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『きく』創作日誌 Day 2:共感する力。イタコレベルMAXで台本を書く男

どうも。長谷川優貴(@hase0616)です。クレオパトラというお笑いコンビでネタをしたり、エンニュイという劇団を主宰して脚本演出をしたりしています。


『きく』について

「きく」は元々、2019年5月に三鷹SCOOLで公演した演目です。去年は、それを再構築し、かながわ短編演劇アワードに参加。しかし、陽性者が出てしまい出場できず。

で、今年リベンジしようと思っていたのですが、まさかの応募締め切りのど忘れで応募さえできずに終わりました(笑)なにしてんねん!

でも、僕はきりかえがはやいので、だったら出場するはずだった期間のあたりで普通に会場を借りて公演してしまおうということに至ったわけです。

この作品は大切な作品です。そして今回、最高のメンバーがそろってくれました。台本も叩き直しています。初演とも、去年のコンクール用のやつとも違う新しい「きく」が出来上がります。

今エンニュイは良い流れの中にいると思います。この公演に全力をかけて挑みます。たくさんの方に観ていただきたいです。

どのように作っていくのか、「きく」とはなんなのかなど、公演まで毎日のように創作日誌的なものを書こうと思います。

「きく」=「共感」

まず『きく』を作るにあたって、参考に読んだのはこの本でした。

フランス・ドゥ・ヴァール『共感の時代へ 動物行動学が教えてくれること』(柴田裕之訳/西田利貞解説 紀伊国屋書店)

「きく」というテーマが広すぎて途方に暮れていた時に、この本と出会いました。

「きく」時に一番大切なのは共感なのだと再確認しました。

新生児は、母親の動きを「反射的に」模倣するとされています。ある研究によると、イルカが特定の行動に関するトレーニングを受けずに、自分たちのプールの隣にいる人々の真似をしたとされています。人間が腕を振ると、イルカたちは自発的に胸びれを振ったそうです。生物の個体は、半ば独立しつつ半ば種の構成要素として存在していると言えます。さらに、種とは「生態=生物の社会」の一部でもあります。身体における細胞や種における個体と同様に、その「独立の度合い」が異なるだけで、本来、あらゆる個体はつねに完全に独立して存在するわけではありません。共感能力は、知的な行動でも、人間的なものでもありません。共感は、生物に普遍的な存在の同類のものに共通して備わっている性質を情動に写した「情動の符号」をその基底に持っています。高次の神経系を発達させた「高等動物」においては、その「情動の符号」に対して階層的な制御が働き、私たちが感じている「共感」を構成しています。ただし、最も高次の「視点取得」、つまり「他人の立場に立って感じる」という能力ですら、人間固有のものではありません。むしろ、人間に特徴的なのは、共感の自動的な作動を「スイッチを切る」ことに長けているという点でしょう。人間は、ある意味最も「社会的ではない」存在です。共感は、後天的に獲得されたのではなく、生物として普遍的なデフォルトです。「素直」であれば、生物は基本的に「共感的」であると言えます。ですから、デフォルトでオンになっている共感スイッチをオフにすることが、意志的な「行為」なのです。人間について言えば、共感スイッチをオフにしている状態は、神経症的な緊張を伴っています。これが、人間の「日常」です。そして、親しさの度合いに応じて、この共感スイッチのオフは解除されます。人間は、本来利己的な存在であるとされていますが、この考えは転換される必要があります。実際には、人間は本来共感的であり、無理をして利己的な考えを押し付けているのです。この順序を明確にするために、著者が説く「前関心」という概念で説明される現象を見てみましょう。 動物や幼児も、何が起こっているか理解していなくても、苦しんだり悲しんだりしている仲間に寄り添うことがよくあります。利己的な判断からすれば、必ずしも妥当な選択とは言えません。他者の苦しみや悲しみの周辺には、危険が潜んでいる可能性が高いからです。つまり、我々が同情と捉えるものは、他者の痛みを理解し、思いやりを示すというよりも、その理解よりも先に、他者の苦しみが自分自身に「写し取られた」とき、身体レベルで動作がセットされ、その相手に惹かれるような状態が起こっているのです。私たちは「生まれつき」共感的な存在であると言えます。ただし、家族などの親密な関係がある人との間では、この神経症的な緊張が解消されることがあります。興味深い実験によると、人は無意識に相手の感情に反応しますが、「恐れおののいている身体(姿勢)に腹を立てている表情を貼り付ける」と、人は表情よりも姿勢の方に反応することが分かっています。猫などの動物でも表情は殆どありませんが、濃密に感情が伝わることがあります。人も動物も、服のように「佇まい」をまとっています。この「佇まい」は、無意識に自分の身体にマッピングされ、共感はその身体的伝播を基礎に持っています。

