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花の官邸の御栄燿に引き比べて

 わたくし風情が今更めいて天下の御政道をかれこれ申す筋ではございません。それは心得ておりますが、何としてもこの近年の御公儀のなされ方は、私どもの目にあまることのみでございました。天狗星が流れます年の春にはご宰相のお花ご覧、また、森かけの親友へのご寵愛、官邸の御供衆は、沈香を削って同じく黄金の鍔口をかけたものと申します。

 その一方に民の艱難は申すまでもございません。例の騒動の年には、大嘗会もありましたが、役がかかります。徳政とやら申すいまわしき沙汰も義政公治世に幾度となく行われて、倉方も地下方もことごとく絶え果てるばかりでございます。

 かて加えて令和のはじめの年は、消費の税が苛酷にかかり、翌年には疫病さえかかり、都のかかりやまいは人知れず、人死には月に数十にのぼり、いやその民の不安とやがてもたらされた狂騒は、お話にもなにもなるものではございません。

 御願阿弥陀仏と申されるお聖は、この浅ましさを見るに見かねられて、上つ方にお許しを願って、検査のおんために、假屋を立て、施行を行われましたが、このとき公方様より下された御喜捨はなんと只の百貫文と申すではございませんか。また、みかねた大学の衆徒が検査を施行しましたところ、公儀よりは一紙半銭の御喜捨もなく、世田谷の区長がとぼしい金子をそそいだとやら。花の官邸の御栄燿に引き比べて、わたくし風情の胸の中までも煮え立つ思いがしたことでございます。

神西清『雪の宿』によるパスティーシュ

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年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。