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ある本が出版されるまでの逸話【シロクマ文芸部】参加記事


#シロクマ文芸部  「本を書く」から始まる~ 参加します。以下、随筆風に。

本を書く。それを生業とする人と30年来の付き合いがある。その友人が一冊の評論集を出版するまでの逸話を思い出しつつ綴ってみたい。

あれは、いまから30年ほど前の夏だった。どちらからともなく「日帰り旅行に行こう」という話がまとまり、私たちはその準備をしていた。旅行予定日の前日、友人から私の家に電話が掛かってきた。

「こんばんは。何か予定に変更でもあったかな?」
「いや……それがね……どうしよう、睦月さん」

え?どうしようって、何が?
私がそう問う前に、彼女は言葉を続けた。

「取っちゃったの」
「……取ったって。それはさ……例の評論賞のこと?」
「そう。今日の午前中に電話で通知があった」
「まじか。えっとさ……明日、旅行行ってもいいわけ?あ……肝心なこと、吃驚して忘れてたわ。受賞おめでとうございます。これで晴れてプロフェショナルですね、あなたも」
「ありがとうございます……。旅行は大丈夫。授賞式は一週間後だし、予定通り行くよ」

そうですか。
うん、そうなんだ。どうしようか。
どうするったって、受賞して、活動を続けるのみでしょ?
ですねー。
そうだよ。

何とも間の抜けた会話である。彼女は当時ライターで、文学の研究に日々勤しんでいた。同人誌に発表していた論文を再構成し、とある文芸誌主催の文芸評論賞に論文を提出していたのだ。それは知っていたし、彼女の実力なら選に漏れることはないだろうから、強い驚きはなかったのだ。言葉が過ぎるやも知れぬが、当然とも言えたのである。

かくて、予定通り女二人の日帰り旅行は敢行され、朝に駅で待ち合わせて列車に乗り、目的地で半日を過ごし帰路に着く。そして、居住地・出発した駅で下車、また明日と言いながら別れたのであった。

さて。おめでたいことである。同人の皆で祝うことは確定しているが、真っ先に教えてもらった筆友として、何かできないだろうか🤔
そう考え、私は手芸店に出向き、ワンマイルウェアの型紙を購入、久し振りにミシンを取りだし裁縫を始めたのであった。
中学校レベルの技術で縫うことができる、手軽で簡単な上下セット。フリーサイズのパンツに上着はチャイナ風にしてみた。アジア系が好きな彼女なら、お風呂上がりにでも着てくれるだろう。そう思いつつ、メッセージを添えて宅配便で彼女の自宅にそれを送った。

これもさして変わったことではない。変わったことは、授賞式が都内の某所で行われ、式が終わった後で彼女からその顛末を聴いた時に分かったことである。

「あのねー。睦月さんが作ってくれた服、凄く評判だったの🎵」
「は?あなた……あれ、お風呂上がりにでもどうぞ、って送ったワンマイルウエアだよ。まさか……あなた、あれを……」
「勿論、受賞後のパーティに着ていったよ。初めて着るのはそこで、って思ったの。送って貰って嬉しかったから」

まじですか……
パジャマではないが、限りなくパジャマに近いのだが、あれは。コットン地(サッカー地の様な凹凸あり)で薄いブルーのドット柄。可愛らしいとは思うが普通パーティで着る服ではなかろう。なぜ着た。なぜドレスとまでは言わぬがワンピースかスーツを着ないのだ
おまけに同人である春永手製だと説明したという。出席者はお歴々。何というだ。

Aちゃん、怖ろしい子っ……

思わず私はそう呟いていた。

「まあ……そこまで喜んでいただけたなら私も嬉しいですわ。光栄ですし。光栄すぎて……こっ恥ずかしいわ!」
「えー?だって、皆さん褒めてくれたんだよ。可愛いし似合ってるって。中国の女の子みたいだって。睦月さんって器用だねって言ってたよ」

何も言うまい、もう。
私はホールドアップの仕草をしながら頷いた。

それから2年弱の時を経て、彼女の論文は一冊の本となり出版された。その出版記念パーティに私は(仕事の都合があり)出席できず、一通の電報を打った。ピアノの形をしていて、メロディが流れるものを。

「あれも評判になったんだよ。パーティを仕切ってくれたメンバーが素敵だって言ってた。春永さんってどんな人なの?って訊かれちゃった」

またか……私は影の存在、無名の歌詠みである筈なのだが。

「それは光栄ですが……Aちゃん、何て説明したの?私のこと」
「勿論、格好良くてセンスのある人だって言ったよー🎵」

語尾に音符を付けるな。
私はそっと溜息を付きながら、その言葉を音には出さず、黙って頷いたのだった。彼女のサインが入った処女論文集を手渡されながら。

あれから30年。彼女は、その後も順調な活動を続け、今では学術界で中堅を担う論客となった。それでも、彼女の口調には音符の彩りが残っている。今では最も尊敬する友であり、文章の先達である。


拙稿題名:ある本が出版されるまでの逸話
総字数:1881字(原稿用紙4枚半相当)


ヘッダー画像全体図(BingAI生成画像)

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

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