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生きる。中野坂上デーモンズ『終わる』

これは、書かねばなるまい、と思った。
ので、思いのままに書きます。
劇評ではなく、観て思ったことです。

先ほど、8/13 19:30 の回の中野坂上デーモンズ『終わる』を観てきました。
禁密時代以後、ナマで観た舞台は先日の『赤鬼』を含め2つめ。
下北で演劇を観るのは実に昨年末の『髄』(奇しくも同劇団、しかも同劇場であるOFF・OFFにて!)以来、8ヶ月ぶりだった。

久々にきたその劇場は、入り口からして様相が異なっていた。
まず、チケットを受け取る窓口にしっかりとアクリルの仕切りが設けられていた。
場内に入ると、客席と客席の間隔はやはり通常時でいう1人ぶんずつが開かれているように感じた。ゴールデン街劇場とかだと1.5人ぶんくらいとも言える。

前から3列目、下手側の席が空いていたので着席した。

風鈴の音に気づいて目をやると、場内にある二つの窓が全開になっており、うっすらと下北沢駅前のざわめきが聞こえてきていた。客入れ音楽はかかっておらず、むしろその、「ここが町=日常の一部分である」ということを再認識させられる仕掛けのようにも感じた。

主宰・演出の松森さんが、マスクにフェイスシールドをつけ、客席に視線を投げながら場内をうろうろしていた。無言で、しかし手には何やら案内のプレートをかかげていた。
赤と緑のような色が見えたので、一瞬、らーめん店「一蘭」の看板がよぎった。もちろんこれはただの余談である。

暗さと距離、私の近視も相まって字は読めなかった。しかし次の瞬間に安心したのは、同じような張り紙が、劇場の壁面にいくつかしてあったのである。
内容は、カードに観客の名前・電話番号を記載するよう促すもの、マスク着用?発話を控えるよう要請するもの?(うろ覚え失礼)あともうひとつ何かあったんだけど忘れました。

この「カード」というのが、チラシや当パンと一緒にあらかじめ各客席に置かれており、観客と、その観客がどこに座っていたかを明確にするためのものであった。
そして、万一感染者が出た場合、保健所へ提供する可能性があることへのことわりが記載されていた。

すでにどこかの公演では実装されているのか知りませんが、感染拡大を防ごうとする強い意思を感じた。

舞台には、客席に座っている我々と同様にマスクをしたまま押し黙り、座して待機する俳優たちがいる。

劇場内のそこかしこから溢れ出して伝わってくる、「この公演で感染拡大させてなるものか」という、禍々しいまである気迫。
そして他ならぬ私たち観客も、その空気のひとつの構成員として、そこに居た。この気持ちは間違いなく全員に「伝染」していた。

この「状態が伝染している」ところですでに、この劇は始まっているに違いなかった。

そして、窓を閉めると暗転し劇が始まった。
風鈴をモへーさんが片付けるのだが、暗闇で「りん」と鳴った一音が幕開きの合図かのようにはっきりと闇に置かれた。
内容には、上演中のものにつき不必要に触れないようにする。

開始と同時に始まるハイテンポなせりふの応酬が、矢でも撃ち合うかのように響き続ける。ほぼ空っぽなままで薄化粧の舞台に、それは乱気流がごとく反射して、音楽のようにうねって迫り、気づくと私たちは不時着寸前な空の旅に同乗していた。

ほぼ、見守るような気持ちになっていた。手に汗を握りながら。
私たちは演劇を観るとき、彼らに何もしてあげることができない。
それが何よりもどかしく、辛く、切なくなっていく。

30分ほど経ったころだろうか、場内換気のために窓が開かれた。
前もって、ツイッターかインスタなどで予告されていたことだったので私はこの時を待っていた。まるで野球観戦の間にあるチアのミニ・ショーのように。「待ってました!」と心の声が思わずこぼれそうになる。

