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御前レファレンス。(12-2)

第壱回『雲云なす意図。』

♯12-2:曇がタルい。2


     †

 それは僕の視点では、ガラス窓が砕けるイメージだったが、しかしそのとき鳴った音は、

 パァァ――――ンッ!

 柏手かしわでやハンドクラップみたいな破裂音が鳴った。

 そのあまりにも強烈な音に、鼓膜が破れるどころか、頭部ごと吹っ飛ばされるような衝撃を覚えた。

 もちろん錯覚ぇ、僕の頭部は無事だったが、あまりの音に、耳鳴りすらしない無音になっあた。

 ややあって、ようやくキーンという耳鳴りが聴こえてきた。

 耳鳴りと静寂。

 それに、結界内の空間に鳴り響いたハンドクラップが反響して割って入ってくる。

 ディレイしてどんどん重なっていく音が、

 何処かで聴いた覚えが。

「七拍子?」

 リズミカルで現代音楽みたいに聴こえた。

 異空間な体験と強烈な破裂音に、頭をぼんやりさせながらも、

「……ん?」

 僕は身体を起こした。

 なんの抵抗もなく僕の半身を起こせた。
 必死に押さえこんでいた平埜さんが、僕の腕のなかでおとなしくなってるのだ。

平埜ひらのさん!?」

 正直、焦った。
 平埜さんがぐったりしてる。
「窒息させちゃった!?」かと猛烈に焦った。

 耳が聞こえにくいから、鼻口あたりに手をかざしてみる。
 たしかに彼女は静かに呼吸をしていた。

「よかった……!」

 安堵しつつ、すぐに僕は平埜さんを抱えなおし、膝をついて立った。

 そのあとですぐ、ヒバナの姿を探した。

 ヒバナは変わらず、そこに立っている。

 その手に〝糸〟がにぎられてるが、激しくうごく様子はなかった

 いっぽうで、
 魔法陣の――結界には変化が見られた。
 さっきまで空間のあちらこちらにあったヒビ割れがなくなっている。

㐂嵜きさきさんは?」

 つぎに僕は依頼者の姿を見つけた。

 ヒバナの淡い薄紫色の瞳の先にいる――㐂嵜さんは土下座ような姿勢で地面にうずくまっていた。

 うめき声がぱたりと止まっている。

 しかし、その代わりというか、

「あれ……!?」

 まったくそれがなんなのか分からなくて、目を細め凝視した。

 㐂嵜さんの背中から、〝何か〟が生えているのだ。

 直径は十五センチか二十センチ。
 長さは三十センチ以上ある円錐のモノ。

〝糸〟と同様に、周囲の光を吸収する漆黒のひかりで形成されているよう。

 それは先の尖ったトゲにも見えるし、牛や羊や山羊などの動物はたまた鬼のツノのようにも見える。

「このにおよんで、まだ出渋ってんの? どーせ出オチなんだから、早く出てきたほうがいいよ。伸ばすだけ、出にくくなるんだから!!」

 お笑い論なのかなんなのか。
 再び、ヒバナが手にした〝糸〟にチカラをこめて引いた。

 すると、㐂嵜さんの背中が『バリバリ』と音を立ててはじめた。

 蠢く漆黒の角が生える箇所が、さっきまでの空間がヒビ割れるように亀裂が広がっていく。

「ぐ……ッ」

 結んだ唇から声を漏らしてしまった。

 目の前のグロテスクな有様に目を背けたくなる。
 しかしこれは実際に㐂嵜さんの身体が裂けて割れてしまっているのではない。

 㐂嵜さんの身体が、あっち側とこっち側を隔てる境界線上になっていたのである。

 厳密には境界線上にある――㐂嵜さんの身体の上にカブさっている――壁のようなモノに亀裂が入っている。

 しかしそれでもグロい。
 これさ僕にそう見てるだけだし、身体が割れる身の毛がよだつ音もそういうふうに聴いしまってるだけだ。

 それと分かるのは、この現象を引き起こしている原因が――〝蠧魚シミ〟と僕らが呼ぶ〝アレ〟だから。

 蠧魚は、人間の感情や想いに干渉する。

 そして、記憶にも。

 人間ひとが見たいようなモノを見せて、ひとが聴きたいような音を聴かせてるだけなのだ。

 または、人間の記憶にある情報から、似せて再発現させているにすぎない。

 特にいまの状態では、蠧魚の持つ性質が、この魔法陣の効果で強化されている。

 そのせいで強烈な現象が僕の眼の前で起こっているのだが、それはこの計画を立てたときから分かっていたデメリットでもある。

 しかし同時にメリットというか、蠧魚を〝此方こっち側〟に引き摺り出すための効果も絶大だということ。

 感情や想いや気持ちや記憶がここにはたくさんある。

 だけど、

「……ぅッ!」

 やはりあまりにもリアルで異様で不気味なのだ。

 メリメリと音を立てて、㐂嵜さんの身体が引き裂かれていく。
 しかも角は一本ではない。
 何本もの角らしきモノが身体を突き破り飛び出してきたのだ。

 その段階でようやく、分かった。
 㐂嵜さんの背中を突き破って出てきたのは、角はツノでも棘でもない――脚である。

 漆黒の〝八本の脚〟は、複数の角は裂け目に沿って亀裂を押し広げていく。

 バリバリとおおよそ骨が砕け、皮膚が裂けるような音を響かせながら、ついに、

 ――〝蠧魚アレ〟の全容が見えてきた。

「……蜘蛛クモ……なの?」

 蜘蛛のカタチをしていたが、それはあまりにも巨大で、あまりにも異様な姿だった。


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