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詐欺の街、ラウカイからの脱出

「Are you John? I'm Kiki」
最近、見知らぬ若い女性からこんなメッセージが届く人が増えている。ほとんどの人はこれを無視するが、
「私はジョンじゃない、間違いメッセージだよ」
と返信する人もいる。これは詐欺師の罠にかかる第一歩である。

インターネットを利用した詐欺は以前から存在していたが、2022年頃からその数は急増した。特に、そのメッセージの発信元がミャンマーであることが多くなっている。詐欺メッセージを発信している犯罪組織はミャンマーの中国国境とタイ国境地域に多くの拠点を持っている。そのひとつが、シャン州東北部で中国との国境沿いに位置するコーカン地区にある。このコーカン地区の中心地ラウカイ(ラオカイ)に中国人犯罪組織がいくつも集まり、オンライン詐欺の中心地となっていた。

コーカン地区は、コーカン人(明王朝の遺臣の末裔と言われている)の民族軍であるコーカンBGF(コーカン国境警備隊)が統治している。このコーカンBGFはミャンマー軍の支配下に置かれた民族軍で、違法行為でも何でも彼らのやりたい放題である。2021年2月にクーデターを起こしたミャンマー軍総司令官のミンアウンフラインの後ろ盾があるので、逆らう者はいない。コーカンBGFの重鎮たちは中国人犯罪組織と一緒にオンライン詐欺の共同経営も行っていた。

騙されて働く外国人


オンライン詐欺の問題は、一般の人たちから金銭を騙し取ることだけではない。ここで働く人々の多くは、騙されて働きに来たか、人身売買で売られてきた若者である。彼らは中国人やミャンマー人だけでなく、タイ人、ベトナム人、ラオス人、インドネシア人、台湾人、韓国人、インド人、さらにはアフリカから来た人々も含まれる。「勤務地はタイ。パソコンを使った簡単な仕事で給料は1,000ドル以上。航空運賃は当方負担」という広告に騙され、若者たちはバンコクに向かう。バンコクで組織と接触した彼らは、ミャンマーにある詐欺組織の拠点に連れて行かれる。組織にパスポートを預けているので逃げることができず、現地に着いて初めて詐欺の仕事であると知るが、もう遅い。

職場は厳重に隔離されているため、逃げ出すことは困難だ。また、犯罪組織は地元警察や軍とも結託しているので、外国人がここから脱出することはほぼ不可能だ。逃げようとすると拷問され、役に立たなくなると殺されて臓器摘出されることもあるという。とても、現代の出来事とは思えないひどい状況に若者たちが陥っている。組織の言うがまま、詐欺の仕事を毎日続けることだけか彼らにできることだった。

このように、中国人犯罪組織は世界中から詐欺を手伝う若者を集めている。ミャンマー国内に拠点を持つ組織で働く者の中で最も多いのは中国人で、次いでミャンマー人である。クーデター後のミャンマーは経済的に困窮しており、国民の半数近くが1日1ドル以下で生活する貧困状態にある。特に地方には仕事がほとんどなく、「給料が100万チャット(約45,000円)以上」という広告に惹きつけられるミャンマーの若者はとても多い。ティリ(仮名)さんもその一人だ。彼女はラウカイの犯罪組織で働いていたが、そこで戦火に巻き込まれたため、ラオカイを脱出した。

やっと見つけた仕事


パソコンの画面越しに、緊張のためかちょっと硬い笑顔を見せるティリさんは30代前半の女性で、丁寧な言葉遣いが印象的だった。ネット回線の状態が良くなかったため、すぐに音声だけに切り替えた。

ティリさんはかつて公務員として働いていたが、クーデター後にCDM(市民的不服従運動)に参加し、公務員を辞めた。その後はずっと仕事がない生活が1年半以上続いたが、2022年も終わりが
近づいた頃、Facebookで仕事広告を見つけた。
「デジタルマーケティング、英語力のある方歓迎!」

彼女は英語を使う仕事に少し不安を感じつつも、とにかく働いてみようと決心した。ヤンゴンで研修があるということで、すぐにヤンゴンへ向かった。事務所には中国人のボスが一人いて、他はミャンマー人スタッフだった。この研修では30~40人のミャンマー人が参加していて、そこで初めて仕事内容を知ることとなった。

言われた仕事は、他人になりすまして外国人と簡単なメッセージ交換をすることだった。勤務地はラウカイで、給料は100万チャット(約45,000円)以上と聞かされた。デジタルマーケティングというのは、オンライン詐欺の仕事だったのだ。このオンライン詐欺についてはニュースや噂で知っていたので、彼女は迷った。

罪悪感はあったが、自分の役割はメッセージ交換のみだ、金銭を騙し取るのは他の人の役割だと、自分自身を納得させた。また、既にラウカイで働いている人と電話で話すことができ、思っていたよりも扱いがひどくないということを聞き、多少安心することができた。

