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2023年 年間ベストアルバム50

音楽好きにとって毎年年末の恒例行事となってきた年間ベストを決めるシーズンが今年もやってきました。
2023年はとにかくライブをよく観た1年だったなという印象で、コロナも落ち着き海外アーティストの来日も徐々に戻ってきてからは、少しでも観たいと思ったライブには参加しよう!というマインドで、結構アクティブにライブを観に行きましたね。
去年や今年にアルバムをリリースしたアーティストのライブを日本でこんなに早く観れるというタイム感が久々の感覚で、やっぱりライブを生で体感するって特別だよなぁと改めて感じた年になりました。 

今年もこの1年の間に出会ったたくさんの作品の中から個人的によく聴いた、凄いと感じたアルバムを50作品選んでみました。
自分が作品を選ぶ基準は、その作品を好きなのはもちろんの事、数年後もおそらく聴いてるだろうなとか、いつか2023年を思い出す時に頭に浮かぶだろうなみたいな感じで、その年らしさを持ったアルバムというのをポイントにしてるのかもしれません。

今回も50作品それぞれにコメントを書いたので、何か参考になったり知るきっかけになったら嬉しいです。
長くなりますが最後までぜひお付き合いください!

50.  Troye Sivan 「Something to Give Each Other」

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オーストラリア出身のアーティスト、Troye Sivanの通算3作目となる新作アルバム。
デビュー以来、優れたポップミュージックを生み出し続けているTroye。
青年が大人に移り変わる甘酸っぱくてほろ苦い、みずみずしくて美しい瞬間を切り取った2018年リリースの前作「Bloom」でアーティストとしての地位を確立した彼でしたが、5年振りのアルバムとなる今作は大人の男性として成熟した姿をダンスミュージックを通して表現した作品となっていて、1人のゲイの男性として生きる事の自信や喜びがアルバム全体から溢れ出したような仕上がりになっています。
エネルギッシュでダンサブルなサウンドに乗せて彼が様々な感情を解放させている様は、とても自由で朗らか、それでいて官能的。
同郷のオーストラリアのデュオ、Bag Raidersの「Shooting Stars」をサンプリングした「Got Me Started」や、Jessica Prattの「Back, Baby」をサンプリングした「Can’t Go Back, Baby」など、サウンド面の仕掛けやアイデアもユニークで面白いですよね。
中でも先行シングルの「Rush」は迸る汗の匂いや高まる体温まで感じるような肉感的なダンスナンバーで、個人的に今年の夏最もよく聴いた楽曲の一つですね。

49. Being Dead 「When Horses Would Run」

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テキサス州のオースティンベースの3人組バンド、Being Deadのデビューアルバム。
今年はアメリカから活きの良い若手のロックバンドが数多く登場した印象でしたが、その中でも個人的に特にハマったのが彼らでしたね。
ガレージロックやサーフロック、フォークやパンク、さらにはジャズまでごった煮にしたようやサイケデリックでカラフルなサウンドは、華やかで派手で実に騒々しい響き。
男女のツインヴォーカルが自由に歌い踊り、ギター、ドラムを曲によってスイッチするかなり変則的なスタイルから生み出される予想外のアヴァンギャルドな展開がめちゃくちゃ面白いんですよね。
歌詞やミュージックビデオの世界観とかも基本的にふざけ倒してて、キレ味鋭い演奏とのギャップがまた魅力的というか。
Animal CollectiveやVampire Weekendのファンにはたまらない、ユニークでキャッチーなロックバンドが久々に現れたなという感じでしたね。
刺激的でクレイジーなロックサウンドが不足している最近のUSロックシーンですが、feeble little horseやSweeping Promisesなどの面白いバンドが続々と出てきていて、来年以降の彼らの動向にもぜひ注目したいなと思います。

48. Jam City 「Jam City Presents EFM」

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UKのプロデューサー、Jam CityことJack Lathamの新作アルバム。
これまでKelelaやOlivia Rodrigo、さらにはLil Yachtyなど様々なアーティストの楽曲をプロデュースしてきた奇才であり、彼自身も2作のアルバムを発表してきたJam City。
今作は彼が10代の頃から抱き続けてきたハウスやテクノなどのクラブミュージックへの憧れをストレートに形にした作品で、様々なタイプのダンスミュージックが詰め込まれたプレイリスト・ミックステープのような質感をしています。
Jai Paul以降のリズム・音選びの感覚で鳴らしたような、独特のポップセンスを感じるサウンドがとにかくクール!
ほとんどの楽曲にゲストヴォーカルを迎えていて、Empress OfやWet、Aidan、Clara La Sanといったシンガーから、ハードコアパンクバンド、Show Me the BodyのJulian Cashwan Prattという意外なセレクトも含めてセンス溢れる人選ですよね。
Omar Sをサンプリングしたデトロイトハウス調の楽曲や、ハードなグリッチ、軽やかなテクノポップなど、実に様々なテイストのサウンドが一堂に会した、聴いてて飽きのこない作品でした。

47. Joanna Sternberg 「I’ve Got Me」

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ニューヨークベースのSSW、Joanna Sternbergのセカンドアルバム。
2019年リリースのデビュー作「Then I Try Some More」が様々なメディアや同業のミュージシャンから高く評価され、一躍注目される存在となったJoanna。
今作は前作リリース以降に陥ってしまったスランプや、コロナウィルスによる外出自粛に加え自閉症と診断された事で家に引きこもるようになった事などを乗り越えて完成させた作品で、彼女のどこまでも正直でピュアな人間味が感じられる仕上がりになってます。
Carole King、Judee Sill、Daniel Johnstonなどの偉大なSSWの作品と並べて聴きたいシンプルでオーセンティックなフォークサウンドは、孤独である事を肯定し側で寄り添い包み込んでくれるような優しい響き。
Elliott Smithのようなスタンダードでタイムレスな音楽を目指し曲作りに没頭していたんだそうで、本当にいつの時代に聴いても愛されるような普遍的な魅力に溢れてますよね。
ピアノやギターなどの楽器は彼女1人で演奏したんだそうで、そのホームメイド感にもたまらなく癒されるし、何よりもこの声が本当に愛らしくて聴いていて心が洗われるような作品だなと思います。

