日記(le 11 juin 2021)

向かいの住人のこと

4階建ての雑居ビルの4階に住んでいます。1階はスナックなのでまさに今、緊急事態宣言が続いていて大変そうです。このあいだ、店内の調度品を外に運び出しているのを見たので、近いうちに店仕舞いしかねません。一度も入ったことはないけれど、テレビでも取り上げられたことがある店らしいし、閉店してしまうのは寂しいです。
ところで僕が住んでいる4階には4つの部屋があり、うち3部屋に人が住んでいます。僕の部屋の隣と向かいにひとりずつ。全員男性。たぶん僕が最年少で、ほか2人はちらっとしか見かけたことがないけれど、恐らく中年といっていい年齢だと思います。
隣の部屋はときどき人が出入りしたりして比較的にぎやかで、その代わり数日後に出す予定のゴミなどを共有スペースの廊下に置いたりします。ちょっと困る。このあいだ友達らしき人たちとやたら荷物を運び出していたので、もしかしたら引っ越すのかも知れません。
そしてもうひとり、僕の向かいの部屋にも中年男性が住んでいるのですが、こちらは数回見かけた限りではいかにも気の小さそうな感じです。隣の部屋とは違い、基本的には宅配便以外で人がやってくることはありません(基本的には、と書いた意味はあとで触れます)。この部屋からは毎日のようにゲェーッ、ゲェーッとすごい音を立てて吐いているのが聞こえます。身体が弱いのでしょうか。もっとも僕だって毎日のようにトイレで吐いているのでお互い様です。こちらはゲェーッというよりはオロロロッというような、あまり音を立てないタイプの吐き方ですが。何にせよ4階の嘔吐率が高すぎる。
そんな向かいの部屋にも数年前、一度だけ宅配便以外の人が訪れていたことがあります。僕はたまたまその一部始終をドア越しに聞いていました。
その訪問者は最初、鉄のドアを小さな音で何回もコンコンコンコン……と叩き続けていました。いくらボロっちい雑居ビルでも各部屋に呼び鈴ぐらい付いています。呼び鈴を鳴らさないというのがまず不思議で、まるで漫画やコントなんかでよく見かける、ステレオタイプな借金取りのようだなと思いました。とはいえ呼び鈴を鳴らさずドアを叩くのは、僕も寝ている最中に荷物が届いて呼び鈴だけでは起きなかったときに経験しているので(のちに自殺をほのめかすツイートをして警察を呼ばれたときにも、やはりドアを叩かれることになるのですが)たぶんいつものように何かの荷物が届いたんだろう、ぐらいにしか思っていませんでした。
ところが、コンコンコンコン……がいつまでも鳴りやまないのです。おかしいぞ、と思っていると、ずいぶん経ってからようやく向かいの住人がドアを開けたようでした。居留守を使っていたわけです。この時点で何か怪しい。
そして会話の内容を聞いていると、ずっと訪問者のほうが主導権を握っているのですが、
「月々いくらなら返せるんだ」
「こっちもあんまり待てないんだよ」
「いまアンタ月給なんぼ貰ってんの」
「12万円ほどいただいています……」
「だったらその中から少しずつでも返してさぁ」
というような感じで、本当に借金取りだったのです。この時代に、まさかこんなテンプレ通りの借金取りがやってくる家があるとは思わず、しかもそれが自分の向かいの部屋だったので、余計にびっくりしました。いま急に僕がドアを開けてコンビニにでも行くふりをしたら彼らはどんな反応をするのだろう、と思って、こちらはずっとその衝動を抑えるのに必死でした。
そのうち話がついたのか、これ以上おどかしても一銭の得にもならないと判断したのか、借金取りは帰っていって我が雑居ビルにはふたたび平穏が訪れました。しかし次にいつあの借金取りが向かいの部屋のドアをコンコンコンコン……するかわからないと思うとヒヤヒヤします。そして僕にも奨学金という名の借金がたんまり残っているわけですが、願わくばうちのドアをコンコンコンコン……される目にだけは遭いたくないな、と思うのでした。