ティリさんはラウカイでの仕事を決意した。ラウカイに到着すると、仕事場は大きなホテル内にあった。詐欺組織がホテルごと借り切っていたのだ。

ホテル内には事務所、宿泊ルーム、レストラン、クリニック、ゲームセンターなどがあり、すべて無料で外に出なくても生活することができた。といっても、ホテルは厳重に管理され、出入り口には銃を持った兵士がいて、勝手に外出することはできなかった。それに、身分証明書を組織に預けている。ミャンマーでは身分証明書を所持してないといろいろと面倒なことが起きる。

ホテル内では、300人ほどが仕事をしていた。6〜7割が中国人、次いで3割ほどがミャンマー人だった。ラオス、ベトナム、インドネシア人などの外国人もいた。

オンライン詐欺の仕事とは


オンライン詐欺のシステムは以下の通りである。まず、データ管理センターには世界中の顧客リストが存在する。このリストには、国籍、名前、性別、年齢、SNSアカウント、住所、家族構成などの基本情報が記載されている。これらの情報から、金銭を騙し取りやすい人物を抽出しする。こうして選ばれた約300人ほどのリストがティリさんのもとに送られてくる。

ティリさんの仕事は、スマホのWhatsAppを通じて、この300人にメッセージを送ることだった。彼女はニューヨーク在住の中国系アメリカ人という設定で、毎日毎日これを繰り返していた。そのメッセージが、
「Are you John? I'm Kiki」
という、このブログの冒頭に書いたメッセージだ。返信は1日に4〜5人程度あったという。

返信をきっかけに、何度かのメッセージのやり取りを通じて親しくなって個人情報を交換する。ティリさんの仕事はこの段階までで、この仕事は「ハッピーチャット」と組織内部で呼ばれていた。その後は「ホットチャット」担当者が引き継ぐ。

ホットチャットでは、さらに親密になり、相手は恋愛感情を抱くようになる。ここで、仮想通貨投資の話題に相手を誘導する。組織は仮想通貨の精巧な偽サイトを作成していて、そこへの送金を促す。相手からむしり取れるだけ取った後、相手との連絡を切り、永久に音信不通になる。この段階になって相手は自分が騙されたことを初めて認識する。全財産を失い、絶望感のために自殺を図る人も多い。

この仕事はシステマティックに行われ、20ほどの部署に分かれていた。ターゲットは世界中にいて、スタッフの出身国が主な対象となる。経済状況が困難な国のスタッフは、ティリさんのように欧米人をターゲットにすることが多い。日本人も狙われており、日本語に堪能な中国人スタッフが日本人専門で活動していた。

ティリさんの給与は人民元の現金払いで3,500元(約7万円)、ミャンマーの一般的な民間企業の給与の約3倍になる。しかし、ノルマを達成できなければ解雇されることもあった。ティリさんもこの仕事を始めて間もないとき、ノルマを達成できなくて組織から追い出されてしまった。中国人スタッフの給与は7,000〜10,000元(14万〜20万円)で、歩合制だ。中には、最初は通常のスタッフだったが優秀だったために高給を得たり、組織の部門を任されて組織(会社)のシェアホルダーになった者もいた。

中国人スタッフの場合、組織のために働くとそれだけの見返りがあったが、逆に組織に逆らうと厳しい罰を受ける。ホテル内では、中国人と他国籍の人との接触があまりできないようになっていたため詳しいことはわからないが、ティリさんは殴られたり電気ショックを受けている中国人を見たことがある。しかし、なぜかティリさんや他のミャンマー人スタッフは直接的な暴力は受けなかった。これは彼女の経験だけなので、他の組織でどういう扱いになっていたかはわからない。

彼女は暴力を受けなかったといえ、外出は厳しく制限されていた。ホテルの出入り口には、銃を持った兵士が常に監視していて自由には外に出ることはできない。ただ、最初に働いた組織では週に一度の外出が許可され、そのときに実家に送金することができた。次に働いた組織では一切の外出が禁止された。個人のスマホは使うことができたが、週に一度のスマホチェックで監視されていた。ホテル内での宿泊は6〜7人の相部屋で、食事は中国料理が毎日提供された。外に出る機会はほとんどなかったため、ティリさんは体重が増えたという。

【参考】
オンライン・ロマンス詐欺、数百万ドルの被害 - 自傷行為に走る人も

ミャンマーの詐欺工場の生存者が語る「拷問」、死、臓器収奪、そして脱出の戦い


ラウカイで戦いが始まった


ホテルで毎日メッセージを送る日々に終わりが訪れた。9月のある日、一夜にしてホテルから中国人が姿を消したのだ。ティリさんは知らなかったのだが、オンライン詐欺組織の摘発が始まっていた。この事態を察した組織は、秘密裏に新たな場所へ拠点を移したのだ。ティリさんたちミャンマー人も、新しい場所へ移転することになった。

移転先は街の郊外にあり、いくつものバンガロー風の建物が並んでいた。そこでしばらく仕事を続けていたが、10月末になると遠くで砲撃の音が聞こえるようになった。10月27日に、1027作戦が開始されたのだ。これは、民族武装組織の3組織がミャンマー軍に対して共同で軍事作戦を展開し、ラウカイを含むシャン州東北部からミャンマー軍を排除することと、違法ビジネスを撲滅させることを目的としていた。