Twitterでこの本の感想を書いていた方の文章を要約しました


エンニュイは、エンパシー演劇

エンパシー(Empathy)とは、自分とは異なる価値観や考え方を持つ他人に自己を投影し、相手が何を考えているのか、どう感じているのかを想像する力のこと。 ギリシャ語の「emphatheia(心の状態)」という単語に由来する言葉で「共感」や「感情移入」、「自己移入」と訳される場合もあります。

僕は常に共感について考えています。エンニュイの作品全てが共感についての話と言っても過言ではないでしょう。

共感は、人と人との交流や理解において重要な要素です。それは、他人の感情を理解し、共有する能力です。共感は、僕たちが他者と深いレベルでつながり、有意義な関係を築くことを可能にします。この感情は、身体的な接触、言葉、または顔の表情によって表現することができます。

共感には、相手の立場になって考え、相手が感じているであろうことを感じ取ることが必要です。他人の感情を認識し、その状況に対して同情や思いやりを示すことで、適切に対応することができるようになることが必要です。共感によって、僕たちは判断や批判をすることなく、他人の幸福に関心を示すことができます。

共感は、必ずしも他人の見解に同意することを必要としませんが、相手が何かについてどう考え、どう感じるかを考慮した上で対応することを示唆しています。このプロセスにより、僕たちは異なる視点をよりよく理解し、他の方法では共通点を見出せない人々の間に橋を架けることができるのです。

現に、これまでエンニュイの稽古中などで、共感のズレや、共感できていないことなどからいざこざが起きることが多々ありました。僕は、人が怒っていたり、口論になっていたりすることが耐えられない人間です。だからこそ、対立をうまく処理する方法を学び、また、家族、友人、仲間などが困難な状況にあるときに言葉を交わさなくてもSOSに気づいて助けられる人間になりたいのです。つまり、共感することは、感情的に存在することであり、仲間とより深く関わり合うことができるのです。

僕の作る作品を見て、少しでも他人のへの想像力が豊かになってもらえたらなと思って、いつも創作しています。

頭の中に何人もの人格を取り込む(イタコレベルで)

共感は人間にとって不可欠な要素であり、僕たちの日常生活において大きな役割を担っています。共感とは、他人の感情を理解し、共有する能力です。他人の感情、思考、経験を自分のことのように認識することができるのです。共感力は、他者と有意義な関係を築き、周囲の人々に対してより思いやりを持ち、目的と意義のある人生を送ることを後押ししてくれる重要なものだと思います。

僕は、演劇を作る時に、頭のなかで何人もの人格を作ります。それは、自分の中にいる思考ではありません。今まで出会ってきた人の考えを投影してシミュレーションするのです。元々僕は、HSS型HSPという気質なこともあり、頻繁に他人に感情移入してしまいます。これは、普通の人の感情移入とはレベルが違います。完全に自分の中に他人をいれてしまうのです。もはや、イタコです(笑) 凄いのが、腹が立った相手が自分に入ってきて、最初は自分を肯定する為に相手のせいにして考えていたのに、いつの間にか相手の思考になりきり、相手の目線で自分を説教している時もあるくらいなのです。

この能力を使って、頭のなかで何人もの自分を作ります。そのインサイドヘッド達の対話によって、互いを否定しながら肯定もします。時には全く共感し合えないやつらもいますが、どちらの気持ちにもなるので結果本体の僕だけは共感できます。………僕はなにを言っているのでしょうか(笑)全然伝わってなさそうだな。

共感によって、欠点も含めた本当の姿を互いに見ることで、より深いレベルで互いにつながることができるようになると思うんです。僕たちは、自分が経験していることを理解してくれる人がいると知っているので、自分の苦悩を率直に話すことができます。このようなつながりは、ストレスレベルを下げ、日常生活で生じる困難な状況や感情にうまく対処できるようになります。しかし、それは自己世界からみた他人への期待でしかないのです。何故か? それは、全く同じレベルで共感し合えることは不可能に近いからです。

共感は、人々が自分の間違いから学び、意見やライフスタイルの違いに関係なく、他者への理解を深めて前進するのを助けることで、個人の成長を促します。自己認識を深めることで、自分だけでなく、関係するすべての人のためになることを考えられるようになるのです。

理解と思いやりの向上

共感は、他者への理解や思いやりを深めるのに役立つ強力な感情です。他人の立場に立ち、その人がどう感じ、考えているかを理解することができるのです。共感はしばしば同情と混同されますが、この2つは同じではありません。同情は相手を気の毒に思うことですが、共感は必ずしも同意することなく相手の気持ちを理解することです。

共感を実践することで、人がある行動をとったり、ある考え方をしたりする理由をよりよく理解できるようになります。相手の立場に立って物事を見ることができ、その人がなぜある決断をし、ある行動を取るに至ったのかを理解することができるのです。そうすることで、その人や周りの人に対する思いやりを育むことができるのです。