46. Avalon Emerson 「& the Charm」

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LAベースのDJ/プロデューサー、Avalon Emersonのデビューアルバム。
元々とてもレフトフィールドなテクノ・ダンスミュージックを作っていた人なんですが、今作は初めて自身の声にスポットライトを当てたポップサウンドに挑戦した作品で、アルバムタイトルにもある「the Charm」という別プロジェクトを始動させるという意味合いで制作された作品になっています。
Nilüfer YanyaやWestermanなどを手がけるプロデューサー、Bullionと手を組む事で彼女のポップセンスや才能が一気に花開いた印象で、今回初めて歌に向き合ったとは思えない見事なパフォーマンスでしたね。
エレクトロを軸にほんのりとシューゲイズ風味のドリームポップサウンドが、春の季節の空気と絶妙にマッチする感じでずっと聴いてましたね。
今作の影響源としてCocteau TwinsやThe Magnetic Fieldsを挙げていて、確かにその辺りのサウンドを意識して作られた感じがしました。
元々やっていた音楽と違うサウンドに挑戦した作品に昔からとても惹かれるんですが、今作もまさにそう。
そのアーティストが実はずっとやってみたかったけど心の奥底にしまっていたパーソナルな部分が垣間見える感じがして面白いなと思います。

45. Meagre Martin 「Gut Punch」

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自分は毎年秋になるとゆったりと落ち着いたギターサウンドが聴きたくなるタイプで、去年の秋はAlvvaysの「Blue Rev」をずっと聴いていた気がするんだけど、今年その役割を果たしてくれたのがベルリンベースのバンド、Meagre Martinのデビューアルバムでした。
ボストン出身のSarah Martinがベルリンに移住して結成した3人組のバンドである彼ら。
Fleetwood MacやBig Thiefに影響を受けたというフォーク・カントリー〜シューゲイズロックなギターサウンドは、どこか温かく包容力のある響き。
自分達のサウンドを「faux-country(フェイクのカントリーミュージック)」と評していて、牧歌的で親しみやすいサウンドでありながらどこかセンチメンタルな質感もあって、その切なさが秋の少しひんやりとした空気にマッチするんですよね。
まだまだ知名度はあまり高くない存在ですが、今作を聴けばきっと多くの人のお気に入りのバンドに仲間入りするんじゃないですかね。
それぐらいインディーロック好きのツボを心得ているバンドだと思います。

44. Ricardo Dias Gomes 「Muito Sol」

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ブラジル出身のミュージシャン、Ricardo Dias Gomesの通算3作目となる新作アルバム。
ブラジルポピュラーミュージック、通称MPB界の伝説的存在、Caetano Velosoのお抱えバンド、Banda Cêのメンバーとしても知られるRicardo。
今作はリオデジャネイロからポルトガルのリスボンに拠点を移して制作された作品で、彼の核にあるトロピカリアへのリスペクトを独自の解釈で表現した非常に実験的なサウンドになっています。
ボサノヴァテイストのアンニュイな歌声とサンバの軽快なリズムがブラジルらしい陽気で柔和な心地良い風を運んで来たと思いきや、次の曲では突如不協和音のようなギターの轟音が鳴り響きその空気を一変させるなど、非常に複雑で奇妙なサウンドの構造をしているのが何とも不思議で面白いです。
ブラジル音楽と一括りにしても実際はとても幅広いサウンドが長い歴史の中で展開していて、ブラジル独自のロックやジャズの世界があるなど掘れば掘るほど奥深く、自分も興味があって色々と勉強中なんですが、このアルバムはこれまでのブラジル音楽の歴史を網羅しながら全く新しいサウンドを作り出したみたいな凄さがあるんですよね。
聴いていて自分の中の新しい扉が開いてような感覚になる、不思議な魔力をもった1枚です。

43. Jim Legxacy 「homeless n*gga pop music」

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サウスイーストロンドン出身のラッパー・プロデューサー、Jim Legxacyの新作ミックステープ。
JPEGMAFIAから大きく影響を受けたという彼のサウンドは、Peggy譲りのユニークなサンプリングのセンスを如何なく発揮した独自のビートがとても面白くて、アフロビートやグライム、ジャージークラブといった多彩なジャンルのリズムやフレーバーがミックスされたジャンルレスな響きになってます。
90sR&Bの名曲、Soul for Realの「Candy Rain」からDizzee Rascal、さらにはMiley Cyrusといった本当に雑多なチョイスのネタ使いにも関わらず、不思議と統一感があるところに才能を感じますよね。
メロディアスな歌声も交えたラップスタイルも独特で、歌っている時の甘い声とラップしている時のクールな声の質感が異なり、それを上手く使い分けてるのも見事でしたね。
今作のタイトルは彼が実際にホームレスとして生活をしながら友人達のもとに身を寄せ、多くの人の力を借りながらレコーディングをした事が由来となっているんだそう。
若干23歳にして人並外れた経験と才能を持っているJim。
今後さらに飛躍していく事は確実だと思うので今からしっかりチェックしておきましょう。

42. Yves Tumor 「Praise a Lord Who Chews but Which Does Not Consume; (Or Simply, Hot Between Worlds)」

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マイアミ出身のSean Lee Bowieによるプロジェクト、Yves Tumorの通算5作目となる新作アルバム。前作アルバム・EPを経て彼の中で飼い慣らした70sサイケロック〜グラムロックへの情熱をよりソリッドなものにしたアルバムという印象で、近年取り組んできたロック路線の一つの到達点とも言える素晴らしい完成度の作品でした。
今作はKanye WestやRosalíaなどを手掛けてきたNoah Goldsteinをプロデューサーに迎えたのもポイントで、禍々しい歪みの中にも耳馴染みの良いポップな質感が忍ばせてある感じが非常にセンスを感じましたね。
制作にはその他、Frank OceanのCoachellaのステージにも出演していたDaniel AgedやSir Dylan、さらにはJohn Carroll Kirbyというソウル/R&B界隈の重要人物も参加していて、ただ単に激しいロックを鳴らしたいわけではなく、しっかり現行の感覚を取り入れながらアップデートしていくという彼の音楽への探究心が垣間見れますよね。
強烈なインパクトのビジュアルも含めて、自らのキャラクターやそのイメージを上手くコントロールしながら、サウンド面においてもその異物感や浮世離れ感を見事に表現してますよね。
今後どのように進化・変化していくのかが益々楽しみになる1枚です。