物好きな人もいるな、のこと

今しがた「復刊ドットコム」のメールニュースで、『タッコングとツインテールの写真集』を売っているという宣伝が届いて、世の中には物好きな人もいるなあと、自分を棚に上げて思ったりしたのでした。
タッコングとツインテールはどちらも『帰ってきたウルトラマン』に出てくる怪獣です。共通点は恐らく、どちらも非常に特徴的なルックスをしていること。
タッコングは第1話と第2話に出てきた、石油を飲んでしまう困った怪獣なのですが、まんまるな胴体から手足と顔としっぽが生えたような姿をしています。そして一応タコの怪獣なので、まんまるな胴体にはタコの足のような吸盤がついている。こいつが火を吹いて(なにせ石油を飲んでいるので)街を襲ってくるのだから大変です。
一方、ツインテールは古代に生息していた怪獣で、これが現代の東京によみがえって出てきます。容姿は本当に独特で、ひとことで言うなら、全身が逆さまになっているのです。エビのような胴体(なにせ「食べるとエビのような味がする」という設定で有名な怪獣なので)の下の部分に顔がついている。逆に上の部分には名前の通り2本のしっぽが生えている。これがツインテールです。上述の通り肉はエビのような味がしておいしいため、グドンという別の古代怪獣が常食としています。そしてツインテールだけでなくこのグドンまで現代の東京にあらわれたのだからさあ大変、というわけです。ちなみに髪型の「ツインテール」の語源もこの怪獣ではないかといわれています。
僕も怪獣が好きなことに関しては自他ともに認めるところではありますが、しかしタッコングとツインテールの写真集を買うのはさすがにちょっと……といった感じです。たとえ今のように無職で狭い部屋に住んでいるのではなく、それなりに稼いでいて写真集を置くスペースが充分にあるとしても、やっぱり買わないかな、という気がします。確かにいろいろなアングルからまじまじと眺めてみたい怪獣2匹ではあるのですが。

同じこと考えてる人がいた、のこと

このパンデミック下でも、どうやらオリンピックはおこなわれるようです。今日、ついに政府の感染症対策分科会・尾身茂会長も「折れた」ようでした。今後は利権が絡んだ人たちを中心に、無観客にするかどうかで揉めるのでしょう。ああ、嫌だ嫌だ。
こんななかでオリンピックをやるとして、テレビのニュースなどはどうするのでしょう。「今日、日本が獲得したメダルはn個です!」と嬉しそうに報じたあと、急に神妙になって「今日の感染者はx人、死亡者はy人でした」と伝えるのでしょうか。想像するだけで背筋がゾワゾワとしてきます。
そんなことを前にツイッターに書いたことがあったのですが、同じようなことを考えている人は探せばいるもので、けさバズフィードの、岩永直子さんによる岩田健太郎医師(神戸大学感染症内科教授)のインタビュー記事にこんな一節がありました。

これから政府は大変です。オリンピックを開催するのはいいとして、「みんな無関心でした」では困るので、盛り上げざるを得ない。
メディアがまず困ります。
僕は朝、NHKのラジオニュースを聞いているのですが、「コロナでこんな被害がありました。では次はスポーツです!」と言って急に明るい口調で話すのです。あの白々しさったらないのですが、これからもっと白々しくなるでしょうね。

僕は岩田氏の思想信条などにそこまで詳しいわけではないですし、また必ずしもそのすべてに賛同するわけでもないでしょうが(当たり前だ)この件に関してはまったくの同意見です。白々しいったらありゃしない。
ところで、きのうツイッターで「大学や大学院は死ぬほど本を読む場所だと清々しいまでに信じていた」というようなつぶやきが流れてきました。僕もそう信じているからこそ、本が読めなくなってしまった今の自分のことを否定せざるを得ません。本を読めない自分が情けなくて情けなくて仕方ない。そして鬱病はともかく、パンデミック下でストレスを感じているからといって本を読めない言い訳にはなりません。というのも岩田氏はそうとうな勉強家・読書家のようで、雑誌『AERA』2020年9/7号のインタビュー記事には次のようにあるのです。

 感染症のプロは、世の中の様々な価値観を念頭に置いてその中で感染症を考えないといけないというのが、岩田の持論である。ジャズのプロはクラシックとの違い、あるいは絵画などとの類似を語れる。感染症のプロもコロナ対策と経済も両方考えて、社会の中でコロナの問題を相対視できないとダメなのだと言い続ける。
 だから、岩田の関心領域は今でも多ジャンルに及ぶ。デスクには、常に読みかけの本が積まれているが、2020年8月のそれは、ウディ・アレンの評伝、ルソーの哲学書、日本の古典小説、数学の専門書など6冊、これらを同時並行で読んでいく。時間が空くと、語学学習に余念なく、これも6カ国語を1・5倍速で耳に入れる。日課にしているジョギングも必ず、好きな春風亭一之輔の落語を聞きながら走るのだ。