共感力を養う最も一般的な方法の1つは、誰かが自分の経験や感情について話しているときに積極的に耳を傾けることです。積極的に聞くということは、相手の話だけでなく、それについて相手がどう感じているか、その裏にある感情にも注意を向けることです。そうすることで、私たちは相手がなぜそのように感じるのかを理解し、相手の経験を尊重しながらも、相手のニーズに最も適した解決策を考えることができます。

また、共感には同意が必要なわけではなく、判断や批判をせずに相手の立場を理解することが必要であることも忘れてはなりません。これは、たとえ相手の意見に同意できない場合でも、罵倒や侮辱に頼ることなく、意見の相違を受け入れるスペースを確保することを意味します。

自分自身の理解と思いやりを高めるためには、※アクティブリスニングを実践し、自分とは異なる経験を持つ人や、自分とは異なる困難に直面している人に共感できるように努力することが不可欠だそうです。そうすることで、人種、性別、性的指向、宗教、政治的信条などに関係なく、個人として、向き合えるのではないでしょうか。

※アクティブリスニング は、聴く側が能動的に準備をして、発する側からのメッセージの言語や非言語の意図を観察する供に、発信側へ対しての傾聴しているという適切なフィードバックを送る行為である。 アクティブリスニングは、発信側と受信側の間に相互理解を醸成する。

Wikipedia

このような、「きく/共感」という体験ができる演劇を目指して創作しています。人それぞれ違う、聴く身体と思考のズレなどを可視化し表現した作品です。聴く時の現実の体の姿勢はみんなほぼ一緒ですが、思考はこんなに入り組んでいるんだぞというのを見せれたらいいなと思います。全員の思考が全て可視化されたらこんなにもカオスなんだぞと(笑)


読んでいただきありがとうございました。
明日も、また『きく』についての創作日誌を書いていきます。

興味を少しでも持ったら、観に来てください。
きっと刺激的な体験が待っています。

今日からラジオを始めました。

エンニュイperformance
『きく』公演詳細



2023年3月24日ー26日
三鷹SCOOL
〒181-0013
東京都三鷹市下連雀 3-33-6
三京ユニオンビル 5F
三鷹駅南口・中央通り直進3分、右手にある茶色いビル5階
【脚本・演出】
長谷川優貴
【出演】
市川フー、zzzpeaker、高畑陸、二田絢乃
以上エンニュイ
浦田かもめ、オツハタ、小林駿
(50音順)
【タイムテーブル】
2023年
3月24日(金) 19:00
3月25日(土) 13:00/18:00
3月26日(日) 13:00/17:00
※受付開始・開場は開演の30分前
※上演時間約80分(予定)
【スタッフ】
ドラマトゥルク:青木省二(エンニュイ)
制作・演出助手:土肥遼馬(エンニュイ/東京軟弱野菜)・四木ひかり
映像:高畑陸
主催・制作:エンニュイ

【チケット】

<券種・料金>
劇場観劇チケット(当日精算・日時指定・全席自由)(予約・当日 別価格)
・一般 前売り¥3300 当日 ¥3500
・U-25(要年齢確認証提示) ¥2800
・エンニュイはじめて割 ¥3000
※「エンニュイはじめて割」エンニュイの公演を初めてご覧になるお客様は前売り価格より300円引きでご覧いただけます。
※「エンニュイはじめて割」は当日券でのご利用はできません。

予約ページ


【エンニュイとは?】



長谷川優貴(クレオパトラ)主宰の演劇組合/演劇をする為に集まれる場所 。
名付け親は又吉直樹(ピース) 「『アンニュイ』と『エンジョイ』を足した造語であり、 物憂げな状態も含めて楽しむようなニュアンス」
2022年11月に新メンバーを加えて、組合として再スタート

長谷川からのコメント



「文字通り、誰かの話を「きく」ことを主題とする作品です。他者が話していること、そのイメージを聞き手が完璧に共有することはできない
人間は、自己が体験したことから想像することしかできない。誰かの話を聞いている最中、私たちの思考は徐々にズレていく。言葉から連想して脱線したり、集中力が切れて別のことを考えたりするそんな、「きく」感覚をそのまま体験するような上演にしました。
僕は母親が未婚の母で母子家庭でした。親戚もいなくて唯一の家族だった母が数年前に他界しました。その時に作った作品です。亡くなったばかりの時に心配してくれた方々と話をした時にズレを感じて、話を聴く時は経験などによって想像や処理のされ方が違うのだと体感しました。別々である人間に共感を期待してはいけない。共感よりも大切なものがあるということと、他人への想像力の大切さを伝えたいです」

あらすじ

「母親が癌になった」
一人の男の語りから話は始まる。
最近、言葉が溢れていて聞き取れない感覚に陥る。
「きく」ことによってその話を「背負う」。
聞いた話の足りない情報を想像で埋める。
「きく」ことの大部分は想像。
そんな「きく」ことを体験できる公演。

2019年の初演のエンニュイ第3回本公演「きく」の感想ツイートまとめ

3月の公演へ行くか迷っている方へのご参考に!

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