのが凄い急ブレーキというか急発進というか、エッジの効いた展開と言えばよいだろうか。
大事件の最中でありながら大変牧歌的な夕餉というシーンから繋ぎ目がねいかのように軍警察からの逃走劇という緊迫したシーンへと一気になだれ込んでいく。

あまりの展開にその間の2人の心情は言葉として明確に表現されない。
その所為というべきか、既に彼らの心情は交差しているはずなのに、どこかですれ違ったままだ。

どちらも否定しない「優しさ」

だから、この2人の心情を見ていて、段々と歯がゆくて切なくなってくるのだけれども、救いとなるのが、もう1人の運転手ステル(とその仲間たち)だ。

彼らは報道を通じて、現状を世界に伝えて欲しい、この悪夢を誰かに届けて欲しいという願いを持っている。
己の命すら省みずに、その願いや傷ついた人々を救うという「大義」を為す。

一方、クライマックスにマンソプは彼らの願いを無に帰しかねないことを承知でソウルへと帰ろうとする。
彼は後ろめたさで、こっそりと抜け出していくのだが、ステルたちは「早く娘の下へ帰ってやれ」と送り出す。
少しは恨み言も言いたくなろう状況でも、である。

この思いに対して極めて陳腐ではあるけれども「優しい」としか自分には表現できない。
恐らく彼らはマンソプがどのような結論に至ろうがそれを認めただろうし、事実そうであった。

「大義」が間違っている訳ではない、「私情」を捨てるべきでもない、ただ一生懸命に生きる人間は、何を選ぼうとも胸を打つ生き方なのだと思う。
そして、繰り返しになるが、1人の人間が下した決断を尊重する、ただそれだけの事が何という「優しさ」なのだろう。

終わりに

この後、物語は結末に向けてさらに加速していく。
映画的な見所としても、まさにここという感じだが、今回の文章の主題ではないので、細かくは文にしない。

ただ、これだけの人間ドラマのラストにこのアクションを持ってこれる度胸には感服しちゃった、とだけ付け加えておく。


…3カ月も書かないと、完全に文章力が衰えてきてるのが如実に自覚できちゃうな。
映画館も再開したし、またペース戻したいですね。

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