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【劇評310】才気溢れるホームズ演出は、パンドラの匣から、チェーホフの登場人物を解き放つ。大胆でクレージーな『桜の園』をめぐって。

 舞台には、巨大な石棺を思わせる物体が鎮座している。この物体が中空に釣り上げられる。
 中にいたロパーヒンとドゥニャーシャは、まるで家具のように、ビニールがかけられているが、ある男によって、この覆いが剥がされ、物語は動き出す。
 愚かしくも、愛すべきチェーホフの人間たちが、まるでパンドラの匣が開いたかにように、無国籍で時代もさだかではない空間に放たれる。

 ショーン・ホームズ演出の『桜の園』(サイモン・スティーブンス英語版 広田敦郎訳)は、独創的なアイデアがふんだんに盛り込まれている。広田のこなれた翻訳を得て、ロシアの風土や階級性にとらわれすぎず、演出家の才気あふれる作品となった。

 ホームズ演出のなかで、もっとも特徴的なのは、登場人物のひとりひとりを丁寧に造形したところだろう。行き届いた群像劇として成立している。たとえば、シャルロッタ(川上友里)やドゥニャーシャ(天野はな)の役が、実に躍動的に演じられている。

 もちろん、原田美枝子のラネーフスカヤや八嶋智人のロパーヒンも、単に価値観の衝突ではなく、決定的にすれ違っていて、相容れることがない。戯曲の本質を踏まえている。

PARCO劇場開場50周年記念シリーズ「桜の園」 撮影:細野晋司

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年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。