【本紹介】ころんで学ぶ心理療法:初心者のための逆転移入門①
はじめに
この本は、心理療法家の初心者が失敗事例からどのように学び成長していくかを主に逆転移の切り口から綴ったものである。
出だしからころんだ、はじめての面接
初めの試練
心理療法の一般的な報告事例には
「セラピストが共感的態度で傾聴することに治療的な意味がある」
「セラピストの仕事とは、クライエントが自分の本当の問題を洞察できるように援助することである」
などと書いてあるので、「熱心に耳を傾ければ、クライエントは自然と自己理解を深め進んでいく」といったイメージを持つ
→実際の臨床場面では、イメージ通りに事が進まないことが多く初心者は戸惑ってしまう
(事例)セラピストに指示を求め、不満をぶつける女子高生
Cl A(16歳)女子
主訴:人前で緊張してしまう。やる気がなくなって勉強が手につかない
来談経緯:学校を休みがちになったところ、担任の先生から勧められた
臨床像:寄せ付けないような身構えた雰囲気、色白、表情なし
セラピストが質問し、Aが返すという一問一答形式で進んでいく。ぎくしゃくした雰囲気が流れていた
セラピーの終わりでは、継続につなげるように何か助言をしなければと思い意見を伝えた
Aの表情はずっとこわばったままであったが、セラピストの意見にはかすかにうなずき、継続するかの確認にもうなずいた
2回目以降もAはぽつりぽつりと答えてくれた。セラピストは傾聴技法で一生懸命受け止め、理解しようと努力したが、Aから返ってくる言葉は短く、すぐ黙りこくってしまう。
3回目の面接の際にAが「先生、一体どうしたらいいと思いますか?どうしたら、少しでも楽になりますか?」とアドバイスを求めてきたのでセラピストはあいまいなアドバイスをしたところ、意外にも「そんな考えもあると言ってもらえると安心します」と少し笑った
4回目もAは「どうしたらいいと思いますか?」とアドバスを求めてきた
アドバイスばかりしていていいのか?とおもいながら前回と同じようなアドバイスをした
5回目の面接でAは「ここに来ると調子が良くなる。先生にアドバイスしてもらうと、そんなに焦ることはないのかなって思えて、楽になる」と評価してもらえた。セラピストは「この面接はAの助けになっているらしい」とひそかにうれしくなる
6回目 無断キャンセル。セラピストは自分が何か前回まずいことを言っただろうかと不安になる
7回目20分遅刻 険しい表情でAは「ここにきても何も指示してくれない。アドバイスも当たり前のこと。指示してほしい。自分でいつも考えてることを話したって、何も効果はない」
セラピストの中には無力感と怒りがこみあげていた。しどろもどろに返事をするとさらにたたみかけてきて一層混乱し、圧倒的な無力感と怒りに自分が押しつぶされてしまった感覚
ころんだ経験から学ぶには 24人のベテランセラピストのコメント
あの時どう応答すればよかったのか、自分のなかの怒りや無力感をどう取り扱えばよかったのかをベテランセラピストに率直にぶつけてみようと決め、24人ものセラピストに協力を依頼した
①指示の内容/面接のイメージを引き出す
▶応答
「どんな指示がほしいのですか?」
「どんな風に治っていきたいのですか」
「非指示的なやり方について調べたのであれば、そういう風に感じたのですか?どんな面接や技法があなたに合いそうですか?」
▶解説
クライエントの不平不満に対してはその中身をじっくりと聴いていく。それによって今まで満たされなかったクライエントの欲求をセラピストが受け止めたことになる
クライエントの不平不満には、クライエント自身の過去の経験のオーバーラップがあるから、全部セラピストの技量のせいと考えなくてもいい
②前回からの気持ちの変化/今回の気持ちをきく
▶応答
「前回はここにくると調子がよくなると言っていましたね。そうすると、この面接までの間にどういう気持ちの変化があったのですか。」
「今日来たくなかったのに来たというのは?」
「『何も指示してくれない、効果がない』と私に言うのに勇気がいりましたか?いつごろから、そう言おうと思っていましたか」
