見出し画像

「怪盗」や「浪漫」という言葉にピンと来たらこれを読んでくれ

 これは、一介の文字書きがお送りする、映画の公式サイトとチラシ以上のネタバレ一切なしの「怪盗クイーンはサーカスがお好き」を見ろ〜!!!!!!!!!!!!!!!という布教noteである。

公式サイトより

 あなたははやみねかおるという作家の作品を読んだことがあるだろうか?

 読んだことのない方向けに説明すると、この作家はあとがきで「青い鳥文庫一ページ単価の安い作家になることが目標」とか言うレベルに1冊1冊が分厚い。

 薄い時で300ページ、分厚い時で上下合わせて800ページ。児童書だぞ。小学生がランドセルに詰めておうちに帰るのがちょっと大変なレベルの厚みである。大人が新刊を買う時も「え、重」と思っている。しかもほとんどがシリーズもの。

 つまり、まあ活字中毒小学生が喜んで読む類の本である。

最初の巻だし比較的薄……? そうでもねえな

 児童書というと、子供向けというイメージがあると思うのだが、侮ってはいけないのである。何なら成人読者向けの作家以上の文章力が求められている可能性すらあるのが、児童書だ。

 考えてもみてほしい。児童書においては、大人向け書籍以上に平易な言葉で、しかも集中力が続きにくい集中力をひきつけ続け、面白がらせる小説を書かなければいけないのだ。結構難しい。

 この作家はそこをクリアしたうえで、今もなおほとんどのファンが言語化できない「赤い夢」という概念を作品世界全体に敷き、30年小説を書き続けているのだ。よく考えるとすごい人だなあ、と思う。


 この先生が書く作品の1シリーズである「怪盗クイーン」がこの夏、映画になった。2022年6月17日、スクリーンにて堂々デビューである。

 青い鳥文庫にて20年前に初めて刊行されたこのシリーズは、今に至るまで続く長い人気シリーズで、年齢国籍性別真の顔すべてが謎に包まれている怪盗「クイーン」と、彼(一応「彼」は明治期までは男女ともに使っていたとのことなので便宜上「彼」と呼称する)が10数年前の冬に出会い、今までともに過ごしてきた青年「ジョーカー」とをメインに据え、さまざまな組織・存在を巻き込みながら物語が進んでいく。

 実は、はやみねかおる先生の作品は多くの場合世界観がつながっていて、私は後から知ったのだけれど、クイーンも当初は名探偵・夢水清志郎の好敵手として出てきたのだという。


 今回、映画化されたのは、クイーンが主人公となったシリーズの第1作目「怪盗クイーンはサーカスがお好き」。

 上映時間、59分。

 え?


 いや、時間が出た時みんな思った。

 300ページの青い鳥文庫の小説をアニメ化して60分は短くね?

 まあ、たしかに短かったのだけれど。

 想定よりずっと上手く構成され、原作に愛を持った方々がアニメ化に着手してくれたんだな、とわかる出来だったので、どうか、これを原作未読の方にもなんとか読んでほしい。

 そう思うに至るくらいには、いいアニメだった。


 どこから話そうか。これはまったくの未読の方、および「昔読んでたな〜懐かしい〜」という方に向けたnoteのつもりなので、まずはチラシを参考にしつつあらすじでも。

 狙った獲物は必ず盗む、それが怪盗クイーン。
 性別・年齢・国籍不明。パートナーのジョーカー、RDと共に、飛行船トルバドゥールで世界中をめぐっている。
 そんなクイーンが今回狙うのは、呪われた宝石・伝説の「リンデンの薔薇」。
 ところが、謎のサーカス団によって宝石を横取りされてしまう。
 催眠術師、軽業師、マジシャン……凄腕のサーカス団員がクイーンに勝負を挑む!
 クイーンは、怪盗としての誇りを傷つけた彼らから宝石を取り戻せるのか。
 また、彼らの目的はいったい何なのか?
 優雅に、華麗に、大胆に、クイーンは勝負を受けて立つ!