岩田氏は教授であるだけでなく臨床でCOVID-19の患者を診ている医師でもあるはずで、どこから時間とエネルギーを捻出しているのか僕などには想像も付きません。つい最近まで大学院生、それも人文学を専攻する院生だったのに、僕はこの読書量には到底かないません。学部の頃は「表象・メディア論系」にいたのにウディ・アレンのことは名前しか知らないし、大学院では仏文専攻だったのにルソーの本なんか1冊も読んだことがないし、日本の古典小説は……そうだ、上田秋成の『春雨物語』を読みかけたまま文庫本がどこかに埋もれているはずだ。まして数学の専門書なんか読めるはずもなく、ジョギングどころか散歩すらろくにできない。英語もフランス語もまともに習得できなかったし、ドイツ語・古典ギリシア語・ラテン語はそれぞれ文法書を買っただけ。さらには落語を聞く気力さえ、残っていないかも知れません。
同じことを考えている人がいても、これだけの蓄積があったうえで言うのと、僕のような無名の素人が言うのでは重みが違いますね、やっぱり。

パンデミック下で始めた、数少ないこと

パンデミック下、「巣ごもり」などと言われてみんな時間を潰すのにいろいろなことをしたようです。特に昨年春の緊急事態宣言のときは、初めての宣言だったこともあって街から人がいなくなり(いまの緊急事態宣言とは全然違いますね)、誰もが「ステイホーム」していました。その結果、なぜか牛乳を煮詰めて「蘇」を作るのがはやったり、マスクの品薄に続いてなぜかホットケーキミックスが品薄になったり、あるいはDIYにいそしむべくホームセンターが「密」になったりしました。うちの家族でいうと、父は実家のウッドデッキを直すなどもっぱらDIYに、母はゲームやネットフリックスに、上の妹はリモートワークに、下の妹は産まれたばかりの赤ん坊の育児にと、それぞれの春を過ごしていたようです。知り合いでは前々からハマっていた海外ドラマやアニメを配信サービスで見ている人が多いようでした。
そんななか、僕はなーんにもできませんでした。書きかけの博士論文を仕上げることもできず、あれこれ計画を立てた読書もできず(『篠沢フランス文学講義』を再読しただけ)、配信サービスで映画やアニメや海外ドラマを見ることもできず(見たのはせいぜい『パトレイバーThe Movie 2』と『直撃地獄拳 大逆転』ぐらい。しかも前者は押井守監督が思いのほか右派であることを知って幻滅してしまった)。こと読書と執筆に関しては、いわば自分の「専門分野」なだけに、「巣ごもり」期間中に「あれを読んだ」「これを読んだ」と聞くたびに、何もできない自分のことが情けなくて情けなくてたまりませんでした。
そんなパンデミック下、ひとつだけ新しく始めたことがあるとすれば、向井秀徳を聴くようになったことです。より正確にいえば、ソロプロジェクト「向井秀徳アコースティック&エレクトリック」および彼がギターボーカルをつとめるNUMBER GIRLとZAZEN BOYSという2つのバンドの音楽を聴くようになったのです。
僕がThis is 向井秀徳のことを知ったのは、漫画家・大沖氏のツイッターにやたら向井秀徳ネタが出てくるからでした。氏は最近、COVID-19に感染した体験記を漫画()にしてツイッターに上げたことで話題を呼びましたが、僕はそのだいぶ以前、たしか高校時代から、登場人物の名前をYMOのメンバーからとった漫画『はるみねーしょん』の作者として知っていました。『はるみねーしょん』の他にも『たのしいたのししま』など、僕がそれなりに作品を追いかけてきた数少ない漫画家のひとりです。