41. Rainy Miller & Space Afrika 「A Grisaille Wedding」

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共にマンチェスターを拠点に活動しているRainy MillerとSpace Afrikaの2組によるコラボアルバム。
マンチェスターの音楽シーンはここ数年様々な才能が続々と登場するなど盛り上がりを見せていて、それを牽引してきたのがこの2組の存在と言えると思います。
フランス語で灰色を表すGrisailleを冠した今作は、イギリス特有の曇天を思わすどんよりとしたグレーな色使いのムードが作品全体を包み込んでいるような印象。
彼らのレギュラーコラボレーターと言える同郷のIceboy Violetをはじめ、ロンドンのMica LeviやCoby Sey、ベルギーのVoice Actor、さらには今年のCoachellaのFrank Oceanのステージにも登場したフランスのDJ、Crystallmessといった世界各地の異才を巻き込み、アンビエントでディストピアな世界観を作り上げていく展開は圧巻…。
トリップホップやアンビエントの陰鬱とした空気、グライムやドリルといったクラブミュージックの激しくエクスペリメンタルな衝動、バロックオーケストラの調べが作り出す甘美なムード。
これほどまでに異なるスタイルのサウンドが混在しているのに作品には確実に一貫性があって、それがまさにマンチェスターという土地が生み出す空気感なのかなと思いましたね。
益々興味の尽きない面白い街です。

40. Helena Deland 「Goodnight Summerland」

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カナダのモントリオール出身のSSW、Helena Delandのセカンドアルバム。
2020年リリースのデビューアルバム「Someone New」は今でも度々聴き返すくらい大好きな作品で、彼女の作り出すメロディーもサウンドも声も、どれもことごとくツボな心から信頼しているミュージシャンの1人です。
今作は前作からグッとアコースティックな作風へ寄せた仕上がりになっているのが特徴で、それは2021年に母親を亡くした事が大きな要因になっているんだそう。
ニューヨークベースのSSW、Sam Evianとの共作で作られた楽曲は、母親の死を受け入れていく過程で生じた心情の変化や喪失感などがストレートに表現されたサウンドになっていて、収録されている楽曲の多くがギターと声のみというシンプルな作りになっているのが印象的でしたね。
彼女は以前JPEGMAFIAとコラボしていたり、同郷のOuriと組んだユニット、Hildegardでは実験的なエレクトロサウンドに挑戦してたり、音楽的にかなりアグレッシヴな感覚を持っている人なので今作の仕上がりは意外ではあったんですが、だからこそこのミニマルなサウンドが沁みるというか、彼女の思いが伝わってきてグッときましたね。
寒い季節にじっくりと耳を傾けたい素晴らしい作品です。

39. Loraine James 「Gentle Confrontation」

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ロンドンベースのアーティスト、Loraine Jamesの通算3作目となる新作アルバム。
今作はこれまでの作品と比べて「声」がとても大きくフィーチャーされているのが特徴で、それはkeiyaAやEden Samara、George Riley、Marina Herlop、Contourといったゲストの声だけでなく、Loraine自身の声もそう。
自身の内面や亡くなった父親、祖父についての思い出などを曝け出したこれまでで最も人間味や体温を感じる仕上がりで、あまり自分の思いや感情を表現するタイプではなかったLoraineの変化には結構驚かされましたね。
今作は別名義プロジェクトのWhatever The Weatherの時と同じくTelefon Tel Avivがマスタリングを担当していて、浮遊感のあるアンビエンスな響きとトリッキーかつハードなビートの緩急のバランスが見事でした。
あるインタビューで「自分が聴いたものを自分自身の音楽に作り替えるのが好き」と語っていて、Timbalandと組んだAaliyahやBrandyを参照したり、LusineやDntel、そしてTelefon Tel Avivなどの楽曲をサンプリングしていたり、影響を受けてきた音楽を自分なりに再解釈して表現しているのも面白いですよね。
聴くたびに新たな発見や面白さに気付くような、とても奥深い一枚です。

38. Nourished by Time 「Erotic Probiotic 2」

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ボルチモア出身で現在はロンドンを拠点に活動しているMarcus Brownによるプロジェクト、Nourished by Timeのデビューアルバム。
ボルチモアの実家にある地下室で制作したという今作。
作曲、演奏、録音も含めて全ての制作工程を彼自身で行なったんだそう。
ローファイなベッドルームポップやニューウェイヴ、ソウル、ファンク、エレクトロなどが雑多に混ざり合った非常に折衷的なサウンドで、個人的には80年代後半のダンスミュージックの空気感に近い印象でした。
意外なくらいキャッチーなサウンドと、彼の深みのあるバリトンボイスが不思議なバランス感で一体化した独特の質感のサウンドがとても魅力的でしたね。
彼はインタビューの中で、80年代の雰囲気が残りつつも90年代の新しい空気が入ってきている1990年〜1992年頃の音楽に惹かれると語っていて、1番大きな影響を受けたのはPrinceなんだそう。
Yaejiの新作アルバムに参加したり、Dry Cleaningの楽曲のリミックスを手がけたり、彼の独特なサウンド感覚が徐々に音楽業界でも注目され始めていて、今後より面白い存在になっていくオーラをひしひしと感じますね。

37. Julie Byrne 「The Greater Wings」

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ニューヨーク出身のSSW、Julie Byrneの通算3作目となる新作アルバム。
今作は公私共にパートナーだった音楽プロデューサー、Eric Littmannが2021年に31歳の若さで急死してしまった事が大きく反映された作品となっています。
神秘的な声を含め全ての音がマイナスイオン成分を含んだ上品で優雅な至高のチェンバーフォークサウンドは、聴いていて心が浄化されるような感覚。
JulieがEricと共に進めていた楽曲制作を引き継いだのはSigur Rósとの仕事でも知られるプロデューサーのAlex Somersで、彼によるアンビエントな質感の音処理やストリングスやハープといった弦楽器の優雅な響きが作品全体を優しくまろやかなムードで包み込んでいるような印象でした。
死や喪失がテーマの作品ではあるものの、悲壮感ではなくポジティブで前向きなエネルギーに満ちていて、故人への感謝や愛がサウンドとして表れているような仕上がりになってるところが素晴らしいですよね。
6年前のデビュー作を聴いた時も感じたんですが、彼女のサウンドは「水」を連想させるというか、非常に透明感があってみずみずしい響きをしてるなという印象で、それは今作を聴いた時も変わらなかったですね。
何度聴いてもハッとさせられる、息を呑むほどに美しい作品です。

36. Tirzah 「trip9love…?」

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ロンドンベースのSSW、Tirzahの通算3作目となる新作アルバム。
今作も前作に引き続き盟友Mica Leviと共同制作された作品なんですが、これまで以上に実験的な仕上がりになってます。
同一のビートの上にピアノのフレーズをループさせ、そこに不気味さすら漂うヴォーカルが乗っかり、ノイズ混じりの歪んだギターなどが加わっていきながら展開していくという、これまでに聴いたことのないタイプの1枚。
白い絵の具に少しずつ黒を加え微妙なグレーの濃淡を描いたようなニュアンシーなサウンドは、夢なのか悪夢なのか判断出来ない心地良さと不穏さが去来する未体験な響き。
全11曲のアルバムというパッケージングではあるんだけど、全てがシームレスに繋がっているような質感をしているので、聴き進めていく間に実体が掴めなくなるというか、1曲の組曲を聴いているような感覚というか。
今作は2016年リリースのMicachu名義のアルバム「Taz and May Vids」収録の楽曲「Trip6love」からきてると思うんだけど、TirzahとMica Leviのコンビが生み出すサウンドは本当に異質だなと改めて思わされましたね。