 まあ、ご覧の通りかなりわかりやすく「怪盗もの」である。今回はクイーンに大和悠河氏(元宝塚宙組トップスター、現女優)、ジョーカーに加藤和樹氏(歌手・俳優)、RDに内田雄馬氏(声優)が声をつけている。配給元はポニーキャニオン。

 率直に言おう。

 初めてキャストやらなにやらの情報が出た時、ちょっと不安にならなかったといえばうそになる。

 何しろ、主演が「声優初挑戦」と銘打たれているのだ。え、大丈夫か。なんか有名どころが作ってくれているらしいし有名な女優らしいが、本当に大丈夫なクオリティのアニメが出来上がるのか。客寄せパンダだけ豪華ってパターンの奴じゃないか、これ。


 結論から言うと、全く問題なかった。

 いや、もちろん限られた時間の中でカットされたシーンが惜しいなと思うところはあるし、もっと見たかったなとか、このシーンが欲しかったなとか、ここちょっと予算不足なのかなと思わなかったかと言われると、否定しきれないが。

 児童書、とりわけはやみねかおるという作家の作品の根幹を形成する「赤い夢」を見せてくれたかどうか、という観点で言うならば、間違いなく満点の映像作品であった、と思う。

 素晴らしいと感じた点は細かく上げるときりがないので、とりあえず2点に絞り込もうと思う。


1:構成

 長く続いている小説の映画化なので、ともすると「もとからのファン向け」になりがちなのでは、と思われるかもしれない。我々も思った。それに、初出が20年前なので諸々、今の時代とは合わない表現があるとか、まあないわけではないだろう。

 そういう懸念を吹き飛ばす、素晴らしい構成を実現してくれたのが本作である。

 まったく作品を読んだことのない人でも開始5分で「クイーン」という存在が「自由気ままだが誇り高い怪盗であり、素晴らしい実力を持ちながらも時折見せる子供っぽい仕草が愛嬌を見せる」というキャラ性であることを理解させる、冒頭シーン。

 彼の相棒である「ジョーカー」が「自由気ままなクイーンに対し多少辟易としながらも信頼しており、ゆえにダラダラしていることに対して文句を言うようなストイックな人物」であることを示す簡潔なエピソードを頭に提示し、その後のやり取りの中で思いのほか素直な面があるという魅力を感じさせ。

 さらに人工知能の「RD」もまた、ただの人工知能ではなく「使い手に対し文句も言うし自分で調べ物をして学習もする、『人格』を持つユニークな存在で、しかも自分の技術に誇りを持っている」という様をよく描写されている。
 驚くべきは、マニピュレータや音声が彼のキャラクターを作る主なものだというのに、それだけでこれらのキャラ性を表現している点だ。もちろん、原作でもそうなのだけれど、原作の地の文でRDが疑問を持ったり不満を感じたりしている描写がされているところを、アニメでああも見事に表現されると、さすがに唸るほかない。


 また、尺の都合上どう見ても削られるシーンはある。が、必要なシーンはしっかり残し、原作の会話のテンポ感はありつつも初めて見る方が混乱することがないようきちんと説明になるセリフが入っている、という点に感心した。クイーンがどのような「怪盗」、そして「犯罪者」なのか。盗む宝石がどんなものなのか。これからクイーンが戦うサーカス団員達がどんなキャラ性なのか、など、原作をしっかりリスペクトしながらも、アニメだからこそできる表現も用いて見事に一つの映画として仕上げている。


 さらに、原作の別シリーズの読者などが見ると思わず「ああ、あの子!」となるような小ネタもところどころに仕込まれているので、「はやみねかおるの小説は読んでたけどこれは通ってないなー」という人が観るのもまた楽しめるだろう。

 