そんなYMO好きの大沖氏が好きなミュージシャンなら、同じくYMOが好きな僕もきっと向井秀徳を好きになるのではないか。そう思いつつ日々の慌ただしさにかまけて手を出さずにしまいました。2019年にはNUMBER GIRLが再結成していたのですが、そのことも知らずにいました。ところが再結成して早々パンデミックが起きてしまったのでライブができなくなり、NUMBER GIRLは無観客配信ライブをやったり、テレビの音楽特番に出たりするようになったのです。そしてそれが、何もできずに部屋の中で毛布にくるまっていた僕が「向井秀徳の音楽」に触れるきっかけになったというわけ。
僕は主にSpotifyで音楽を聴いているのですが、Spotifyで聴ける曲はZAZEN BOYSよりNUMBER GIRLのほうが多いため、今のところ後者をよく聴いています。よく聴いているといってもよくわかるわけではなく、彼らがバックボーンにしているような洋楽や彼らと交流のあった他のバンドのことなどもよく知らないし、何より時代の空気が今ひとつつかめないので、聴いていてわからないことのほうが多いかも知れません。たぶんNUMBER GIRLイントロクイズとかやられても全然できない。
向井秀徳は複数の曲の歌詞で同じフレーズ「繰り返される諸行無常」「よみがえる性的衝動」「冷凍都市の暮らし」などを使うのですが、だいぶ前にツイッターで知人のつぶやきを見ていたら「冷凍都市でも死なない」というサイトのことを知り、それが向井秀徳の書く歌詞に由来しているのはかろうじてわかるもののそれ以上のことはわからない……と少し悔しくなりました。どうも「冷凍都市」というのは、NUMBER GIRLとしてメジャーデビューする際に福岡から東京に出てきて感じた「東京という街の冷たさ」(気温の冷たさではなく)を冷凍都市と表現しているようだというところまではわかってきたのですが。ついでに言うとNUMBER GIRLの無観客配信ライブで向井秀徳が曲間に「新・雀鬼」「子連れ狼」「用心棒」「水溜りを通る猫」などのモノマネを挟んだり、何度も「異常空間Z!」と言ったりするのもよくわからない(けれど面白い)。
そうした「わからなさ」に加えて、音楽的にも青春の衝動を激しくぶつけたようなNUMBER GIRLより、遊びの要素が多い「向井秀徳アコースティック&エレクトリック」や、凝った方向を目指しているZAZEN BOYSのほうが、もしかしたら好みに合うのかも知れません。そういえば大沖氏もツイッターを見た限りでは向井秀徳ソロやZAZEN BOYSのほうがより好みのような印象を受けます。
とはいえ「向井秀徳アコースティック&エレクトリック」はライブ以外にはラジオなどで放送されたブート音源で聴くほかないですし、ZAZEN BOYSも今は余裕がなくてCDや配信を買えないので、まだ「向井秀徳よくわからない」状態は続いています。いつか世の中と生活が落ち着いてきたらソロ活動もZAZEN BOYSもじっくり聴いてみたいなと思っています。そうすればNUMBER GIRLの「わからない」と思っていたところも、もしかしたらわかるようになるかも知れない。そんなふうに聴く音楽の幅や興味関心の幅が少しだけ広がったのが、パンデミック下で僕に起こった唯一のプラスの変化なのでした。今夜も僕はきっとまた、タブレットPCでSpotifyを立ち上げて、「どうもよくわからんな、しかしやはり何か気になるぞ」と思いながらNUMBER GIRLを聴くことでしょう。

