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日記処分振り返り企画その2『父の話番外編・シャールと聖羅どころではない年の差カップルな両親の話』

 こんにちは、野村美月です。
 三十一冊の日記を処分した振り返り企画その二は、私の父の話の続編で、両親の話になります。その一~その二を読んでおいていただけると、その三、その四での私のダメダメっぷりにはこうした背景があるからだとお察しいただけるかと思います。
 振り返れば私も、高校生を二回やった父と似たルートを歩んできて、またそういう父だから私が会社を辞めるのにも寛容だったのだな(というか寛容すぎたのだな)、というのがポイントです。
 それではまいります。

 画像の『ドレスな僕がやんごとなき方々の家庭教師様な件』は、私が一番私らしく書けた大好きなシリーズです。
 主人公は、天才の双子の姉の身代わりとして女の子のふりをして友好国の王様の子供たちの家庭教師になる十七歳の少年シャールで、ヒロインはそんなシャールに恋する九歳の聖羅姫です。
 とはいってもシャールから見た聖羅はまだまだ子供で、二人が恋人になるのは八年後なのですが……そのあいだ他の女の子と交際していたシャールに、聖羅に対して不実だと怒ってらっしゃる読者さんの感想を、ときどき見かけます。
 けれど考えてみてください。
 十七歳の高校生が、九歳の小学三年生の女の子にガチ恋して成長を待ち続けているのって、ヘンじゃないですか?
 もし小学三年生の私が、高校二年生の男の子から「きみが十七歳になったら結婚しよう。それまでぼくは他の女性に一切目を向けず、きみを愛し続ける」なんて告白されたら、うっとりするどころかドン引きです。これが同じ小学三年生の男の子からの告白なら甘い思い出になるでしょうが、高校二年生の男の子が九歳の小学生にガチ恋は、やはりNGかと……。 
 百歩譲って“そういうキャラ”であるならともかく、シャールは同年代の可愛い女の子にドキドキしてしまう、ごく真っ当な男の子です。なので十七歳のシャールが恋していたのはずっとアニスで、帰国して大学生になってからは同級生の女の子ともおつきあいしていました。
 聖羅のシャールへの気持ちはずっと恋でしたが、シャールが聖羅に恋をするためには、やはり聖羅が大人の女性に成長するための年月が必要だったと思います。
 
 そんなわけで二十五歳のシャールと十七歳の聖羅は結ばれましたが、私の父と母はさらに年齢差のあるカップルでした。
 十七歳の母と知り合ったとき、父は二十七歳でした。
「お父さんは歳をごまかしていたのよ~」
 と母は主張しますが、父は苦笑しながら、
「人聞きの悪い、訊かれなかったから言わなかっただけだ」
 と答えます。
「だって大学生だし、十歳も年上だなんて思わないじゃない」
 と母は頬をふくらませるのですが……。

 何故そのようなことになったのか。
 それは前述のとおり、父が高校生を二回経験していたためでした。

 父の故郷は、赤城山がそびえる群馬県です。
 真田の隠れ里の伝説が残る山奥の小さな村で育った父は地元の農業高校を卒業し、家を継いで農業をしていたのですが、なにか心境の変化があったのでしょう。あるとき大学へ行こうと思い立ちました。
 末っ子の父は、自由な立場でした。
 私が物心ついたとき父の両親は他界しており、一番上のお兄さんは公認会計士で、農業はしておりませんでした。兄嫁さんがちょこっと畑をいじっていたようですが、それを生業にしているふうでもなく、もしかしたら父が跡継ぎを降りたことで、畑は処分してしまったのかもしれません。
 そんなふうに進学を決めた父でしたが、今の学力では受験しても合格には至らないと判断したようです。
 普通はそこで予備校に通うなどして浪人生活に突入するものだと思うのですが、父がしたことは東京の付属大学の高等部を受験することでした。
 大学は無理でも高校ならなんとか受かるだろう、あとはエスカレーターで大学へ進めば楽ちんだと考え、見事高校に合格したのでした。
 こうして都会の高校生になった父は、普通に楽しい学生生活を送ったようです。大学への進学テストのときも、選択問題で考え込んでいたら顔見知りの試験監督の先生が、正解を指でとんとん叩いて教えてくれたと、明るく語っておりました。
 
 父は物怖じをしない人です。どこへでも出かけていって、なににでもほいほい参加して、誰とでも気さくに話していたので、クラスの中で自分だけが飛び抜けて歳上で二度目の高校生をやっていることも、気にしていなかったのでしょう。
「一生付き合うわけじゃないんだから、その場だけ楽しければいいんだよ。そういうふうに考えたら気楽だろう?」
 というのが父の人付き合いのスタンスで、会社を定年退職したあとも様々な教室や集まりを渡り歩き交友を広げておりました。
 父が英会話教室の人たちとイギリス旅行をしたときの写真を、見せてもらったことがあります。集合写真に写っているのは、父以外、見事に女性のみでした。
 よくこんなに女の人だらけの中に男一人で参加する気になるなぁ、と私は唖然としたのですが、父はけろりとして、
「あはは、女の人のほうが歳をとっても行動的だからなぁ。市民大学の聴講生も女の人ばっかりだよ」
 と笑っていました。
 
 話を戻します。
 長い遠回りを経て大学生になった父ですが、勉学に励んだかというと、そんなことは一ミリもなく、旅行サークルに所属して遊びにバイトに多忙な日々を過ごし、平然と留年しまくっておりました。
 私が大学生だったときも、
「大学は人生を豊かにするために行くところだから、勉強はほどほどにして遊ばないとダメだぞ。旅行もたくさん行かなきゃな。旅行はいいぞ~」
 と長期休暇ごとに、毎月の仕送りとは別に旅行費用を振り込んでくれたほどです。私はまったく旅行をしない人だったので、全部貯金してしまいましたが……。
 
 こうして二十七歳になっても大学生をしていた父は、十七歳の母と出会い、おつきあいがはじまったのでした。
 母は父の年齢に疑問を持つことはなく、大学生だから二十歳くらいだろうと思っていたと言います。
 そうですよね~。
 大学生の彼氏が、高校を二回卒業していて留年しまくりで十歳も年上だなんて、普通は想像さえしないでしょう。
 ちなみに私も、父と母の年齢差を意識したことは子供のころからまったくありません。よそのお父さんたちと比べて父が老けて見えたこともなく、運動会の父兄参加の徒競走でも、元陸上部の父は元気に先頭を走っていました。
 
 母がいつ父の実年齢を知ったのか? そのとき二人のあいだでどんなやりとりがあったのかは残念ながら不明です。
 
 ※転載などは、どうかご遠慮ください。