35. JPEGMAFIA & Danny Brown 「SCARING THE HOES」

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ボルチモア出身のラッパー、JPEGMAFIAとデトロイト出身のラッパー、Danny Brownのコラボアルバム。
共に非常にクセの強いラッパー2人の共演ということで、只事では済まないだろうなとは思ってましたが、蓋を開けてみると予想していた以上にヤバすぎるアルバムに仕上がってましたね。
P. DiddyやKelis、*NSYNC、さらには坂本真綾、80年代の日本の古いテレビCMまで、インターネット上に無数に転がる様々な音源をテキトーに漁り、それを狂気じみた凶悪なビートに変えてしまう発想力はもはや異常と言っていいレベル!
ヒップホップという文化に制約や限界は無いんだなと改めて思い知らされるような、他のアーティストの作品では絶対に耳にしないであろう完全にオリジナルのサウンド。
そこに声質もフロウも言葉のチョイスも異なる2人のラップが縦横無尽に行き交うという、まさにカオスな仕上がりの今作は、聴いていてストレス解消になるというか、多少の嫌な事なんて頭から消え去っていくような痛快さがあるんですよね。
Danny Brownは今年ソロでも新作「Quaranta」をリリースしていて、自身のアルコール・薬物依存を吐露するような内省的な作風でそちらも聴き応えがありましたね。
今作のボーナストラック的な楽曲を4曲収録したEP「DLC Pack」もリリースするなど、この2人のタッグによる楽曲は今後もまだまだ発表される可能性が高そうでそちらにも期待したいと思います。

34. Kali Uchis 「Red Moon In Venus」

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コロンビア出身のSSW、Kali Uchisの通算3作目となる新作アルバム。
サイケポップやアフロポップを差し色として取り入れながら、甘美で官能的な70sソウルを正統に継承したようなスローテンポなR&Bサウンドがとにかく美しい…。
全体的にBarry Whiteを思わせるアダルトなムードで統一されていて、彼女のヴォーカルも含めて女性にしか醸し出せない色気や妖艶さが作品全体から溢れ出してる感じ。
「Endlessly」はThe Internetみたいだし、「Blue」はSadeが歌っても違和感ないくらいだし、「Moral Conscience」はTame Impalaのようなトリップ感があるし、楽曲のテイストに幅があって全然飽きない作りなのが見事なんですよね。
前作は全編スペイン語で歌われていましたが、今作は英語とスペイン語が使い分けられていて、その響きのコントラストも魅力的でした。
妖しげな輝きを放つ赤い月をタイトルに冠した今作は、タイムレスでロマンティックなサウンドを意識して制作した作品なんだそう。
年明け1月には今作とはコンセプトの異なるスペイン語詞の新作アルバム「Orquídeas」のリリースが決定していて、制作のスピード感の早さに驚かされますよね。
聴くたびにうっとりしてしまう、彼女のセクシーな魅力が充満した1枚です。

33. McKinley Dixon 「Beloved! Paradise! Jazz!?」

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ヴァージニア出身のラッパー、McKinley Dixonの通算4作目となる新作アルバム。 
2020年代に入りヒップホップシーンは過渡期というか、特に大きなムーヴメントや変化は生まれていない時期に差し掛かっているなという印象なんですが、そんな中でも面白いサウンドを作り出す活きの良い若手はちょくちょく登場していて、このMcKinley Dixonもその中の1人です。
ヴァージニアというとPharrell WilliamsやClipseなどのThe Neptunesチームや、TimbalandやMissy Elliottといったヒップホップシーンにおける改革者達のお膝元みたいなイメージが強い地域ですが、McKinleyの今作はタイトルにもあるようにジャズをベースにした生音重視のサウンドなのが特徴です。
ジャズバンドとのセッションで生み出されたような躍動感あるグルーヴが最高にドープで、まるでライブハウスで演奏を体感しているような迫力が伝わってきます。
コンシャスな表現の多彩さやボキャブラリー豊富な彼のラップも非常に聴き応えがあって、その卓越したスキルはLittle Simzやbilly woodsにも匹敵するレベルだと思いますね。
今年のラップアルバムとしてベストに挙げるメディアも多く、今作をきっかけにさらなる活躍が期待出来る存在だなと思いますね。

32. Róisín Murphy 「Hit Parade」

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アイルランド出身のSSW、Róisín Murphyの通算6作目となる新作アルバム。
90年代からMark Brydonとのデュオ、Molokoとしてダンスミュージックシーンを牽引し続けてきたRóisín。
2020年リリースの前作「Róisín Machine」が高い評価を受けて以来、50歳近くにしてソロアーティストとして全盛期と言える活躍を見せていて、今作は彼女の中で高まり続けるクリエイティヴィティのピークと言える状態の中で完成させた作品でした。
同業者からの人気や信頼も厚いドイツのプロデューサー、DJ Kozeを共同プロデューサーに迎えて作り上げた、自由でトリッキーでタイムレスなグルーヴが渦巻く全13曲の完成度の高さは圧巻!
オールドスクールなテイストのディスコ・ソウルから、実験的なハウスミュージックまで、彼女のダンスミュージックに対する愛やこだわりが随所に散りばめられた仕上がりになっています。
今作リリース前にはRóisínを敬愛しているJessie Wareの「Freak Me Now」のリミックスに招かれるなど、アルバム発表に向けて盛り上がっていく中で、RóisínがSNS上で発言した内容が物議を呼び、彼女のファンも多いLGBTQのコミュニティーから批判を受けてしまったのは残念でしたよね。
Róisínはその後発言に対する謝罪をしてましたが、今作の出来とは関係ないところでの炎上が複数のメディアなどに飛び火し、今作の評価にも影響してしまったのは気の毒でしたね。
彼女の発言の良し悪しはともかく、今作自体は間違いなく素晴らしい作品なので、もっと多くの人の耳に届いて欲しいなと思います。