鍵と迷惑メールのこと

鍵を見るたび寂しい気持ちになります。それはひとつには、妹夫婦からもらったキングギドラのアクリルキーホルダーが、すっかり剥げてしまったから。そのキーホルダーは、このあいだテレビ放送もされた『ゴジラ キング・オブ・ザ・モンスターズ』公開時に売られたグッズで、アクリル板にデフォルメされたキングギドラの絵がプリントされているものです。詳しいことは聞いていませんが、恐らくは話題の映画だというので観に行った妹夫婦が、僕が大の怪獣好きだというので選んで買ってくれたのでしょう。それが鍵の金属部分とこすれることは想定して作られていなかったのか(キーホルダーなのに)使っているうちにどんどんキングギドラの絵が剥がれていってしまって、いまでは3本の首のうち1本がかろうじて残っているだけです。
それだけでも悲しいのに、この『ゴジラKOM』は助手業務が多忙だった2019年に僕が唯一劇場に観に行った大切な映画なのです。2020年はパンデミックのせいで一度も劇場で映画を観ることのないまま助手任期を終えてしまったので、このキングギドラのキーホルダーは「忙しくも充実していた助手時代」を象徴するアイテムとして大事なものでした。それだけにプリントがすっかり剥げてしまった無惨ないまの姿を見ると、キングギドラと一緒に僕まで敗れてしまったかのようで余計に切ないのです。
さらにもうひとつ鍵を見ると切ないのは、持ち歩く鍵の数が減ってしまったことです。これは単純なことで、僕はふだん家の鍵2個と実家の鍵1個を持ち歩いているのですが、助手時代にはそれに加えて2個の鍵をぶら下げていたので、それがなくなって、心なし重みも失われたことが切ないのです。助手時代にもっていた2個の鍵のうち、1個は助手室の鍵。これは僕が所属していた附設研究所の助手なら誰でも持たされるものですが、僕はそれに加えてもう1個「比較文学研究室」の鍵を前任の助手から託されていました。
「比較文学研究室」は今でこそ附設研究所の数多くある研究部門の一部門という扱いになっていますが、もともとはその名の通り独立した研究室でした。そして他の研究室とは違い、特に学部や大学院に「比較文学コース」があるわけでもないのに存在しているという不思議な研究室だったのです。そのためか今でも附設研究所のオンライン学術誌とは別に、紙媒体の学術誌を出し続けています。僕がいた頃に助手室で使っていた共用PCも、恐らく比較文学研究室から引き継がれたものと思われました。
僕自身の専門や興味関心が比較文学に近いこと、助手になる以前から比較文学研究室の出している学術誌に論文を投稿して掲載されていたことなどから、僕は比較文学研究室に勝手な愛着を感じていました。何より比較文学研究室だけに限った話ではありませんが、「スーパーグローバル大学」関係の学術イベントに圧されて、興味深い内容を取り扱った他の研究部門のイベント(吉増剛造氏の講演会、多和田葉子『献灯使』についての研究発表会、マンガやアニメーションについてのワークショップなど)に充分な力を入れられなかったという、その悔しさもあります。
かくして僕は愛着のある場所だった助手室の鍵と、判官びいき的な感情でひそかに応援していた比較文学研究室の鍵と、その両方を、特に比較文学とは関係ない専攻の後任助手に引き継いだとき、一抹の寂しさを感じたのでした。
任期満了で助手をやめてしまった寂しさ、切なさを感じるのは鍵を見たときだけではありません。僕のGmailがなぜか必ず迷惑メールフォルダに分類する、いくつかのメールを見たときも、同じ寂しさを感じるのです。
それはフリー画像素材を提供しているHPからの新着画像の紹介メールや、論文の英文校正サービスのメールなどです。前者は学術イベントのチラシや立て看板、進行用パワーポイントなどを作るときに使うため登録したもの。後者は先述のオンライン学術誌が投稿論文には必ず英文要旨を求めていたため、その校正用に登録したものでした。どちらももう使うことのないサイトなので(無料とはいえ)さっさと解約してしまえばいいことなのですが、そうするといよいよ助手時代の良き思い出と訣別するかのようで決心がつかないのです。思い返せば、多忙ゆえの愚痴こそたくさんこぼしていたものの、なんだかんだいって助手時代は楽しかったのだなあと、無職のひきこもりになった今、しみじみと感じ入ります。