▶解説
不満を抱くに至ったプロセスを知る。以前から実は不満をいだいていたのか、両親などの第3者に「あんなところにいっても意味がない」などと言われたことに影響を受けているのか。(後者であれば、クライエントは両親の考えに左右されてしまうという問題を抱えている)
また、クライエンが不平不満をどう扱ったかを探ることでクライエント理解が深まる(前々から言おうとしていて勇気を出していったのか、衝動的にいったのかなど)
今回の出来事がAにとってどのような意味を持っているのかを探索する
③指示をめぐる感情を取り扱う
▶応答
「例えばこんなアドバイスはあるけれども、あなたは指示されてやるのはいやではないですか」
「たぶん、あなたに指示をだしても、あなたの中に指示に従っていていいのだろうかという疑問が生まれてくると思うので、そういうやり方はあなたにふさわしくないと思うけれど、どう思いますか」
「指示してほしいという気持ちにはよくなるのですか?指示してほしいのに、指示してもらえない時はいつもどうしているのですか」
▶解説
特に思春期のクライエントは「依存と独立」という葛藤課題に取り組んでいるため、口では自分ひとりで決めるのは心細いから指示してほしいをいうもののそれとともに、本当に支持されたことに従うだけでいいのだろうかという思いもあり、実際にその指示に従わないみたいなことがある
その場合、まずセラピストの判断をつたえ、それに対するクライエントの意見を求めるかたちで葛藤を話題に乗せていくやり方が考えられる。
依存的な面と指示が得られないときの解決努力の両方を取り上げることも重要
④指示の由来を問う
▶応答
「あなたは私のやり方が気に入らなくて、怒っているみたいですね。あなたがやってほしいやり方というのは、相手の方が考えて指示を出すというやり方なのでしょうか。そうだとしたら、それであなたは満足できるのでしょうか。いままで、誰かがあなたのかわりにあなたのことを考えて、それに従っていたらうまくいったのでしょうか。逆に、自分で考えたことをやったら誰かに叱られたり、うまくいったことがおおかったのでしょうか」
▶解説
他人の指示が欲しくなる気持ちを手掛かりに、親子関係・生育歴などを整理する。クライエントにとって指示とはどのようなものかを問いかけ、指示のもたらす影響を点検する
⑤お金について
▶応答
「お金がかかるということはよく考えるのですか」
▶解説
お金を通して親との関係を探索することができる
もしかすると、親にお金を払わせていることへの負い目や反発心がお金が高いといわせているかもしれない。
⑥誤解について
▶応答
「あなたはいつも自分ばかり話しているみたいですか?私は結構自分のほうでも話しているつもりですが」
「私は、あなたのお話を聴くやり方でいいと思っていたけれども、あなたは効果がないと思うのですね。こういう誤解はクラブで起こった誤解と同じようなものでしょうか」
▶解説
クライエントとセラピストのとらえ方の違いを伝え、FBする
また、「誤解」というキーワードをもとに過去のクライエントに生じた「誤解」について深く話し合っていくことでその考え方の癖などが出てくるかもしれない
ベテランの知恵とは
ベテランは、クライエントの言葉を文字通りに受け取るだけでなく、その意味を2重3重に考えて、クライエントが本当に言いたいことは何なのかを探り当てようとする。
指示を要求する背景にはどんな動機が潜んでいるのかに注目する
また、ベテランの応答はどれも
とにもかくにもクライエントに「きいてみる」ことにしている
セラピストの怒りと無力感について
どう扱えばよいかについてのベテランのコメント
初心者はみな不安や自信のなさを感じているものであり、無力感があるのは当然のことである。無理に自信のなさを隠そうとすることで、余計に無力感が強くなったのでは
イメージ通りに面接を進めようとするから怒りや無力感がわいてくる。理想や万能感に現実を合わせようとしている。
セラピスト自身のかこのいやな体験がクライエントの発言によってよみがえったのではないか。
