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宝塚花組公演『NICE WORK IF YOU CAN GET IT』でガーシュウィンの名曲を楽しむ

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 今日は大阪・梅田芸術劇場メインホールで行われた宝塚花組公演『NICE WORK IF YOU CAN GET IT』(作・演出/原田 諒)のライブ配信を見ました。国際フォーラム公演を見たヅカ友から「作品の好みは分かれると思うけど、公演自体はすごく良かった!」と聞いていたのですが、本当にその通りでした。ブロードウェイミュージカルで、ストーリーはこんな感じです。

 舞台は禁酒法時代のニューヨーク、ロングアイランド。贅沢三昧、苦労知らずのプレイボーイであるジミーは、四度目の結婚を明日に控えて独身最後の夜を楽しんでいたところ、一見ボーイッシュな風体ながらも実にチャーミングな女性ビリーに出会う。ところが彼女の正体は酒の密輸を企てるギャングの一味。そうとも知らずビリーに惹かれてゆくジミー。そんな二人が巻き起こす愉快な大騒動の行方とは……。

ブロードウェイで豪華キャストが話題になった人気作

 2012年にトニー賞10部門にノミネートされたコメディで、、ガーシュイン兄弟の楽曲が盛り込まれている人気作品です。初演時にはマシュー・ブロデリックとケリー・オハラの豪華キャストが主演したことで話題になりました。マシュー・ブロデリックは映画『フェリスはある朝突然に』で人気のでた俳優で、奥さんは『セックス・アンド・ザ・シティ』シリーズに主演したサラ・ジェシカ・パーカーです。

 ケリー・オハラは『ジキル&ハイド』『The Light in the Piazza 』『パジャマゲーム』、『南太平洋』、『マディソン郡の橋』でトニー賞にノミネートされ、2015年の『王様と私』でトニー賞の主演女優賞を受賞したブロードウェイを代表するミュージカル女優です。2010年には映画『セックス・アンド・ザ・シティ2』にエレン役で出演しています。

 花組が公演すると聞いて、ブロードウェイの舞台の一部をYouTubeで見たのですが、「あれ、これを宝塚でやるの?」というのが正直な感想でした。マシュー・ブロデリックが演じるジミー・ウィンターは小太りのおじさんといった風貌で、ケリー・オハラ演じるビリー・ベンディックスはボーイッシュでおばさん風です。初年時の二人は50歳と36歳位だったはずですからね。

 柚香光はシャープな美しさを持つ男役のトップスターですし、華優希は可愛らしいタイプのトップ娘役で、20歳位若いです。この二人が演じるとブロードウェイ版とはかなり印象が違うだろうなと思いました。

 ブロデリックもオハラも子役から舞台にでているベテラン俳優で、歌が実に上手いのです。この作品はLady Be Good 、'S Wonderful、Someone To Watch Over Me等々、ミュージカルファンでなくても耳にしたことがあるガーシュイン兄弟の名曲を使っていて、ガーシュインの曲の魅力を堪能する作品だと思うのです。

歌の弱さを危惧された主演コンビは格段に上手くなっていた

 柚香光はダンスが得意なスターで、歌は弱いと言われていますし、華優希はナチュラルな演技が高い評価を得ている娘役で、やはり歌は苦手といった印象がありました。「二人にブロードウェイの作品を振って大丈夫なのか?」と危惧していましたが、心配は杞憂に終わりました。

 結論から先に言いますと、柚香光も華優希も格段に歌が上手くなっていました。耳が良くて歌に一家言ある夫が「上手いじゃないか!」と言ったほどです。華ちゃん、あんなに綺麗な声で名曲を歌いこなせるのに、次作で卒業とは本当に惜しい!! お似合いのコンビなので、添い遂げて欲しかったと改めて思いました。