31. Lana Del Rey 「Did you know that there's a tunnel under Ocean Blvd」

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ニューヨーク出身のSSW、Lana Del Reyの通算9作目となる新作アルバム。
驚異的なペースで傑作アルバムを生み出し続けているLana Del Reyの最新作は、レギュラーコラボレーターのJack Antonoffなどがプロデューサーとして参加していて、その他Jon BatisteやFather John Misty、Tommy Genesisなど多彩な顔触れがゲスト参加した作品となっています。
古き良きアメリカンカルチャーを下敷きにした文学的な心情描写と、そこにピリッと皮肉のスパイスを効かせナチュラルに物議を醸していく感じがまさに彼女のスタイルで最高にクールですよね。
作品全体が終始映画音楽のような優雅なムードで統一されているんだけど、時折顔を出すトラップビートが程良いアクセントになってて、このバランス感覚はホント唯一無二ですね。
初期と比べると彼女の歌声もかなり表情豊かになったというか、様々な質感のヴォーカルを使い分けながら世界観を構築していく感じが素晴らしかったです。
中でもアメリカ社会の中で消費されていく女性達を憂いた「A&W」は、曲の後半アグレッシヴに展開していくサウンドも含めて強烈な印象を残す楽曲で、Lanaの新たな代表曲と言える存在ですよね。
この人の作る音楽を聴く事でしか味わえない感覚が間違いなく存在すると改めて思わされた1枚です。

30. PinkPantheress 「Heaven knows」

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イギリス出身のミュージシャン、PinkPantheressのデビューアルバム。
彼女はここ数年の音楽シーンのトレンドリーダーと言える存在で、2020年にデビューして以来ドラムンベース、ガラージ、ジャングル、2ステップといった90s〜00sに流行したクラブミュージックリバイバルの火付け役として、さらにはファッションやミュージックビデオでのビジュアルも含めY2Kリバイバルの流れにもリンクするなど、多方面で大きな存在感を見せていました。
2021年リリースのミックステープ「to hell with it」を経て満を持して完成したデビューアルバムとなる今作は、彼女のルーツであるクラブミュージックや00年代のポップスをメロディアスな歌声と洗練されたポップセンスでフレンドリーにブラッシュアップさせた1枚となっていて、ほとんどが1分〜2分くらいの短さだった曲の長さも含め、色々な部分でスケールアップしたような印象でしたね。
ほとんどの楽曲でプロデューサーとして参加しているMura Masaに加えて、AdeleやSiaなどのプロデューサーとしてもお馴染みのGreg Kurstinが参加しているのも前作からの変化の要因でしょうね。
お互いにファンだったというKelelaをはじめ、RemaやCentral Ceeといった今が旬のアーティストをゲストに招いているところも、彼女のトレンドを読む力の凄さの表れですよね。
Ice Spiceとの「Boy’s a liar Pt.2」はまさに今年を象徴するような1曲だと思います。
色々な意味で実に2023年らしい一枚です。

29. Blondshell 「Blondshell」

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LAベースのSSW、BlondshellことSabrina Teitelbaumのデビューアルバム。
これは全インディーロック好きが虜になってしまうと断言出来るレベルで最高な1枚でしたね。
90sオルタナロック・グランジ由来のざらついたギターの響き、感情表現豊かなヴォーカル、ロック好きのツボを心得たメロディーセンス。
自分がSSWに求めるものを全て持ってると言っても過言ではない程に心を掴まれました。
彼女は今作の制作中90年代の音楽を集中的に聴いていたそうで、中でも女性SSWの作品に大きくインスパイアされたと語っていました。
Sheryl CrowやAlanis Morissette、Liz Phairなど、90年代は数多くの自立した女性SSWが傑作を生み出していましたが、そんな先人達に触発されるように彼女も怒りや悲しみを正直に歌詞にしています。
彼女の声は感情が乗りやすいというか、伝えたいメッセージや真意をリスナーに生々しく届ける力があるんですよね。
数年後にはアメリカを代表するSSWになっているポテンシャルを感じる、素晴らしい完成度のデビュー作品でした。

28. bar italia 「Tracey Denim」

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ロンドンベースの3人組バンド、bar italiaの通算3作目となる新作アルバム。
今作は名門レーベルのMatadorに移籍してから初のアルバムで、最初にそれを聞いた時は変に洗練されてしまわないか不安な所もあったんだけど全くの杞憂でしたね。
Joy Division、The Cure〜King Krule、Dean Bluntまでを繋ぐ、UKポストパンク・ロックの2023年時点での最適解と言える見事な完成度!
ロンドンの気候のようなモヤっとした陰鬱なムードが立ち込めるローファイなサウンドも、どこか飄々とした佇まいも全てがたまらなく好きです。 
彼らは男性メンバーのJezmi Tarik FehmiとSam FentonがDouble Virgoとして昨年VegynプロデュースのEPをリリースしてたり、紅一点のNina CristanteがNINA名義でDean Bluntのレーベルからアルバムをリリースしてたり、それぞれが別プロジェクトでも才能を発揮していて、3人が集まることでそれぞれで得た経験が見事にアウトプットされてますよね。
彼らは今作からわずか半年後に今年2作目のアルバムとなる「The Twits」をリリースしていて、そちらは今作と比べるとより骨太な音というか、硬質かつ粗削りなざらつきがあるような質感で今作とも甲乙つけ難い完成度でした。
来年以降も飄々とした雰囲気で私たちの期待や予想を良い意味で裏切りながら、マイペースに活動していって欲しいなと思います。

27. Overmono 「Good Lies」

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イギリスのウェールズ出身のデュオ、Overmonoのデビューアルバム。
彼らはTesselaとTrussとしてそれぞれがDJ活動をしているEd RussellとTom Russellの実の兄弟ユニットで、これまでEPやシングル、Joy Orbisonとのコラボ作など非常に精力的に作品を発表してきていましたが、フルアルバムとしては今作が初めてということで個人的にもかなり待望の1枚でした。
UKガラージ〜2ステップをベースにしたアグレッシヴなブレイクビーツでありながら、TirzahやSmerz、slowthaiなどのヴォーカルをふんだんに散りばめる事で耳馴染みの良いマイルドな質感も兼ね備えていて、ハードさとポップさのバランスが見事な作品に仕上がっていましたね。
彼らが意識したのは車の中で聴いた時に良い音楽かどうかというところだったそうで、フロア受けするクラブチューン一辺倒なサウンドにはならないように心掛けていると語っていました。
こういったダンスミュージックはクラブやパーティーなどでどれだけ映えるかみたいな部分が重要視されがちな音楽ではありますが、実際は車や家の中だったりイヤホンで1人で楽しんでいる人も多いわけで、彼らのそういった感覚は実はとても大事なものなような気がします。