1027作戦の開始以降、ティリさんが働いている移転先の場所も戦闘の影響を受け始めた。多くの詐欺組織は解散に追い込まれたが、ティリさんが働く組織は砲弾が飛び交う状況下でも業務を続けた。しかし、戦闘の激化により、一部の中国人スタッフが解放された。翌日には近くで砲弾が着弾し、40〜50人が死亡する事態になった。そして、ミャンマー軍と戦うコーカンの民族軍MNDAA(コーカン地区で、以前支配していた民族軍。コーカンBGFとは敵対関係)がティリさんたちの前に現れた。ミャンマー人以外の組織の人間は逮捕され、100人ほどいたミャンマー人スタッフは帰郷を命じられた。

その時のラウカイでは、中心地では銃撃戦はなかったものの、郊外では激しい戦闘が続いていた。郊外の戦闘が一時的に収まったときに、一部の人々が逃げ出したが、その後の戦闘に巻き込まれて命を落とす者がいたという。

ティリさんは友人たちと一緒にラウカイのホテルの一室に滞在し、状況を見守っていた。その頃には、電気や水の供給が止まり、携帯電話の電波も止まった。物価は急上昇し、ガソリンの価格は1リットル30元(約600円)から300元(約6,000円)近くに高騰していた。街の中から食料も枯渇してきていた。

【参考】
中国との国境管理を失いつつあるミャンマー軍事政権


脱出


11月30日、ティリさんたち8人はラウカイをバイクで脱出する決断をした。8人ともラウカイで出会った人たちで、女性3名で男性5名だった。2人乗りなら4台のバイクで足りる。ティリさんは以前マンダレーで購入したバイクでラウカイまでやってきたのだが、バイクがない友人は新たに購入する必要があった。高かったが、命には代えられない。

ラウカイからマンダレーまでは通常、半日の距離だ。しかし、戦闘の状況を考えると、通常のルートは避けなければいけなかった。Wi-Fiが使えるホテルを探し出し、先に脱出した人たちの情報がFacebook上にあった。かなりの大回りになるが、その情報を信じた。

11月30日の朝3時、暗闇の中で街のゲートへと向かった。街を出るにはこのゲートを通らなければいけない。ゲート前には、バイク、車、徒歩と多くの人たちが溢れ、ラウカイから逃げようとしていた。チェックは一人ずつで時間がかかり、結局ラウカイを出ることができたのは午後4時だった。

目指したのは隣町のチンシュエホー。ここは1027作戦によって最初に占拠された国境の町だ。夕方6時頃に到着したが、町のゲートは民族軍であるMNDAAによって閉ざされており、中に入ることはできなかった。ミャンマー軍による空爆や砲撃の可能性があり危険だったからだ。路上で夜を過ごすしかない。路上は、うずくまってたり横になっている人たちで溢れていた。ラウカイを出た時点で彼女たちには食料はなく、胃に入れることができるのは水だけだった。

12月1日、朝早く出発し、途中の村で提供されていた炊き出しの混ぜご飯を食べた。久しぶりの食事に感謝した。夜9時半にはチャインゴン村に到着し、村の中の市場で寝た。

12月2日、朝5時半に起き、食堂で温かいチャーハンを食べた。その日の午後5時にはシャン州北部の中心都市ラショーに到着。ラショーはミャンマー軍によって封鎖されており、ラショーの住民以外は入ることはできなかった。彼女たちはまた路上で寝た。ラショーに来る途中、動かなくなった車やバイクが路肩に捨てられているのを何度か見た。ガソリン切れなのか故障したのか分からないが、持ち主は徒歩で脱出を続けたのだろうか。

12月3日、朝9時にラショーを出発。ここからは道が良くなり、バトゥー町に午後7時頃到着した。町の近くのミャンマー軍の検問所では、賄賂を払わなければいけなかった。町に入るとゲストハウスがあり、久しぶりにベッドで横になることができた。

12月4日、バトゥーを早朝に出発し、シャン州南部の中心都市タウンジーを通過し、一気に家族が待つマンダレーへ向かった。家に到着したのは午後3時半だった。

こうして、ティリさんは無事にマンダレーに戻ることができた。道中、困難な状況に直面しながらも、仲間たちと励まし合ったので、それほど苦労を感じなかったという。

現在(2023年12月26日)、ラウカイは街の中心部まで爆撃や戦闘が及んでおり、かつてオンライン詐欺で繁栄していた街が廃墟になろうとしている。

【参考】
ラオカイ市は連日、軍事評議会の戦闘機による爆撃と破壊が続いており、街は巨大な廃墟と化している


2023/12/31追加

シャン州の人権状況を監視している団体、Shan Human Rights Foundation (SHRF) によるインタビュー記事「地獄に堕ちる」。

輪姦され自殺まで追い込まれた人、性奴隷として飼われていた人、オンラインポルノを強要された人、仕事を辞めようとして拷問を受けた人など。私がインタビューしたティリさんはまだ幸運だったとも言える。


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