 次に役ごとの感想を述べてみたいと思います。

柚香のタップダンス、華優希のナチュラルな演技が秀逸

🌸ジミー・ウィンター/柚香光
ニューヨーク州のロングアイランドに豪邸を所有する大金持ちのドラ息子。頭は悪いが女にもてる。上院議員の娘でモダンダンサーのアイリーンと4度目の結婚をする前の晩、酒の密輸組織の末端にいるビリーに出会い、恋に落ちるという役です。結婚するのは良家のお嬢様と結婚しないと、財産を譲ることはできないと母のミリセントに言われているから。光(レイ)ちゃんは演技力があるので、ビリーが嘘をついていると気づきながら惹かれていく、人の良いジミーを的確に演じていました。スーツやタキシードが良く似合い、女にもてるのはお金だけじゃないと納得させるカッコ良さ。タップダンスが素晴らしかった!! 

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🌸ビリー・ベンディックス/華優希
宝塚のあて書きならこありえない地味でボーイッシュな服装で登場する華ちゃん。ギャングの一味で、大量の酒を「決して行かない」とジミーが言ったロングアイランドの別荘の地下に隠し、それがバレないようにメイドになりすましたりする。お姫様役ではありません。でも、彼女が演じるとナチュラルで、言葉づかいが悪くても可愛らしく見えるんですよね。高音がキレイに出るようになって、歌が格段に進歩しているのに感動しました。自作『アウグストゥス-尊厳ある者-』のグナエウス・ポンペイアが楽しみです。

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🌸クッキー・マクジー/瀬戸かずや
ギャング三人組の兄貴的存在・クッキー役は宝塚の中で誰よりも男らしい瀬戸かずや。意外にもマックス上院議員の妹でアイリーンの叔母・エストニア公爵夫人と結ばれます。ややセリフが聞き取りづらいところがあったけれど、執事の制服が良く似合ってカッコ良かったし、フィナーレのダンスも素敵でした。トップスターの光ちゃんが95期であきら(瀬戸かずや)は90期だから、歌劇団でも兄貴なんですよね。私は『For the people —リンカーン 自由を求めた男—』のスティーブン・ダグラス役があまりに素晴らしくて、その時から注目しています。1作ごとに成長している男役の一人です。その時も演出は原田先生でした。

永久輝せあの存在感と飛龍つかさ、音くり寿の芸達者コンビ

🌸アイリーン・エヴァグリーン/永久輝せあ
ジミーの婚約者でモダンダンサー、そしてマックス上院議員の娘アイリーンを演じたのは男役三番手でVISAカードのイメージキャラクーを務める永久輝せあ(ひとこ)。エキセントリックな役ですが、長身でスタイル抜群の美女で、「華がありすぎる!」と夫にいわしめたほど存在感がありました。雪組の新人公演時代から歌・演技、ダンスと三拍子揃って穴のない男役でしたが、娘役をやっても高音がちゃんと出ていて自然です。華ちゃんが卒業するなら、この人が娘役に転向して光ちゃんの相手役に就任すればお似合いなのにと思いますが、絶対にありえませんね。光ちゃんの次のトップスターは間違いなくこの人ですから。

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🌸デューク・マホーニー/飛龍つかさ
『邪馬台国の風』で華優希ちゃんと一緒に新人公演の主演をしたこともある飛龍つかさくん。ビリー、クッキーと一緒にギャングの三人組の一人、デュークを演じていました。歌が上手いのでもっと活躍して欲しいなと思っていましたが、今回はやはり歌ウマの音くり寿ちゃんと歌う場面があり、実力を遺憾なく発揮していました。芸達者なので、『はいからさんが通る』の牛五郎に続き、脇のキャラの濃い役が続いていますが、正統派の二枚目も似合う男役さんです。別箱でも良いので、主演する姿も見てみたいですね。