26. Gia Margaret 「Romantic Piano」

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シカゴベースのSSW、Gia Margaretの通算3作目となる新作アルバム。
これ程までに美しい作品にはそうそうお目にかかれないというレベルで素晴らしい1枚でした。
ピアノを軸に極力無駄な音を排除した静謐なアンビエントサウンドは、人の体温や風の揺れ、空気の匂いまでも感じ取れるような生々しい質感をしていて、ミシガンやワシントン、イリノイなどで行なったフィールドレコーディングで採取した自然の音が実際に使われているんだそう。
Erik SatieやDuval Timothyにも通じるような、音と音の隙間や余白を残したサウンドメイクが魅力的なんですよね。
彼女は今作の楽曲を初心者という意識で書いたそうで、ピアノの知識や技術を一旦忘れた状態で曲作りをしたらどんな音になるのかというのを試してみたかったと語っていました。
一時期病気が原因で声が出なくなってしまい、そこからヴォーカル無しのインストゥルメンタルの楽曲を本格的に作るようになったらしいんですが、今作では「City Song」という曲で久々に歌声も披露していて、その柔らかな響きも非常に心地良かったです。

25. King Krule 「Space Heavy」

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サウスロンドン出身のSSW、King Kruleの通算5作目となる新作アルバム。
16歳で衝撃のデビューを飾った彼も28歳となり、4年前には娘さんが誕生し父親にもなり、月日の流れの早さを感じますが、今作はそんな彼のこれまでの作品の良さを凝縮したような、様々な経験が活かされた円熟味すら感じる1枚となっています。
夢と現実の狭間を漂っているような、孤独や闇を鳴らしてきた彼なりの子守歌のような。
家庭を持ち子育てをしながら穏やかに暮らしている事が垣間見えるような、これまでで最も優しい響きな気がしますね。
今作はロンドンとリバプールを行き来しながら制作された作品で、ロンドンにある母親の実家のバスルームをレコーディングスペースとして改築し使用していたんだそう。
そのあたりのリラックスした空気感もサウンドに表れているような気がしますね。
近年TirzahやNilüfer Yanya、bar italiaなど彼に影響を受けた、もしくは彼と共鳴するアーティストが続々出てきましたが、やっぱりこの人のサウンドは特別ですね。
まさに唯一無二です。

24. Niecy Blues 「Exit Simulation」

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サウスカロライナ出身のアーティスト、Niecy Bluesのデビューアルバム。
個人的に今年最も衝撃を受けた新人アーティストが彼女でした。
SolangeやL’Rainとも通じる何層にも重ねられたヴォーカルのレイヤー、ジャズ・トリップホップ・R&Bが妖しく溶け合ったアンビエントソウルサウンド。鳴り響く全ての音が深く神秘的で美しく、初めて聴いたその瞬間からこの人は只者ではないなと思わされましたね。
今作にはKeiyaAやContourがコーラスやギター・ベース・サックスの演奏でゲスト参加、さらにはハープ奏者のMary LattimoreやプロデューサーのZerohが携わるなど、独自のベクトルでブラックミュージックを進化させてきた音の開拓者達が一堂に会しているのもポイントですよね。
Niecyは幼少の頃教会によくいたらしく、ゴスペルをはじめ教会音楽から強い影響を受けているんだそう。
リヴァーブのかかったヴォーカルの質感や神秘的なサウンドは、確かに教会の神聖な雰囲気や空気を思わせますよね。
今作にも参加しているKeiyaAやContourをはじめ、Ego Ella MayやWu-Luといった面々が近年ロンドンを拠点にブラックミュージックをベースにした音楽を活性化させていますが、そのコミュニティーとも繋がりのあるNiecy Bluesも彼らと共に目を離せない存在になりそうです。

23. Laurel Halo 「Atlas」

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LAベースのミュージシャン、Laurel Haloの通算5作目となる新作アルバム。
以前はテクノやエレクトロニカの要素の強いサウンドの印象もあったLaurelですが、近年の作品ではピアノやストリングスの響きに魅せられたモダンクラシカルなサウンドの世界に没入していますよね。
今作は彼女が立ち上げたレーベル、Aweからリリースされた作品で、ロンドンやベルリンなどの街で過ごす中で徐々に完成させていったんだそう。
幻想的な弦楽器・ピアノ・電子音が水の中で溶け合ったようなアンビエント・ジャズサウンドは、聴くというより深く入り込む・潜り込むみたいな感覚に近い気というか、彼女の作り出す海のように深く神秘的な世界に浮遊しているような感覚というか。
サックス奏者のBendik Giskeやチェロ奏者のLucy Railton、さらにはCoby Seyといった音の魔術師のようなゲストを適材適所に配置し、幽玄の音の世界を構築していくLaurelのサウンドデザイナーとしてのレベルは凄まじい領域に達してますよね。
彼女が手がけた映画「Possessed」のサウンドトラックに収録された楽曲「Breath」が、今年亡くなった坂本龍一が自らの葬儀のために作成していたプレイリストの最後の一曲として選出されていた事も話題となりましたが、天国の坂本さんも今作をきっと気に入って聴いているんじゃないでしょうか。

22. Yaeji 「With A Hammer」

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韓国をルーツに持ち現在はニューヨークを拠点に活動しているDJ/SSW、Yaejiのデビューアルバム。
これまでリリースしてきたEPやミックステープで世界中の音楽好きを虜にしてきたYaejiの初となるフルレングスのアルバム作品は、ニューヨーク、ロンドン、ソウルの3ヶ所で制作されました。
それぞれの都市のカラーやトレンドを少しずつ取り入れ、ドラムンベースやトリップホップにまで接近したアグレッシヴなビートはキレ味抜群で、これまで以上に多彩なサウンドに挑戦してる印象でしたね。
英語と韓国語が入り混じる言葉のリズム感や、キュートでユニークな声も含めてどこを切ってもオリジナルな響きですよね。
今作は怒りをテーマにした作品となっていて、これまで経験してきた過去の体験やずっと頭の中にあり続けている思いなど、彼女の中に蓄積してきた怒りの感情がハンマーとなり表出し、それを叩き壊し新たな未来を創造していくという意味が込められているんだそう。
先程紹介したNourished by TimeやLoraine James、K Wata、Enayetといった世界各地のクセモノビートメイカーを客演に招いていて、彼らとの化学反応もまた聴きどころですよね。
歌詞の内容はシリアスなトーンの楽曲が多いものの、それを抜群の遊び心やセンスでポップに聴かせている感じが見事な1枚です。

