見出し画像

15年間、追いかけ続けた夢 「札幌ドームでスタジアムDJを務める!」 山形翼 夢への一歩

スタジアムとは夢が詰まった場所だ。

多くのサッカー少年が憧れた〝サッカー選手〟という夢を実現させた選手たちがピッチ上で己の全てをかけて、しのぎを削っている。

そんな選手たちに思いを乗せて、声を張り上げる12人目の戦士がいる。

そして、声といえば、その空間に彩りを与える大事な存在がもう一役いるのを忘れてはならないだろう。

選手紹介や場内アナウンスでスタジアムにスパイスを加える、スタジアムDJだ。
彼らの発せられる言葉の一つ一つはスタジアムの空気を作っている。

そんな〝スタジアムの声〟になる事を15年もの間、渇望し続けた人物がいる。

山形翼さん(29歳)

北海道の三角山放送局でラジオパーソナリティを務め、北海道コンサドーレ札幌・代表取締役GMでもある三上大勝GMのラジオ番組

「コンサ三上GMのGreat Victory!」で司会を務める人物として、認知している方も多いのではないだろうか?

山形さんの夢こそが、愛する北海道コンサドーレ札幌のスタジアムDJを務めることだ

そして、来たる、9月16日(土) 明治安田生命J1リーグ第27節湘南ベルマーレ戦の前座試合、赤黒ドリームマッチ(コンサ戦士のOB戦)にて、初めてスタジアムDJ(スターティングメンバー発表)を山形さんが担うことが発表された。

ここに至るまでの道のりは決して平坦なものではなかった。

夢と平行線を辿る日々。自身が定めたタイムリミットも目前に控えていた。

ただ、〝その時〟を信じ、準備だけは続けてきた。

彼の毎日のルーティンは、風呂場で、コンサドーレのスターティングメンバーを全力でコールすること。2017年から1日も欠かさずに行っている。

「この日をずっとずっと、待って準備してきた。」

そう言い切る、山形翼さんの今の思いを聞かせてもらった。

山形翼とは


山形さんは1993年10月13日に札幌で生まれ、札幌で育った。

「これまで札幌から出たことは一度もない」と笑う生粋の道産子だ。

そんな山形さんが、スタジアムDJを志したのは15年前に遡る。

当時、14歳だった山形さんは、熱中していたファイターズを見るために、札幌ドームに通うのが日課だった。

そして、札幌ドームという異空間に彩りを与える声。グッチーさん(北海道日本ハムファイターズ及び北海道コンサドーレ札幌のスタジアムDJを長年、務める)の紡ぐ声に心が震えた。

中学校2年生にして、夢が決まった瞬間だった。

札幌ドームでスタジアムDJを務める」

しかし、どうやったらスタジアムDJになれるのか?道筋は全く分からなかったが、山形少年は、DJの繋がりでラジオ局に親和性を感じ、その方面を目指す事を決意。

実際に、大学卒業後、三角山放送局の運営会社に新卒で入社した。

そして、入社早々、任されたのが「コンサドーレGO WEST!」「Radio CONSADOLE」という2つのコンサドーレ関連の番組ディレクター。

それまでは、年に数回、コンサドーレは見る程度だったというが、そこから、積極的にコンサの情報を収集するようになった。

山形さんの〝コンサ熱〟が高まった、ターニングポイントがある。

2016年の函館で行われた、横浜FC戦である。5年ぶりの函館開催、リーグ首位で迎えた1戦、5得点をあげての快勝。

「僕にとって、初めて、〝コンサドーレ遠征〟をした日です。自分でチケットを取って、計画をたて、長距離移動もして。初めての感覚の特別なことをしている感じがあった。」

仕事がスペシャルな趣味へと昇華した瞬間だった。その後は、チケットを買って、毎試合スタジアムに足を運ぶ事が日課に。一緒になって夢中になれる大切な仲間もできた。

「僕は右肩上がりのコンサドーレしか見れていないんです。だから、それまでの歴史は常に学ぶ側なんです。」

初年度からJ1昇格を体験すると言う巡り合わせにも恵まれ、コンサ愛は高まるばかり。程なくして、札幌ドームで〝コンサドーレの〟スタジアムDJをする事が山形さんの夢となる。

その後も、ラジオ局で番組ディレクターをし、週末はサポーターとして、コンサを応援する傍ら、夢のスタジアムDJに繋がるきっかけを追い求め続けていた。

だが、気がつけば、三角山放送局に入社してから、今年で8年が経過した。

「僕、家ではずっとスタジアムDJなんです。お風呂場でスターティングラインナップを全力でコールするのが毎日の日課。
その時に在籍するコンサドーレの理想のラインナップをコールする。僕の唯一無二のルーティンです。なので、選手の背番号と名前は自然とリンクしています。」