🌸ジェニー・マルドゥーン/音くり寿
ジミーの取り巻きで、つかさくん演じるデュークをイギリスの「公爵」と勘違いし、恋に落ちてしまうジェニー。冒頭から娘役を率いてダンスシーンで活躍しています。くり寿ちゃんは技量が高いので、どんな役でも自分のモノにして演じてしまうのですが、あまりに役に入りすぎて「怪演」になってしまうのが難といえば難かもしれません。ジェニーも文句なく上手いのだけれど、お化粧も含め、ちょっと怖かった(汗。『蘭陵王』の洛妃は立派にヒロインとして成立していたので、もう一度、正統派のヒロインを演じて欲しいと思います。

くりす

卓越した技量の上級生、専科が脇を締める

🌸エストニア公爵夫人/鞠花ゆめ
禁酒法運動の先頭に立つ未亡人で、歌も登場シーンも多い重要な役で、見事に演じていました。ブロードウェイの作品だから、年上の女優が演じる重要な役があるのでしょう。92期で入団時5番の成績だったので、実力のある人だと思うのですが、これまで地味な脇役が多かった気がします。強いて言えば『はいからさんが通る』の女中頭が印象的でしたが。なので、演技・歌唱力ともに高い技術をもった娘役であることが新鮮で、嬉しい発見でした。

🌸マックス上院議員/和海しょう
花組『エリザベート』の新人公演で北翔海莉が演じたフランツ・ヨーゼフを演じたほど、歌唱力の高さで知られる/和海しょうですが、今回は残念ながら歌は封印。演技力で見せてくれました。役どころは『ME AND MY GIRL』のジョン・トレメイン卿に似ているかもしれません。最後にジミーの母親ミリセントの告白によって、実はジミーの父親であったことが明かされます。94期ですから光くんと一期違いなのですが、堂々とした紳士ぶりで貫禄がありました。新境地といっても良いかもしれません。実力のある人なので、もっと役付きを良くして欲しいといつも思います。

🌸ミリセント・ウィンター/五峰亜季
ジミーの母親で二幕目から出てくるのですが、美しくて貫禄のある方で、登場するだけで舞台がぐっと締まります。この人の舞台で印象深かったのは、2019年の
月組『Anna Karenina(アンナ・カレーニナ)』のヴィロンスキー伯爵夫人です。美弥るりか演じる青年将校ヴィロンスキー伯爵(アリョーシャ)の母親で、社交界の中で次々と恋をしていく女の部分を残した女性でした。ミリセントも恋多き女で、一人で莫大な財産を気づいた強くて賢い女性です。しかも、実は彼女こそギャングの元締めでビリーを雇っている人間だったとは!! そのおかげでジミーとビリーは結婚を許され、大団円となるのですが。

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🌸ベリー署長/汝鳥伶
専科の汝鳥伶は1971年入団の大ベテランですが、歌よし演技よしで、今でも各組に引っ張りだこの男役です。近年でも、花組『ベルサイユのばら-フェルゼンとマリー・アントワネット編-』メルシー伯爵、星組『こうもり…こうもり博士の愉快な復讐劇…』 ラート教授、星組『ANOTHER WORLD』閻魔大王、星組『GOD OF STARS-食聖-』牛魔王、宙組『FLYING SAPA-フライング サパ-』 総統01(ミレンコ・ブコビッチ)と挙げていけばきりがありません。そして今回のベリー署長。仕事熱心なあまり、妻に逃げられてしまった哀れな中年男ですが、ユーモアもあり、憎めません。最後にアイリーンのファンであることが判明し、アイリーンと恋仲になるというチャーミングな役でした。こういう脇役は本当に貴重ですね。

 『NICE WORK IF YOU CAN GET IT』はコメディなので、ストーリーは先が読めるし、ご都合主義なところもあるのですが、誰も不幸にならない愛すべき明るい舞台です。歌は名曲揃い、ダンスは華やかで、日頃の憂さを吹き飛ばしてくれる3時間でした。仕事があって生の舞台は見られなかったけれど、ライブ配信で見ることができて本当に良かったです。ライブ配信こそ、コロナがもたらした最高のプレゼントかもしれません。

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