21. Kara Jackson 「Why Does the Earth Give Us People to Love?」

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シカゴベースのSSW、Kara Jacksonのデビューアルバム。
詩集を発表するなど詩人としての活動も精力的に行なっている彼女の音楽作品としてのデビュー作は、彼女の音楽家としての魅力が存分に詰まった素晴らしい完成度の作品でした。
自身の心情や経験を文学的かつシニカルに描写した歌詞、フォーク・カントリー・ソウルが交錯したのどかなサウンド、ブルージーでスモーキーな味わいのヴォーカル。
そのどれもが味わい深い、ゆったりとした時間が流れる至福の響き…。
Nina SimoneやBeyoncé、Neil Young、Brandyなどの言葉から影響を受けたと語っていて、ロックやラップと同じように黒人が発展させてきた歴史を持つフォークやカントリーに惹かれて今のサウンドやスタイルになったんだそうです。
今作では彼女自身の他にNNAMDÏやSen Morimoto、KAINAといったシカゴを拠点に活動してる友人が制作に参加してて、そこも聴きどころでしたね。
直接的というよりは、彼らのサウンドの色がちょっとずつ垣間見える感じが面白かったです。 
デビュー作品にして既に名盤のオーラを放つ1枚です。

20. Laura Groves 「Radio Red」

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サウスロンドンベースのSSW、Laura Grovesのデビューアルバム。
デビューアルバムと言っても、実は2009年にBlue Roses名義でアルバムをリリースしていて、実質的には14年振りのセカンドアルバムと言った方が正しいのかもしれません。
自分は当時Blue Rosesを聴いた事があったし、2020年リリースのEP「A Private Road」でLaura Grovesの存在も知ってたんですが、それが同じ人物だというのは今作で初めて知りましたね。
今作を最初に聴いた時の印象は、頭から最後までとにかく良い曲が揃ってるなという感じ。
Joni Mitchell、Fleetwood Mac、Kate Bush、Cocteau Twins、Lana Del Rey。
曲によって様々な偉大な音楽家の気配が漂うドリーミーでノスタルジックな極上のポップサウンドは、どこか懐かしさを感じるノスタルジックな響きをしてるんですよね。
豊かな表現のヴォーカルもメロディーもただひたすらに美しい上に、Samphaが2曲でコーラスとして参加しアルバムに華を添え深みを加えています。
楽曲のほとんどを自宅で1人で作り上げたという今作は、まさに1人で家の中で聴くのにピッタリな親しみやすさと安心感のあるサウンドで、何度聴いても飽きの来ない味わい深い1枚だなと思います。

19. Lil Yachty 「Let’s Start Here.」

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アトランタ出身のラッパー、Lil Yachtyの通算5作目となる新作アルバム。
今年1年を通してこの作品を超える衝撃作は無かったと断言出来るくらい、度肝を抜かれた1枚でしたよね。
脱力系のトラップサウンドが持ち味だった彼の新作がまさかの全編サイケロック路線!
このアルバムのリアクションで1番よく目にしたの「Pink Floydみたい」でしたからね。
さすがにこれは誰も予想出来なかったんじゃないでしょうか。
オープニング曲の「the BLACK seminole.」のイントロでギターが鳴った瞬間の衝撃は今でも頭に焼き付いてます。
Yves TumorやTame Impalaにも通じる心地良さと不気味さの入り混じった浮遊感&トリップ感。
制作陣にはプロデューサーのJustin RaisenやJam City、元CharliftのPatrick Wimberly、Unknown Mortal OrchestraのJacob Portrait、さらにはMac DeMarco、Alex G、Nick Hakim、Magdalena Bayなどの名前もあり、客演にはFousheéやDaniel Caesar、Diana Gordonなど、ジャンルを超越した圧巻のラインナップが集結しています。
Yachtyのオートチューン加工を駆使した歌声の響きもまた作品をよりカオスかつサイケデリックな質感にしてますよね。
これだけ大きな路線変更したので当然戸惑う人も多いと思うし、賛否両論あるのは彼も想定していたと思いますが、固定概念とか先入観とか色々とぶち壊すパワーやエネルギーに満ちていて個人的にはかなり刺さりました。

18. Sofia Kourtesis 「Madres」

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ペルー出身のアーティスト、Sofia Kourtesisのデビューアルバム。
2019年にEPをリリースして以来ずっと注目してきた存在で、アルバムデビューは本当に待望でしたね。
南米特有の祝祭感のあるパーカッシヴな響きと、現在拠点にしているベルリンのクラブシーン由来のエッジィなビートが掛け合わされたトライバルハウスサウンドのキレ味の良さは今作でも圧巻!
彼女が世界を旅しながら各地でフィールドレコーディングをしたという街の喧騒や人々の会話などが楽曲に使用されているのもポイントで、クールなサウンドの中にもどこか人の温かみや生々しさが感じられるような、非常にエネルギッシュな響きになっているのが彼女のサウンドの素晴らしいところですよね。
17歳の頃に故郷ペルーの保守的なカトリックの学校に通っていた時に、女の子の友達とキスをした後精神科や神父のところに連れて行かれたという体験から、同性愛嫌悪に対する違和感を覚えドイツに移住してきたというSofia。
そんな彼女を受け入れてくれたベルリンのクラブカルチャーやLGBTQコミュニティーへの思いをサウンドとして表現した今作は、癌で闘病していた母親とその命を救った医師に対する感謝の思いが込められた作品でもあるんだそう。
踊れるダンスミュージックとしての良さはもちろん、Sofiaの人間味も感じられる聴き応えのある1枚です。

17. yeule 「softscars」

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シンガポール出身で現在はロサンゼルスを拠点に活動しているアーティスト、Nat Ćmielによるプロジェクト、yeuleの通算3作目となる新作アルバム。
昨年リリースの「Glitch Princess」は、Danny L HarleやMura Masaなどと共に作り上げたフューチャリスティックなエレクトロポップサウンドが多数のメディアから高く評価され、一躍注目を集める存在となったyeule。
そこから約1年という短い期間を経て早くも届けられた今作は、パンデミック期間中の混乱で人との繋がりが断絶され、親しい友人をオーバードーズで亡くすなど心に大きな傷を負ったyeuleが、自らと向き合いこれまでの人生を回想し、幼少期の自分と対話することで見えてきた深層心理を描いた作品となっていて、yeuleが当時聴いていた90s〜00sのギターロックやシューゲイザーから大きな影響を受けたサウンドを響かせています。
ギターの歪んだ音色やノイズ、叫び声といった荒々しい響きで自身の内面や感情を表現しながら、キラキラとしたポップスとしても聴かせるバランス感の良さが見事な1枚でしたね。
今作で映画「花とアリス」のサウンドトラックに収録されている「fish in the pool」をカバーするなど、日本のカルチャーにもかなり造詣の深いyeuleですが、今回インタビューの質問や構成を担当させてもらう機会を頂いて、面白いお話をたくさん聞くことが出来ました。
今作でyeuleに興味を持った方や、まだ聴いてないけど気になるという方がいたらそちらもぜひチェックしてみて欲しいなと思います。