2:声の演技


 どの役者さんも素晴らしい声を当ててくださったのだが、ここではクイーンに勝負を挑むサーカス団員のほうについて語らせていただきたい。

 まず、ポスターを見ていて真っ先に目につく、赤紫の帽子を被って目元に涙の化粧をしているピエロ・ホワイトフェイスについて。



 森川智之氏が演じる彼に、予告の時点で「これは、いいぞ……」と思ったものだが。

 想像以上だった。

 私は森川氏というと最近のキャラでいうところのFate/Grand Orderに登場する蘆屋道満と刀剣乱舞の鬼丸国綱くらいしか知らないのだが、あの「人をおちょくる雰囲気の声」と「朗々と響く自信にあふれた声」を両立する人だなという意識があったので、サーカス団団長に相応しいだろうな、と思っていた。

 が。

 詳しいことを言うとネタバレになるので言えないのだが、ピエロらしい「道化」の声と、一人の大人としての様々な感情の機微を見せる声との両立が、すごかった。映画後半、怒涛の森川・ハンパねえ・智之タイムがある。サーカス芸人としての矜持、そして、あー、ネタバレになるので言えないある出来事に関する感情を、声に乗せてあれだけ表現できるというのは、やっぱりすごいなと思った。


 次に、ポスター左上、青い髪にサングラスの見るからに浮かれポンチな恰好をした男、催眠術師のシャモン斎藤について。

 古川慎氏演じる彼は、かなり重要な役どころだ。が、まあ、ネタバレを避けて古川氏のオタクの方々に言えることは一つ。

 古川の催眠ボイスがトータル5分くらいあるから行くといいぞ!

 いやうん、原作以上にフューチャーされていた……というか、原作通りのムーヴメントだったのに原作以上に魅力的なキャラクターになっていたの、ひとえに声の演技が上手いからだと思うんだよな。なんか、本当に催眠術を掛けられてしまうような気分になる。

 今調べたけど大倶利伽羅の人なのか……全然違う演技で気付かなかったな……


 そして最後に、サーカス団員ではないのだが、そしてほんの一瞬しか出ないのだが、諏訪部順一氏のナレーションについて。

 原作において、読者が「怪盗クイーン」シリーズの始まりを感じる文というのがある。つまり、毎回必ず唱えられる呪文というか、わかりやすいところでいうならばアニメの「ONE PIECE」で「俺の宝物か? ほしけりゃくれてやる」の例のくだりを毎回やる、あれだ。小説作品である「怪盗クイーン」にもそれがある。

 作品世界に観客を引きずり込むその文言を、ナレーションという形で語ってくれるのがこの諏訪部氏だ。

 正直に言う。

 ドドドドドドドドド好みだった。

 というか、文言と声質がめちゃめちゃにあっていた。


 「(前略)――否、怪盗は生きている。
  夜の闇に浪漫を感じ、赤い夢に遊ぶ子ども達がいる限り、怪盗が滅びることはない。」


 これを諏訪部氏の朗々とした声で言われたらなんかもう「あっそうかな」って感じするじゃん。「あっそうか怪盗はいるんだ!」になる。もうなんか、理屈はない。とにかくそういうことになっているし、そう思っていいんだと思わせてくれる。
 何より、映像でザ・大胆華麗な犯行を繰り広げるクイーンとジョーカーを映しながらこのナレーションだったので、もう最高だった。願わくは、次の作品でもその次の作品でも同じナレーションを諏訪部氏にやってほしい。キャラに声をつけてほしい感情もないではないが、ナレーションは絶対にこの人がいい。

おわりに

 なんかもう……ネタバレしそう……これ以上書いてたら絶対ストーリーの一番いいところ喋ってしまう……

 私がネタバレかます前にどうか、最寄りの上映館で「怪盗クイーンはサーカスがお好き」を観に行ってください。後悔はさせません。完全初見のフォロワーをたきつけて映画を観に行ってもらったら「駆け足な印象はあったけどめちゃめちゃ面白かった、原作も今買いました」って連絡がきたので、多分大丈夫です。

 今週中なら1週目特典の小説小冊子がついてくるし、金曜からは2週目特典のイラストカードがついてくるから、よろしくね。


この記事が参加している募集

おすすめ名作映画

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?