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『私の失敗3~松葉くずし編』

 ※画像は書影をお借りしております。

 さて、私の失敗その3です。
 このエピソードはだいぶ昔に、なにかのペーパーで語っておりますが、そのときのデーターが見つからないため新たに書き下ろしてみました。
 
 今回は、私が社会人に成り立てほやほやの頃のお話です。
 大学を卒業し、最初に私が就職したのはプログラムを作る会社でした。
 根っから文系で、高校時代、数学は0点しか、とったことのない極度の数字音痴、機械音痴で、当時はキーボードにふれたこともなければ、ブラインドタッチもできなかった私が、何故よりによってSEとしてプログラム会社に入社したのかは、また機会があれば語りたいと思います。

 このときは三ヶ月の研修期間中でした。
 仲良くなった同期の子たちと、教室でわいわいプログラムの学習をするのは、大学生活の延長のようで、楽しかったです。
 先生たちの講義を聴いて、実際にプログラムを組んでゆくのですが、その際プログラムが正しく作動しているかを確認するための、テスト用のプログラムを一緒に作成します。あらかじめ決めておいた言葉が、指定通りに出力されればオッケーです。
 私は文学少女ぶって、小説の一節や、和歌や季語などから選んでおりました。
 
 あかねさす

 こひこひて

 ゆららさらら

 そんな言葉が並ぶ出力用紙を眺めて、うんうん、と一人悦に入っていたのです。
 さて、次はどんな言葉にしましょうと、うきうきと考えていたときに浮かんだのが、タイトルの“松葉くずし”でした。
 それはどこかで、たまたま目にした言葉で、一目見るなり、うわぁぁぁぁぁ、なんて綺麗な言葉でしょう! 松の葉がほろほろとくずれ落ちてゆく様子を表した季語かしら? それとも、松ぼっくりを重ねてくずす伝統的な遊びとか? 日本的なわびさびに、儚さや気品もただよっていて、すごく素敵! と、盛り上がったのでした。

 このときに、松葉くずしの意味をきちんと確認しておけば、あのような失敗は避けられたでしょう。
 けれど、人は一度思い込むと、そのまま信じて疑わないものです。
 私は特にその傾向が強く、自宅の本棚にある愛読書のタイトルを間違えて記載して、そのまま本になってしまった、などという大変申し訳ない失敗も、よくやらかしています。
 このときも、松葉くずしについて私が調べることはありませんでした。
 そうして、心の中の“美しい言葉メモ”に、しっかり書きとめてあった問題の言葉を、私はテスト用のプログラムに、
「よし、これにしよう」
 と、にこにこしながら組み込んでしまったのです。
 
 結果が出力されるまで、自分の席で、次のプログラムをのほほんと組みながら待っていると、同期の女の子たちが何故かかたまって、私のほうへやってきました。
 全員、なんとも言えない表情で私を見ています。
 ひとりが手に持っていた出力用紙を、おずおずと差し出しました。
「あの……これ」
「あ、私の持ってきてくれたんだ。ありがとう!」
 笑顔で受け取る私に、また別のひとりが言いにくそうに、ぼそぼそと訊いてきます。
「えっと……まつばくずしって……意味、わかってる?」
「え? 季語?」
 と、きょとんとして答える私に、同期の女の子たちが一斉に、
「ああああ、やっぱりわかってなかった!」
「季語違う!」
「松葉くずしっていうのはねー!」
 と話しはじめ、私は松葉くずしの真実を知ったのでした。
 
 恥ずかしかったです。
 もうもうもうもう、顔から火を吹きそうでした!
 まさかそういう意味だったとは!
 なんで、みんな知ってるのぉぉぉぉ!

 不幸中の幸いといえば、最初にそのテスト用紙を見つけたのが同期の女の子で、その子がぎょっとして、急いで用紙をつかみ、それを持って他の同期の子たちに相談して、みんなで私のところへ来たということでした。
 おかげで、先生や、ヘルプの先輩社員や、同期の男の子たちには見られずにすんだのですが、それでもやっぱり恥ずかしすぎです~~~~!

 そして私の手には、ゴチック体で印字された特大“まつばくずし”や、一ページにわたってびっちりと印字された“まつばくずし”、ポップな書体で印字された“まつばくずし”、十字架の形に印字された“まつばくずし”斜め一列に印字された“まつばくずし”はてには、カタカナの“マツバクズシ”にローマ字の“MATUBAKUZUSI”と、まつばくずしまみれの用紙が残されたのでした。
 
 先生に提出は――もちろん、できませんでした。

 余談ですが、一九八八年にスニーカー文庫さんから『由麻くん、松葉くずしはまだ早い!!』という小説が出版されております。

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 私が昔、松葉くずしのペーパーを書いたのは、たまたまネットでこのタイトルを拝見して、過去の恥ずかしいあれこれを思い出したためでした。
 このタイトル、攻め攻めですよね。素晴らしいです。一九八〇年代は、こうしたタイトルも有りだったのでしょう。
 あらすじも攻めまくりです。

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 今だとライトノベルで企画を通すのは難しい内容かもですが、八〇年代のこのおおらかさは、振り返ると愛おしいです。私はこの時代を幸せな読み手として過ごしましたが、本当になんでもありな輝かしい時代でした。

 それにしても……当時“松葉くずし”は少年向けレーベルのタイトルに使われるほど、誰もが知ってる一般的な言葉だったのでしょうか? みなさん、菱川師宣の『恋のむつごと四十八手』を読まれたのでしょうか? いつのまに菱川ブームが来ていたのでしょう? と、やっぱり、同期の中で私だけが“松葉くずし”を知らなかったことについて、今でも釈然としないのでした。
 ちなみに、このシリーズは二巻、三巻のタイトルは、おとなしめです。

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 どうせなら全巻四十八手で極めてほしかったような気もしますが、きっとタイトルが決まるまでに、様々なドラマがあったのでしょう。
 この機会に、三冊まとめて読んでみたいです。

 ※転載は、めちゃめちゃ恥ずかしいのでご遠慮ください!