「自粛」と「エッセンシャル」という言葉のこと

パンデミックで毎日暗いニュースを見聞きするのに(そして明るいニュースや明るい番組との落差に)耐えられず、あまりテレビを見なくなってしまったのですが、それでも日曜深夜の「乃木坂工事中」「そこ曲がったら、櫻坂?」「日向坂で会いましょう」はかろうじて見ています。まるで世間との最後の接点ででもあるかのように。そして相変わらずアイドルの女の子たちが「感染抑止効果はない」と断言されたマウスシールドを付けてあれこれやっているのを見て悲しい気持ちになっているのですが、それはそれとして、このパンデミック下でアイドル番組ばかり見ていて、ひとつ気になったことがあります。それは最初の緊急事態宣言が明けてから、「自粛期間何してた?」という問いが頻出したのに、2回目・3回目の緊急事態宣言では「自粛期間」がそもそもなかったことです。恐らく他の番組でもよく聞かれたであろうこの「自粛期間」という言葉の使われ方に、僕は何とも言えない違和感をおぼえるのです。(だから上の項目では「パンデミック下」とか「巣ごもり」とか無理に言い換えていたわけです。)
僕がアイドル番組を見るほかにやることといえば、ひたすらスマホからネットニュースを見る(COVID-19関係もそれ以外も)ぐらいなのですが、その中でもグラビアイドルの新作イメージビデオの宣伝記事を見かけると、やっぱり「去年の自粛期間はどう過ごしていましたか?」というような質問が、必ずと言っていいほど出てきます。
坂道シリーズにせよ、グラビアアイドルにせよ(しかしテレビといいネットニュースといいロクなものに触れてないな僕は)その種の質問には「部屋の模様替えをしていた」とか「ゲームでフィットネスに励んでいた」とか無難に答えるわけなのですが、そのたびに「自粛期間」はまだ終わっていないのではないか?と思うのです。
昨年春の緊急事態宣言のときと違って、いまも緊急事態宣言は出ているはずなのに、というか今年に入ってからほとんどの期間、東京では緊急事態宣言が出ているのに、世の中はなんとなくそれを受け容れて動き始めている。その不気味さを「自粛期間」という言葉に感じます。本来なら同じ緊急事態宣言のはずなのに、昨年春の緊急事態宣言だけ「自粛期間」と呼んで、今年に入ってからの緊急事態宣言はあまりそう呼ばなくなってしまったのが、とても気になっているのです。
特に「自粛」されなくなったのが仕事です。リモートワークが定着しきらず、また通勤客で電車がいっぱいになる世界が戻ってきてしまいました。世の中が「コロナ慣れ」どころか「緊急事態宣言慣れ」してしまったため、みんながアリバイ的にマスクをつけ、みんながアリバイ的に消毒液を置くぐらいで、よほど神経質な人以外はそれで何となく仕事や学校へ行っています(大学はオンライン中心かも知れませんが)。そして人びとは神経質の度合いに応じて外食の頻度を減らし、旅行を取りやめ、お酒を飲まなくなり、友達どうしで集まるのをやめ、なんとなく楽しみを「自粛」することで生きている。この「なんとなく楽しみをやめておくこと=自粛」というざっくりした感染対策観もまた、世の中をおかしくしているのではないかと思うのです。それは「自粛」によって、さまざまな産業(外食、旅行、宿泊、酒造、ライブハウス、ミニシアター系を中心とする映画館などなど……)が損害をこうむることももちろん当てはまるのですが、それ以外にもこの「自粛」という言葉には良くなかった点が少なからずあると思います。
まず第一に挙げられるのは、「自粛要請」でしかないからというので、行政が充分な休業補償はじめ責任を果たさない言い訳にされてしまうことです。これは上に書いた、「自粛」によって損害をこうむるさまざまな産業についてあてはまるでしょう。
それから第二に、「自粛」しかできないのは現行憲法のせいだ、として改憲派がパンデミックの状況を利用していることです(今日も加藤官房長官の「絶好の契機」という失言がありました)。海外のような厳しいロックダウンではなく「自粛要請」というお願いベースのやり方でしかできないのは日本国憲法のせいだとか、だから改憲して緊急事態条項を盛り込んだりしなくてはならないとか。そういえば今日は改正国民投票法も可決されました。パンデミック下でやることが感染対策よりもまず改憲のための地ならし、というのは、やはり火事場泥棒の感をまぬがれません。
