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恋と友情は平行線 不思議な関係の行方(4)~終わり

●前回のお話

・・◇◆・・

「ごめんね、ちょっと遅刻しちゃった」
奈波さんが、僕の右隣に座る。

「いいよ。こちらこそ、先に飲んじゃってごめんね」
「ちょうどワインリストを開いたところ。どれにする?」

奈波さんも僕も、ワインは好きだが産地や銘柄には詳しくない。リストに書かれてある簡単な説明書きとワインの名前でなんとなく選ぶ。

一度飲んで気に入っても名前を覚えることが出来なくて、やはりお店に来るたびにリストを確認してしまう。今日は店の人がおすすめを教えてくれた。

「今日はスペイン産のワインが入ったそうだよ。白がお勧めだって」

「へえ。そういえばスペイン産は飲んだことないな」

「僕も。じゃ、おすすめの白にしようか」

「ええ。そうしよう」

「奈波さんは、おなかは空いていない? 」

「今日はランチが少し遅めだったからそれほどでも。悟さんは?」

「僕もそれほどでも。おつまみはチーズと生ハムの盛り合わせでいいかな」

「そうね。あ、オリーブとピクルスも」

お腹が空いていてもいなくても、最初のおつまみはいつも同じだ。生ハムの種類はお任せにした。

おつまみとワインが運ばれてきて、お店の人がそれぞれのグラスに注いでくれる。

注いだ時にふわっとワインの香りを感じると、なんとも言えない幸せな気分になる。

・・◇◆・・

「再会に、乾杯」
「お互い元気でいることにも、乾杯」

美味しい‥二人同時に小さくつぶやき顔を見合わせる。

「このワイン美味しいね。難しいことはわからないけど、これまで飲んだワインの中で一番かも」

「そうだね。よく見ると、ワインの色も少し黄金色に近いね」

ワインが美味しすぎて、どんどん進みそうだ。
奈波さんもいつもよりペースが速い。

でも、今日は彼女にちゃんと伝えたいことがある。僕はグラスを置いて彼女の顔を見た。

「奈波さん、彼氏さんとは変わらず上手くいっているの?」

「まあ・・なんとかね。一緒に仲良く住んでいるよ。結局入籍はしなかったけど」

「それはよかった。同居して長いみたいだけど。入籍しなかった理由って聞いてもいいかな?」

「ええ。タイミングを逃してしまったというか・・」

同居して数か月たった時、焼き鳥屋さんで晩御飯食べていたのよ。

その時彼が、私に聞いたの。

「入籍やウエディングフォトの撮影はいつにする?」

それはそろそろかなって思っていたけど、その前に何か一言忘れていない?って。

しかも、それ焼き鳥の串にかぶりつきながら、ついでに言うこと?・・って思った。

彼のことは大好きだけど、入籍なんていつでもできるから。

その時は一年ゆっくり考えてから決めさせて欲しいと伝えた。

一緒に生活をしてみないと分からないことも多いし。

今度は失敗したくないから、決断が怖いっていうのもあったかな・・。

それから何となくずるずると先延ばしにして、お互い入籍とか結婚とかっていう話題をさけるようになったの・・・。

そのうち、入籍は私たちに必要なのかなとも思うようになって・・。

「ということで、一言で言える理由はないのよね。で、悟さんは・・もう辛くない?」

「ほんとうにきつかったときは仕事に逃げた。おかげで何とか乗り越えられた」

「大変だったね。でも、今日こうして元気で会えてよかった」

「僕も、会えてよかった」

ちゃんと日々の生活をこなして、今日また奈波さんと他愛ない会話をしながらグラスを傾けることができるなんて幸せだ。

生きていれば辛いこと以上に喜びも楽しみもあるのだから。

さて・・と。僕は本題に入ることにした。

・・◇◆・・

「今日は大切な話があるんだ」

「そういえば、大昔、元カレにそう言われてから振られたなぁ・・なぁんて」

奈波さんはがいたずらっ子みたいな笑顔で続ける。

「私たち別に付き合ってはいないから別れ話はないか。改まってどうしたの?大切な話って?」

「僕たちの近況報告会、今日で終わりにしないか?」

奈波さんは少し驚いた様子で、真顔になった。瞳は少し悲しみの色を帯びている。

「そうね。もう二十年になるものね。お互い老けたしね」

「僕は今年の年末に会社を定年になる。奈波さんはまだ2~3年あるかな」

「そうね・・私たちもうそんな年齢なんだね」

会社を定年になっても、数年は嘱託社員として残ることができる。

でも、ふと考えたんだ。

会社員としての仕事は十分にやり切った。

まだ元気で体が十分動くことができる今のうちに、忘れていた夢をかなえたくなった。