いつやってくるのかも分からない、未来のチャンスを信じ、2017年から1日も欠かさずに風呂場で牙を剥き続けた。

だが、そんな努力とは裏腹に、夢と平行線の毎日が続いた。

30才という区切りも近づき、ここ数年は常にリミットも意識しながらの戦いだった。

2020年に結婚した奥さんからも「ずっとコンサドーレのスタジアムDJになりたいっていったるけど、いつなるの?」

そう、問われることもあった。「もうちょっとでなるから!」そう返し続けたが、夢の挫折が頭をよぎったこともある。

そんな日々の中、2021シーズンの終盤に、転機となる仕事が舞い込んだ。

ブランチ札幌月寒が開催するコンサドーレのアウェイ戦のパブリックビューイング。

翌週にイベントが控えている中、MCが決まらない状態だったこともあり、当時、実績の乏しかった山形さんがMCとして、抜擢された。

「起用を決断してくれた方もラジオ局なら、誰かいるだろう?と。ペーペーのやつでもいいから!と。半ばやけっぱちだったと思います‥笑」

コンサドーレ関連のイベントに初めて関わった瞬間だ。
 
そこから流れが変わった。パブリックビューイングのMCとして、回数を重ねていく傍ら、2022年末に三上GMとのラジオMCを務める好機が到来。

必死に一つ一つの仕事に向き合った先には、これまで撒いてきた点と点と線となって繋がるような出来事が次々と続く。

今年4月の福岡戦では、石井謙伍さんとのスタジアムでの実況配信という、クラブ依頼の仕事が初めて舞い込むなど、夢への道筋が着実に近づく手応えを感じていた。


7月のサポーターズデーのMCも、当初は別の人間が担当する予定だったが、該当する人物が急遽入れなくなり、直前に代打として、山形さんにチャンスが回ってきた。そして、そこでのMCぶりを加味し、今回の抜擢に繋がったという。

きっと、山形さんの熱い思いがこうした巡り合わせを呼んでいるのだろう。

スタジアムDJデビューへ

今回はあくまで前座試合に当たるOB戦での、スタジアムDJであり、本試合のスタジアムDJを務める訳ではない。

だが、15年以上、夢見続けた札幌ドームのDJブースから、スターティングメンバーの発表をコールする。

山形さんにとって、特別で夢への大きな一歩なことは間違いない。

「15年、毎日思い続けてきたので。。でも目標に向かって一段ずつ、上がって、やっと次がスタジアムのDJブースに座れると考えると、今まで積み上げてきたものを出す場がようやくやってくるという感覚です。

自分がかつてグッチーさんの声を聞いて、より楽しく。特別な気持ちにさせて貰ったように。あの特別な空間を少しでも声で、ちょっとだけスパイスを付け加えたいですね。

今回の選手の皆さんは、引退は既にされていますけど、コンサドーレとして戦った、あの頃の気持ちにさせるコールをしたいと思います!」

晴れ舞台には奥さんをはじめ、ご両親もスタジアムに駆け付ける予定だ。現在、神奈川に住んでいるお父様は、山形さんの晴れ舞台を欠かさずチェックに来ているという。

「散々、わがままを言ってきたので、夢を叶える瞬間を見てもらえると思うと、胸が熱くなります。」

そして、その先に、夢は続く。今回は来年度の本格デビューに向けた準備期間とも言える。

「まだスタートラインにも立ってないですが、夢はコンサドーレのスタジアムDJのポジションを掴むことです。自分にとっては本当に夢なんです。
今年はちょっとずつ、近づいている実感が湧いていたので。夢ではなく、目標なんです!と周囲には言っていたんですが。僕にとってやはり、夢の仕事です。

そんな熱き想いは偉大な先人たちにも伝わっているのだろう。

「今回は本MCの栗谷さんの元で、学ばせて頂く予定ですし、先日、1996年のクラブ創設時から、コンサドーレのスタジアムDJを務めるタック・ハーシーさんが連絡をくれたんです。
これからのコンサドーレのMCを担っていく山形くんに僕が見てきたものを伝えたいんだと言って下さり、クラブの歩み・MCとしてどんな思いでこれまでやってきたかをたっぷりとお話し頂く機会を頂きました。本当に胸が熱くなりました。」

そして、大先輩にこう助言を送られた。

「正解はない。自分が楽しいと思う。自分が特別だと思うMCを翼君は自分で体現していくことが正解だから。」

奇しくも三上GMがコンサ三上GMのGreat Victory!で山形さんに送った助言も酷似したものだった。

様々な思いを背負って、明日、山形翼さんは大きな一歩を刻む。

その声でスタジアムを少しだけリッチな空間に彩ってくれる事だろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?