そして第三には、ズルズルと「自粛」ムードを引き延ばすことで次第に自粛の度合いが緩んできて、もっと危機感をもって臨まなくてはならないはずの世の中が「なんとなく」でまわっていってしまっていることです。「自粛」という言葉が「なんとなく楽しみを我慢してやり過ごせばいいや」というメンタリティとして定着してしまったのでしょう。我慢する楽しみの幅は人によりけり。緊急事態宣言などどこ吹く風とばかりにクラブでオールする人たちもいれば、家でひとり飲酒するのさえダメだと思っている人もいます。ここまで両極端ではないにせよ、個々人それぞれの「自粛」とその緩みがグラデーションをなしているわけです。特に明確な基準もなく、ただ「なんとなく」。
そう、「自粛」は自主的にやることなので、判断基準があいまいで、長引けば長引くほど「なんとなく」になっていくのです。そして仕事は楽しみではないので「自粛」しない。電車が減便しても通勤ラッシュや帰宅ラッシュが激化するだけに終わる。みんな「なんとなく」仕事に行っていることに、僕が無職だからかも知れませんが、なにか底知れぬ恐怖を感じます。前に「自粛」という言葉が話題になったのが東日本大震災のときで、その前が昭和天皇崩御のときでした。そのときもテレビCMや「歌舞音曲」などは自粛されたものの、みんな相変わらず仕事に行っていたはずです。僕の父は昭和天皇崩御のとき、喪章を着けて出勤したと母から聞きました。東日本大震災のときは、父は県庁職員だったので「エッセンシャルワーカー」ということで参考にはならないと思いますが、ほとんど不眠不休で働いていました。しかし今回は長期にわたるパンデミックです。あまり好感のもてない言葉ですが「人流を減らさないと」感染拡大は収まりません。昨年春のように、あるいはそれ以上に、本当に社会生活をまわしていくうえで最低限必要な「エッセンシャルワーカー」だけが危険をおしてでも働きに出て、あとは国から補助金をもらって家にこもっているぐらいのことをしないとダメなのではないでしょうか。
「エッセンシャルワーカー」という言葉を、僕は子供のころに親が持っていた本を勝手に読んで知っていました。確か塩田丸男の本だったと思います。新語や造語、耳慣れない外来語などを紹介する雑学書のようなもので、そのなかに、正確には「エッセンシャル・ピープル」として載っていたのです。僕の記憶が正しければ、それはこういう話でした。戦時中、戦争遂行のために必要な人材は「ウォー・エッセンシャル・ピープル」と呼ばれて徴兵義務から外されていた。それを念頭に置いて、どこかの国(たしかアメリカ)で大規模な交通ストが起こったとき、「ノン・エッセンシャル・ピープルは今日は家にいてくれ」というようなメッセージが出される。ところが結局、みんな自分が「ノン・エッセンシャル・ピープル」だと認めたくなくて、ほとんどの人が仕事に行こうとした……。
むかしの外国といまの日本を単純に比べるわけにはいきませんが、緊急事態宣言のなか仕事へ行く人たちにも、どこか心のなかに「自分はノン・エッセンシャル・ピープルではない」と信じたい気持ちがあるのではないでしょうか(もちろん、それ以前の問題として仕事に行かなければ給料が出ないし給料が出なければ生活できないという大前提はあるでしょうが)。しかし、もし政府がエッセンシャルワーカー以外のすべての職種に充分な休業補償を出し、仕事は休ませるか完全リモートワークに限定するというような大胆な政策をとったとしても(いまの政府にはまず望めないと思いますが)みんな最初は喜んでいても、長引けばそのうち仕事だけは「なんとなく自粛しない」で、また通勤ラッシュが復活するような気がするのです。雇われている立場の労働者はともかく、少なくとも経営者たちは自分の会社が「ノン・エッセンシャル」だと認めたくはないでしょう。
まして現在の日本では充分な休業補償がなされているとは到底いえません。かくしてお給金を得るためにも「エッセンシャル」だと信じられた仕事は「自粛」されず、しかし「エッセンシャル」でないと判断された娯楽は「自粛」されることで、一部の産業だけが打撃をこうむるという今のような事態を生んでいるのではないかと思うのです。なにもかも言葉のせいにするつもりはありませんが、ズルズルとなんとなく「自粛」という言葉が使い続けられていることは現在の日本にとって悪影響しかないと感じます。いずれ開かれるオリンピック・パラリンピックでも、それに伴う感染者や犠牲者の増加は政府の無策というよりは、みんなの「自粛」が足りなかったからという漠然とした理由で片付けられてしまう気がします。
もっとほかに適切な言葉があるはずだ!と思いつつ、言い出しっぺの僕もまだその「自粛」に代わる言葉を見出だせずにいるのでした。