やりたいことにたくさんの時間をつかって、新鮮な気持ちでまた人生を始めたい。

ささやかな生活でも、大切な人と毎日笑顔でご機嫌に過ごすことができれば・・ってね。

だから定年後の勤務延長制度は使わないことにした。

一年前から準備を進めていて・・定年後すぐに新しい生活を始める目途がついたんだ。

僕の話を聞いていた奈波さんの瞳は、悲しみの色から喜びの輝きへと変化していった。

「へえ、すごいね。悟さんがかなえたい夢を教えて」

僕の夢は、海が見える場所で自分の事務所を開くこと。

事務所の横には小さなカフェを作るんだ。

カフェは、本好きの人が波の音と潮風を感じながらゆっくりと過ごせる場所だ。

週末には、料理好きなパートナーがきまぐれシェフになる。

彼女が出す家庭料理やお菓子がとても好評で、食べた人を幸せにする。

仕事の合間に事務所を抜け出して、カフェのお客さんと話したり浜辺を散歩したり。

たまには長期で休みを取って、まだ行ったことがない場所を旅行する。

・・◇◆・・


「ごめん。つい語りすぎた」

「ううん。聞かせてくれてありがとう。また大切にしたい人との出会いがあったのね。良かった。」

本当に大切にしたい人とは、ずっと前から知っている隣に座っている奈波さんだ。
僕の夢は一人では叶えることができないから・・。

さて・・ここからが本当に大切。頑張れ、僕。

「奈波さん。ぜひ、僕の夢のお手伝いをしてもらえませんか?」

「え?」

「僕は、この先の人生を誰かと一緒に歩むなら、奈波さんがいいんです。

返事は今でなくてもいいです。ゆっくり考えてもらえたら。

来年でも再来年でも。Yesでもnoでも・・」

奈波さんは、少し微笑んで次の言葉を探しているようだった。

これまで2回振られた僕の3回目の告白。

またダメだったら、きっぱり諦める。

そのために報告会も今日で終わりにしたかった。やっぱり、友情だけのつながりは僕には無理だった。

「ちょっと、びっくりしちゃった。でも、ありがとう。ちゃんと返事はするから」

「いえ。こちらこそありがとう」

奈波さんは何かを伝えたいようで、少し考え込んでしまった。

やや、気まずい沈黙の時間を経てから、彼女から口を開いた。

・・◇◆・・

「実は・・私ね、来月引越しするの」

結婚??! じゃない、引越か。
あれ、彼氏との関係は・・? 気分転換の引っ越し? それとも・・

「彼氏と一緒に住み替えするの?」

「いえ、私だけ。とりあえず実家に荷物を運んで、住むところはこれから探す」

「なんと!彼氏さんとは別れるっていうこと?」

「そう。関係をリセットすることは、彼と話し合って昨日二人で決めた」

僕は奈波さんから、この場でいい返事をもらえる確率が上がったような気がして、少し嬉しくなる。

「仕事もね、転職活動中なの。リモートワークがしたくて。

出社しなくていいなら、どこにでも住めるから。もう定年まで待てなくて。

収入にこだわらなければ、この年齢でも仕事はあるみたい」

「もったいないよね、昇進もしたのに。でも奈波さんなら大丈夫かな」

「私にも夢があってね・・。聞いてもらえる?」

「もちろん」


「その前に、私から提案があります」

「うん」

「いつか、私たち一緒に住まない? もちろん、返事は急がないから」

おお~! 

僕の告白に対する彼女からの返事は「yes」と思っていいのかな。
彼女の提案に対する僕からの返事はもちろん「yes」だ。

・・◇◆・・

人生とういう旅のゴールは、勇気さえあればいつだって変えることができる。

一緒に居たい人は選べないこともあるけど、自分が居たい場所は選べる。

お互いの居たい場所が同じなら、なんて素敵な事だろう。

お互いの夢の掛け合わせで、二人の人生がもっと素敵になれたらいいな。

「ところで、奈波さんの夢、早く聞かせてほしいな」

「ふふ。私の夢はね・・・」

最後の報告会は、二人の夢を語り人生のゴールを確かめる時間となった。

「そろそろ、閉店ですので・・」

店員さんに声をかけられて、長い時間話し込んでいたことに気づき、お開きにした。

店を出ると、まだ夏の気配が残る秋の夜風が二人を優しく包み込む。
初めて握った彼女の手は、とても小さくて柔らかだった。

(「恋と友情は平行線 不思議な関係の行方(1)~(4)」 おわり)

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つたない文章を、ここまで読んでいただきありがとうございます。
あやの はるか

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