水循環

蒸発のなからば海は膨らみてヒト濡る ヒトは主体ゆづらず
ヘゲモニーそれらしからず音のどかMADE IN CHINAの服はこぶ船
山脈にやはく小雨の降るやうに歯列はクリーニング受けをり
たれか走り抜けるのあとにわれはゐてそこへ満ちゆく空気のながれ
大気大循環われをふふみゆく……やうなる夢に躯体透けゐつ
Eclipseわれを見捨ててゆく肉のありてズボンにゆとりある秋
月、海を引き留めてゐてくるぶしに波打際の領域およぶ
生命の月より来たる心地せりMare Imbriumさざめいてゐる
海たりし記憶を思ひいだされでひそかに舐むる塩ひと摘まみ
ビート板かさねて虹を架けしときプールサイドは晴れたりけむや

蒸発がなからば海は膨らみぬ水めぐらざる世界、常盤木
クマノミの雄が雌へと還りゆくその中点に独神ゐる
着てゐるものすべてわれより価値ありて凭るべき壁さがしふらつく
猥談は赤錆に似たる舌触り異性愛者のする猥談は
をさなごの傘すべる雨うつくしく路傍の花を性の未分化
友といふ字は弟の名前にてわれ友人を「友」と詠みえず
Eugene排斥されし遺伝子の一覧にわが姓なからむよ
われ性を持たず性欲持ちてゐる砂丘のごとくなる性欲を
傘持てば振り回したき衝動して古来をとこは戦士なりしを
元始女性は太陽なりき命とふ水循環をめぐらせてゐる

蒸発のなければ海は膨らみぬ首都にゆらめき落つる夕焼け
陸の持つ水は微々たるべかりけり、その微々たるが一斉に降る
雲ひとつなく風ひとつなくをののけば小学生の嬉々と駆け過ぐ
湯船とふ沈没船にわれもしづみぽぴぱぴぽぽぽ死のけはひ聴く
あらそへる国境すべて沈みなば凝縮せられゆくエクメーネ
魚類それはさとき諦観生れてより街へいでても顔かはらずや
図書館に水みちゆかば数年をかけてあらゆる行間は沾つ
旧メトロポリスの水面泡立ちて文明の電子みな逃げ失せり
人間の骸は海に沈みやらず浮きもやらずにくづされてゆく
たひらかに青き地球の母語としてホテイアオイのいちめんに咲く

短歌研究新人賞に投稿した30首連作です!初めて全部文語で作った連作で、個人的にとても楽しい経験でした!感想などいただけると嬉しいです

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