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ただいま、ずっと一緒だよ。③

半分実話、半分空想、3話完結の4000字程度の物語です。

前回までのお話はこちらです。


◇‥◆‥◇

桜の木をこれ以上見つめていても仕方がないので、私はやっと警備員に声をかけた。

「すみません。手配をしたタクシーが来ないのですが、このままここで待っていてよいのでしょうか?」

「あ・・こっちは夜間専用の出入り口だからね。救急の入り口に回った方がいいと思うよ」

「ここからどうやって行けばよいのですか」

「鍵を開けてあげるから病院の中に入って。案内表示に沿って進んでいけばいいよ」

私は一時間以上前に使った電話を使ってもう一度タクシーを手配してから救急の入り口へ移動した。

そこでは男性職員と女性職員が忙しそうに動き回っていた。

看護師さんから借りた処置ワゴンにたくさんの荷物を載せて移動してきた私を見て、男性職員が駆け寄ってきた。

「どうされましたか?」
「入院していた家族が退院するため、荷物を持って帰るところです」

「タクシーは手配済みですか?」
「はい」
「では、そこの椅子に掛けてお待ちください。」

十分もたたないうちにタクシーが来た。

椅子から立ち上がり荷物を運ぼうとしたら、男性職員が手伝ってくれた。一人では大変なのでとてもありがたかった。

行き先を告げると、タクシーの運転手はカーナビに情報を入れて走り出す。

ところが、カーナビの情報が古かったようでしばらく走った後、道に迷ったと運転手さんは言う。

引越したばかりの私は、ちゃんと道を説明する事が出来ない。

結局、10分もかからない距離を、三十分以上かけてやっとマンションに着いた。

運転手さんがトランクから降ろした荷物を玄関まで運ぶのを手伝ってくれた。 

◆‥◇‥◆

「なんで、荷物こんなに多いの?」
「先ほど、家族が亡くなったから。病室はすぐに退室しなければいけなくて・・」

「引越したばかりで、家族なくしたんか?! 大変だろうけど頑張りや」

「ありがとうございます」

たくさんの荷物を何度かに分けて家の中へ運んだあと、リビングの電気をつける。

玄関を開けてすぐ右にある部屋では、彼が使っていた机と椅子、大きなパソコン、ベッドが静かに佇んでいた。

「ただいま」

誰からの返事もないことは承知の上で、彼の部屋をのぞき込んで声をかけてみる。

身の回りのものが入っている赤いスポーツバッグとパソコンを彼のベッドの横に置く。

もう洗濯をする必要はないのに、入院した日に着ていた彼の服や下着を取り出して洗濯カゴに入れる。

「今日、やっと退院できたよね。お疲れ様」

リビングに戻り、ダイニングの椅子に腰かけ、相手もいなのに話しかけてみる。あたりまえだけれど返事はない。

代わりにいつもこの時間に聞こえてくる気味の悪い一人言のような音が聞こえてきた。さらに今日は、別の音も聞こえる。

何の音だろう。

機械的な音で、数秒続いて途切れ、また数秒続く。耳を澄ませて音がする方向を探ると、彼の部屋からのようだった。

部屋をのぞいてみるとスポーツバッグの側面のポケットがぼんやりピンクに光っている。少し欠けた細長い光が桜の花びらのようだった。

「もしかして、この音は・・」

スポーツバッグのポケットを開けると、彼が愛用していた卓上扇風機が回っていた。

いつの間にかスイッチが入っていたのだ。さっき荷物を下ろしたときは全く気付かなかったのだが。

暑がりの彼がとても大切にしていた扇風機が発している機械的な音は、彼が私にこう言っているかのようにしばらく続いた。

「僕はここにいる。一緒に帰ってきたよ」

◇‥◆‥◇

あれから二年がたった。

涙に暮れていた日々を手放してから、私は笑顔あふれる毎日を、新しい場所で新しい彼と過ごしている。

「そんなことがあったんだね」
「うん。今でも私はスイッチを入れたのは死んだ彼だと思っている」

冗談ではなく、本当に。

とはいえ、さすがにもう、亡くなった彼は私のことなどすっかり忘れて天国で楽しく過ごしているはず。

合コンなんかしていたりして。
大好きなゴルフをまた始めているかも。

天国も現世と同じような生活ができるらしいから。

私の隣で微笑む今の彼は、彼に似ているところがある。

相変わらずソファでいつの間にか寝てしまう私のために、無造作にお腹にかけたタオルケットをちゃんと直して足まで被せてくれるのだ。

実は、いつもこの瞬間だけ、死んだ彼が今の彼に取り憑いていることに私は気づいていないのであった。

(おわり)

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