換気というイベントは、劇の内容とシームレスだったといえばそうだったが、違和感がなかったかといえば嘘になる。

だが、この「違和感」こそが、この劇の大きなミソであったように思える。

例えば。
俳優が劇場から外に出る、というアクションが起こるのだが、
その時、俳優は恐らくアルコールで手を除菌してから扉を開く。

これは小さなギャグとしても機能するのだが、その、「え、今何した?ああ、消毒したのか。なるほど、そこさえも取り込んでしまうわけか。」という自己反芻が、劇中で濾され、気づけば色々なことが気にならなくなってくるという内的事件が起こるのである。

マスクが一瞬ずれてしまうこと、
俳優がそれを気にしているんだろうなあと共感すること、
観客の咳払い、
せりふの端々に現れる「今」の会話。

だんだん、笑えていた細々とした「今」の断片が、
当たり前のものとして、自分の中で中和されていく。

はて、
むしろ気になっていたことの方がおかしかったのか?
気にしていた、あの感覚は、もう終わっている。

今、今あったはずのものが目の前で終わって、次の瞬間に移り変わっている。舞台上で起こる、脈絡なく進んでいく会話の糸と糸が結われる前に、次の会話がもう始まっている。これはまさしく、この町で、眼下の下北沢で、この東京で起こっている紛れもない「日常」だった。

気にならない。
今自分が演劇を観ていることを今、自分は気にしなくなっていく。
舞台上の彼らがそれを代行し、空回りしていく様を観て、
自分はもはや、宇宙かどこかから、この俗にいう「コロナ禍」とかいうやつを、ふんぞりかえって眺めているのではないかという錯覚にさえ陥る。

そして、
「喋って伝える」「人が集まる」という、
こんなに日常的だったことに対して、
何をそんなに「気にして」いたんだろう、
という気にさえなってくる。

おかしいなあ。
日常っておかしいなあ。

そんな中で、
『終わる』などというタイトルを掲げた彼らは、
演劇が終わりかけていることに対して嘆き、
叫び、
それでも戦い、
終わるまいと、いやあるいは終わらせようと、
覚悟をもって終わりに向かっていた。

しかし、
そのエネルギーがかえって、
終わる、とは程遠く生き生きと演劇を生み出していた。

その境地とは、
今踏ん張っている演劇制作者たち、
とりわけ真面目に取り組んでいるものたち、
にとって、
肌覚えのある感覚であり、

あの劇を観るということは、
鏡を見るよりもありありと自分自身に出会う体験に他ならなかったのである。

しかし、
あの劇はちっとも「終わ」ってくれなかった。

これが大問題なのである。

何ひとつ終わってくれなかった。

あの劇はまだ終わっていない。

もちろん、まだ残りの公演があるので、そういう意味では当然終わっていないのであるが、
すべての公演が、きっと明日以降の公演においてもすべて、
終わることはないのだろうと思う。

かといって、
自分の中で何かが新しく始まったのかと問われればそうではない。

何も起こらなかったのだ。

舞台上で誰かがそう言っていたように、
何も上演されなかったのだと思う。

そこにあったのは、
彼らが言うようにまさしく、終わりと始まりの間、
ただそれだけだ。

松尾スズキが、
人生は長い暇つぶしだと言った。

まさしく、暇になる前、と、暇じゃなくなるまで、
のその間、というそれが、そこで行われていた。

この演劇が始まる瞬間、
あ、これは伝説の瞬間になるのかもしれない、と思った。

しかし、ならなかった。
これは決して、貶しているのでもこき下ろしているのでもない、
むしろ、この劇の到達した最高点が、それなのである。

こんなに、演劇をするにおいて気にしなければならない、
もとい、「しなければならなくなった」あれこれを、
しまいには気にならなくなったばかりか、
何も起こらなかったのでは?と思わしめることに成功したのである。

こんな体験、いくら払えばうけたまわれるのか。
3000円である。

そして、
この無我のような心象風景を、果たしてモへーさんは意図して描きあげたのだろうか、
もしそうだとしたら私は松森教信者になってしまいそうだし、
もうなってる。

終われ、終われ、
と祈りながら、
終わるな、終わるな、
と願いながら。
最後の暗転する瞬間にはもう何も考えていなかった。

終わっても終わんなくても、
どうでもいいや。
どっこい、生きてるんだもの、ね。

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