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『私の失敗1~「嵐が丘」編』


 エミリー・ブロンテの『嵐が丘』は、私にとって大変思い入れの深い本です。
 はじめて読んだときの、吹きすさぶ嵐に身も心も揺さぶられるような衝撃は、今でも忘れられません。
 けれどここでは、『嵐が丘』についてではなく、それにまつわる私の失敗について語りたいと思います。

 失敗……というよりも黒歴史でしょうか。
 当時中学生だった私は、『嵐が丘』の世界にどっぷりハマったあげく、ヒロインのキャサリンと自分は、なんて似ているのだろう、と思っていたのでした。
 この時点でもう、パソコンの前でじたじた身悶えてしまうほど恥ずかしいのですが、そのときは一点の疑いもなく、私とキャサリンは魂が同じだ! とキャサリンが語る言葉の端々にまで共感しまくり、お気に入りの台詞を、自宅の部屋で何度も朗読しては、ますます盛り上がっていたのです。
 
 念のため申し上げますが、私にはヒースクリフのような幼なじみもおりませんし、魂が呼び合うような激しい恋愛をしていたわけでもありません。
 ごく普通の、読書好きの中学生の女の子でした。
 
 ならば何故、自分はキャサリンにそっくりだ、などと思い込んだのか。
 それは私が自分のことを、非常に勝ち気で、感情の揺れ動きが激しい人間だと思っていたからです。
 怒りや哀しみや、喜びなど、そのつど自分の感情の暴走に振り回されて、思い込んだら一直線で、それ以外のものが簡単に消し飛んでしまう。
 なので、キャサリンの激しさや、生まれ育った荒野とヒースクリフに対する異様なまでの執着に、あれほど胸を震わせ、共感したのでしょう。
 そうした経験は、十代の女の子にも、読書好きのかたにも、きっとよくあることだと思います。
 
 ただ、私の場合、そこで終わりませんでした。
 自分の胸の中だけでひっそりと、私はキャサリンにそっくり! と思っていればよかったものを、友人たちに、期待満々で尋ねたのです。

「私って、小説の登場人物だったら誰に似ていると思う?」

 忘れもしない、体育の授業中でした。
 体育館でトランポリンの順番待ちをしていて、壁際に体操服で、横一列に並んで体育座りをした友人ふたりは、なんの前置きもなくそんな質問をされて、それはもうぽかーんとし、答えに窮しておりました。
 それはそうでしょう。
 私だって、いきなりそんな質問をされたら困ります。

 え? なに? 知らないよ。

 と、ドン引きしたことでしょう。
 けれど、ふたりともとても良い子で、また私が、あんまり前のめりでわくわくと答えを待っていたので、なにか言わなければならないと思ったのでしょう。
 ぼぉっとしたまま、答えてくれました。

「ぽ……ポリアンナ?」

「赤毛のアン……?」

 『嵐が丘』のキャサリン、という答えが返ってくると思っていた私は、がっくりしました。
 ちょっと考えれば、キャサリンという正解を友人たちが口にする確率は、かぎりなくゼロに近いことがわかったでしょうし、そもそも友人たちが『嵐が丘』を読んでいる前提なのも間違っています。
 けれど、自分はキャサリンに似ていると信じ込んでいた私は、当然キャサリンと言ってもらえるものと期待に瞳を輝かせていたのでした。
 もう、大バカ者です。
 ちなみにポリアンナに似ているというのは、大学生のときも、社会人になってからも、「○○ちゃんって、ポリアンナだよね」と言われたので、私自身は、えー、わかってないなぁ……と反論したいのですけれど、多分周りからはそう見えるのでしょう。
 ポリアンナは、ポリアンナ症候群などという疾患もあるので、複雑なのですけれど……。

 さて、友人たちの答えに納得のいかない私は、
「そうじゃなくて、他には?」
 と、さらに回答を迫ったのでした。
 本当に、恥ずかしすぎです。
 完全に黒歴史です。
 後ろからはがいじめして、もうやめて~っと叫びたいです。
 そのときの私は、キャサリン以外の答えは絶対認めない、くらいの勢いでした。
 
 めんどうくさいなぁ……。

 と、私なら思ったでしょうし、友人たちも思っていたかもしれません。それでも、眉根を寄せて真剣に考えてくれて、片方が、
「あ!」
 と声を上げたのでした。
 どうやら、私にぴったりの登場人物が見つかったようです。
 今度こそ、キャサリンに違いありません。
 笑顔の私に、友人は確信を込めて言いました。

「『クララ』の白路【しろじ】さんだ!」

 白路さんというのは、氷室冴子さんの『クララ白書』『アグネス白書』に登場する、主人公の先輩です。
 清らなる椿姫と呼ばれていて、普段は楚々としているのですが、愛する『古事記』の話などをはじめるとツバキを飛ばして語りまくり、文化祭の演劇の指導にも熱が入りすぎるあまり卒倒してしまうという……。

 私もクラスで劇をする際、いつもシナリオを書いていました。
 そして稽古に入ると、周囲がついてこれないほどのテンションで突っ走り、鬼の演出家と化すので、「……○○ちゃんって、演劇のとき別人だよね……演劇してるときの○○ちゃん、わたし、好きじゃないな……」とか「○○ちゃんは、もっとおだやかで平和な人かと思ってた……。こういう人だと思わなかった……」「○○ちゃんは、北島マヤや姫川亜弓の一族だから……」と、たびたび不評をかっていたのでした。

 友人が「白路さんだ!」と口にした瞬間、別の友人も「ああ! それだ!」と大きくうなずきました。
「だよね、白路さんだよね!」
「そうだね、白路さんだね!」
 そして声を合わせて、
「「そっくり!」」
 と言って、大笑いしたのでした。
 
 そうして私はかろうじて、正解のキャサリンを飲み込み、それ以上黒歴史を重ねずにすんだのでした。
 もうじゅうぶん、やらかしているような気もしますが、中学生ってこんなものですよね。

 以上が『嵐が丘』に関する、私の恥ずかしくも懐かしい思い出でした。
 来週11月30日に、『むすぶと本。』の最新刊、『「嵐が丘」を継ぐ者』が発売されます。今作も“文学少女”の『幽霊』と同様に、思い入れたっぷりに書かせていただいておりますので、ぜひごらんになってみてください。

 追記
 大人になった今でも、やっぱりキャサリンは胸に響くヒロインですが、今は作者のエミリーに、より共感し、憧れます。きっと私が根っから引きこもり体質の、頑固者だからなのでしょう。

 ※転載などはご遠慮ください。