セラピスト側のパーソナリティが無力感や怒りを感じやすいのでは。その無力感や怒りに過敏な部分がセラピストの問題なのでは
セラピストの感じている無力感と怒りはクライエントも感じているものである。クライエントの苦しい心境がセラピストに伝わったのではないか。その場合、セラピストは自分の心の中を点検することでクライエントの気持ちを理解することができる。
つまづいた石の正体は
逆転移は毒か薬か
ベテランの中でも逆転移をマイナスに評価する立場とプラスに評価する立場がある
マイナスの立場の意見→逆転移はセラピスト要因で生じるものである
プラスの立場の意見→逆転移はクライエントの体験の反映なのでクライエントを理解する手がかりとなる
歴史的にはマイナスが主流だったところからプラスが主流になってきている
毒になる逆転移を発見したフロイト
フロイトが逆転移という言葉を最初に使う
セラピストはクライエントにどのような転移が生じているかを客観的に観察し、対人関係の問題や心理的葛藤を分析していくことが重要な仕事であるとされる
→その中で、セラピスト側が転移を起こしてしまい客観的にクライエントの転移を分析できなくなってしまうことを「逆転移」と名付けた
フロイトから言わせると、逆転移は「毒」であり、克服しなければならない障害物であった
さらにフロイトは、セラピストの「匿名性」や「中立性」を原則とした
逆転移を薬に変えた後継者たち
統合失調症などの重度なクライエントを見ていく中で、「匿名性」「中立性」を保つのが困難になった(セラピストが不安や恐怖感、怒り、無力感などに振り回されてしまう)
→これはセラピスト側だけの問題ではないのでは?→投影同一化というカラクリが発見された
※自分の心の中で起こっている感情や思考を誰か他の人のせいにする
例えば統合失調症の人が恐怖心をセラピストに投影することで
「先生が私を殺そうとしている」という被害妄想が生みでる
→セラピストはそれに対して怒りや恐怖感を感じると、振り回されて面接が滞ってしまう
→しかし、セラピストが自分の体験している感情をよく見つめることで、クライエントの気持ちの理解が可能になる
セラピストの逆転移は、クライエントがなんとか精神のバランスを保とうとしてセラピストの心を利用しているからこそ起きる
このようにして今では逆転移が薬と考えられるようになってきた
そして、薬のタイプは大きく2つある
そのままで薬になる逆転移ーいわゆる共感
セラピストが、自分のコンプレックスや葛藤という色眼鏡を外した上でするクライエントへの感情移入。
あたかもこのクライエント自身になったかのような感覚が湧き起こること
→クライエントにとっても「自分のありのままの気持ちをわかってもらえて受け止めてもらえた」と感じ安心する
一工夫して薬になる逆転移ー無意識のコミュニケーション
セラピストの気持ちがクライエントの気持ちの一部を代弁している逆転移のこと
→クライエントの葛藤とセラピストの逆転移が連動している
そのまま扱うと葛藤を助長する毒となるが、注意深く吟味すると薬となり本質を知る手掛かりとなる。
第三者に左右される逆転移
面接室の中で生じる逆転移は面接室の外に存在する人物の影響を受けてしまう
セラピストが職場の中で自分の役割や評価を気にして周囲の目を気にしながらクライエントにあうと、それがカウンセリングに出てしまう
もう一度、ショック体験を眺めてみると
筆者のイニシャルケースを逆転移の捉え方で見てみると・・・
①イニシャルケースは大事だという思いからの意気込み、カンファで専えしに評価されることへの不安
→クライエントが思い通りになってくれないと怒りや無力感に襲われる(第三者に左右される逆転移)
②自分はいい面接ができるはずという万能感
→完璧癖、努力至上主義(フロイトのいう毒の逆転移)
③Aの中にある無力感をセラピストが代わりに味わっていた
→コミュニケーションの逆転移だったが、それに気づけなかったので薬にならなかった
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