望まれても、望んだわけではないこと

さるお笑い芸人が信条なのか座右の銘なのか、「生きてるだけで丸儲け」という言葉を好んでいるようです。彼は娘にその「生きてるだけで丸儲け」というフレーズを略した、珍しい名前を付けました。その娘もいま2世タレントとして、名前をローマ字表記にして芸能界で活動しています。
僕はこの「生きてるだけで丸儲け」という考え方が大嫌いです。僕は生まれてこの方ずっと「生きてるだけで収支マイナス」だと思って生きてきました。生まれてきてから死ぬまでに経験するたくさんのことのうち、悪いこと辛いこと苦しいことしんどいことのほうが、良いことよりずっと多いと信じています。僕が悲観主義者だからだ、マイナス思考だからだ、と言われてしまえばそれまでですが。それでも僕はそのお笑い芸人よりも、ルーマニアに生まれながら祖国を棄て、パリのアパルトマンに暮らしてフランス語で「生まれてこなければよかった」と書き続けたあの哲人のほうに共感をもちます。……
そんな僕は最近はちゃんとTLを追わなくなってしまったのですが、それでも他にできることもないのでツイッターはなにとはなしに見ています。ここ数日でしょうか、ツイッターを公式アプリで見ていると、トレンド欄の宣伝枠に「#みんな望まれて生まれてきたんやで」というハッシュタグが入っているのが嫌でも目に入ります。例の芸人が制作にかかわり、その元妻である女優が声優として出演することでも話題になっているアニメ映画の宣伝のようです。しかしハッシュタグになっているこの命題を一般化していうと、一方が他方に対してあることを望んでも、必ずしも逆が成立するとは限りません。たとえばAさんがBさんにハンバーグを作ってほしいと望んでも、BさんがAさんにハンバーグを作ってあげたいと望んでいるかどうかはわからないのです。BさんはAさんに焼きそばを作ってあげたいと望んでいるかも知れないし、もしかしたらBさんはAさんのことを何も料理なんか作ってやりたくないぐらい嫌っているかも知れないでしょう。……つまり何が言いたいかというと、そっちが生みたいと望んだとしても、こっちは生まれてきたいなんて望んでねえんだよ。
幼いころから自殺をほのめかすような子供だった僕は、母親から何度も「きみは、望まれて生まれてきたんだよ」というような励まし方をされました。離れて暮らしている今は手紙に書き送ってきます。「福島県文学賞のときの授賞式、私たちも急遽行ったっけね。角川短歌賞、小野梓記念賞、現代歌人協会賞。きみは私たちの誇りです」などと。(そういえば母も件の芸人の「生きてるだけで丸儲け」という言葉が好きなようでした。)
父親は何も言いませんが、母は父のぶんまで「お父さんだって、きみが生まれてくるのを待ち望んでいたんだよ」と書き送ってきます。そういえば一度、高校一年で自殺未遂を起こしたとき、いつも僕には冷たい父がいつになく優しい声で携帯に電話をかけてきて(当時単身赴任していた)、直接「そのこと」に触れないようにしながら、最近はどんな本を読んでるんだ?とか聞いてきたこともありました。
前にも書いたように母からの手紙はありがたく、読んでいて泣きそうになることもしばしばなのですが、しかし「望まれて生まれてきた」に関しては「僕は生まれてくることを望んではいなかった」と思わざるをえません。それは僕ひとりの利害だけでなく、僕が生まれてきて今もなお生存していることで、父や母に負担を与え、害を及ぼしていると考えるからです。僕のような息子が生まれてきさえしなければ、あなたたちはこんな苦労をしなくて済んだのに、と。生んでくれた両親のことを思えばこそ、生まれてこなければよかったと思う。なんだかパラドックスのようですが、これが僕の偽らざる本音です。
僕がこの世に生まれてきたのはバブル景気の真っ只中です。東京の地価だけでアメリカ全土が買えるなどと言われた時代。日本はこれからも豊かになっていくことだろうと、きっと両親も信じていたのでしょう。生まれてくる子供が少なくとも自分たちと同じ程度には幸福になれるものと信じていなければ、子供を生むという選択はできないはずだから。
しかし現実はそううまくはいきませんでした。1991年の映画「ゴジラvsキングギドラ」は、バブルが続いて超大国になった日本の国力を落とすべく23世紀から未来人がやってくるという話でしたが、未来人が来るまでもなく、その年にはバブルがはじけて日本はどんどん国力を落としていくことになるのです。経済的凋落に加え、震災をはじめ各地で甚大な被害をもたらした自然災害、それに今回のパンデミックなどなど。そしてパンデミックもそうですが、日本のみならず世界的にみても「この時代に生まれてきて良かった」と思うことより、「この時代に生まれてこなければ良かった」と思うことのほうが多いように思います。自国第一主義や排外主義、それに伴う人びとの分断、一党独裁による圧政国家の成長と進出、地域紛争の激化、大規模テロと戦争……。
上に書いたように子供を生むことは、その子供の人生が、少なくとも自分たちの人生と同じ程度には幸福であると賭けることです。そして恐らく両親は、少なくとも僕の出生に関してはその賭けに負けた。僕はそう思っています。
坂本龍一が作曲した「The Other Side of Love」に売野雅勇が日本語詞をつけ、中谷美紀がうたった「砂の果実」という歌があります。この歌は“生まれて来なければ本当はよかったのに”という絶望感に満ちた印象的な歌詞をサビに据えつつ、そのフレーズが2番では“生まれて来なければ本当はよかったの?”という問いに変わってしまいます。しかも最終的には結局「生まれてきたほうがよかったのか、それともやっぱり生まれてこなかったほうがよかったのか」という問いに答えは与えられず、“僕は砂の果実 氷点下の青空”とうやむやにされてしまう。しかし「生きてるだけで丸儲け」や「#みんな望まれて生まれてきたんやで」といった愛情に満ちた言葉に出会うたび、僕の頭の中は怨嗟に満ちて“生まれて来なければ本当はよかったのに”という「砂の果実」の一節だけが延々とリフレインされるのです。その「砂の果実」は次のような歌詞で終わります。

僕のこと誇りにしてるって
つぶやいた声に
泣きたくなる 今でも
この胸が騒ぐ 悲しい懐かしさで
君を想うたび
あらかじめ失われた
革命のように(「砂の果実」)

いくら賞をとって「誇りにしてるって」言われたところで、堕落しきってしまった今の僕はもう両親にとってお荷物でしかありません。そういえば「砂の果実」には“そこから笑えばいい 堕落してゆく僕を”という歌詞もありました。僕の人生もまた「あらかじめ失われた革命のよう」なものだったのかも知れません。

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