16. Noname 「Sundial」

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シカゴ出身のラッパー、Nonameのセカンドアルバム。
自分がいわゆる洋楽を聴き始めた頃、彼らが何について歌っているのか、どんな事を歌詞にしているのか、そのあたりはあまり気にしてなかったように思います。
Nonameの今作も歌詞を理解せずに聴いたとしても、ゴスペルやジャズ、ソウルが上手く調和したグルーヴが心地良い作品としてそれだけでも非常に素晴らしい1枚だなと思うんですが、ヒップホップという文化を好きになりその歴史や背景に興味を持ち勉強し、以前より少しは彼らの思いや言葉を理解出来るようになった今、この作品の凄さや面白さをひしひしと感じます。
黒人女性として生きる上で彼女が抱えてきた不満や意見を非常に辛辣な言葉とアグレッシブな表現でラップしていて、シニカルでコンシャスな言葉遊びとしてのキレ味の鋭さ、音楽的表現としてのラップの滑らかさ・巧さ、そのどちらもが一級品と言えるレベルですよね。 
今作に関してはゲスト参加しているJay Electronicaのバースの反ユダヤ主義的な内容が多方面から批判されていたり、Noname自身もJay-ZやBeyoncéなどの名前を出して口撃していたり、色々と物議を醸しているわけなんですが、その表現の細かなニュアンスまでは完全に理解出来ていないのが正直なところです。
ライターの塚田桂子さんによるこちらの解説記事が、今作の詳細な情報がとても丁寧に分かりやすい書かれていて非常に参考になったので、今作をよりディープに楽しみたい方はぜひチェックしてみてください。

15. boygenius 「the record」

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Julien Baker、Phoebe Bridgers、Lucy Dacusという現在のアメリカの音楽シーンを代表するSSW3人によるユニット、boygeniusのデビューアルバム。
SZAやThe Nationalなど数多くのアーティストの作品にゲスト参加し、今その声が最も求められているSSW、Phoebe Bridgersを含めて、それぞれが独自の世界観を持ったSSW3名の共演という何とも豪華な1枚。
それぞれが異なる個性を持ち寄り、3人で集まり歌うからこそ生まれるハーモニーや空気感を大切にして作られた至福のフォーク・ロックサウンド。
タイトル通りレコードのA面B面を意識した楽曲の配置や、どこかほっこりと落ち着くアナログな質感の響きに心癒されます。
悲しみも怒りも過去のあれこれも、それぞれが抱える問題や感情を曲にしてそれを3人で歌う事でスッキリと洗い流しているような、心を浄化してくれる美しさがありますよね。
3人全員が曲を書けるので、誰が原曲を書いたのかを感じ取りながら聴くのも面白かったです。
ゆったりとしたフォークもパワフルなロックも、3人が終始リラックスしたムードで制作していたのが伝わってくるような、アットホームな質感があるんですよね。
今年2月に行われたPhoebeの来日公演も観る事が出来たんですが、ライブで見せるオーラや華やかさはまさに今の時代の歌姫というような佇まいでした。

14. Liv.e 「Girl In The Half Pearl」

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ダラス出身で現在LAベースのSSW、Liv.eのセカンドアルバム。
デビューアルバムリリース前から彼女のことは追いかけてきたんだけど、体感では今作で完全にブレイクした感覚で個人的にとても嬉しいですね。
ジャズやソウル、ヒップホップをドロドロに煮溶かしたようなアブストラクトなグルーヴが心地良かった前作から、今作はドラムンベースをはじめとするブレイクビーツの要素を強め、かなりアグレッシヴに飛躍したサウンドへと進化を挙げていました。
彼女自身の他、MNDSGNやJohn Carroll Kirby、Justin Raisenなどがプロデューサーとして参加していて、様々な方向へとクロスオーバーしたレンジの広いサウンドを展開しています。
今作の影響源として彼女が挙げていたのが、子供の頃に遊んでいたテレビゲームやそこで使われていた音楽らしく、そこが非常に面白いなと思いましたね。
90年代後半から00年代前半のテレビゲームのサントラなどを聴くと、確かにジャングルやドラムンベースなどから影響を受けたサウンドのものが多いんですよね。
近年トレンドとなっているUKを発信源としたブレイクビーツとは異なるソースを持ちながら、サウンド的には同じベクトルにあるというのがとても興味深いです。
6月に行なわれた来日公演を観る事が出来たんですが、彼女とバンドのポテンシャルの高さにかなり驚かされましたね。
今作の変則的かつアグレッシヴなビートをバンド演奏で完全に再現していて、非常に観応えのあるライブでした。

13. L’Rain 「I Killed Your Dog」

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ニューヨーク出身のアーティスト、Taja Cheekによるプロジェクト、L’Rainの通算3作目となる新作アルバム。
何とも物騒なタイトルですが、今作について彼女は恐ろしさや奇妙、矛盾といったものをテーマにしているそうで、タイトルを目にした人の感情が動き何かが呼び起こされるようなものにしたかったんだそう。
ちなみに実際彼女自身はかなりの愛犬家らしいです。
そんなタイトルに呼応するようにサウンドも非常に不穏な響きをしていて、R&Bやジャズ、アンビエント、サイケデリックロックといった多様なジャンルのサウンドを飲み込みながら表出していく、官能的で奇抜な色使いのマーブル状の音世界は、一度味わってしまうとしばらく戻って来れないような甘く危険な香りが漂います。
Solangeが提示してきた先鋭的なR&Bサウンドのダークサイドみたいな凄みがあるというか。
レイヤードされたヴォーカルとサウンドとのマリアージュだったり、ラジオの音源や人の会話などから抽出した響きをコラージュさせた継ぎ接ぎ感だったり、聴く度になんて実験的で挑戦的で型破りで自由な音楽なんだろうと思わされるんですよね。
全16曲ながら意外にも36分程でサッと終わってしまうタイム感も相まって、何度も繰り返し聴いてしまうカオスな魅力が満載の1枚です。

12. Olivia Rodrigo 「GUTS」

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カリフォルニア出身のSSW、Olivia Rodrigoのセカンドアルバム。
2020年リリースのデビュー作「SOUR」でティーン向けのアイドル歌手という世間のイメージやレッテルを見事に払拭してみせたOliviaの、アーティストとして表現者としての成長を見事にパッケージングした今作。
前作以上に多角的にロック路線を強化しているのが印象的で、パンキッシュなギターの音色が彼女の挑戦的な姿勢をはっきりと示すように激しく鳴り響いています。
90sのグランジや00sのパンクポップなどの激しいギターサウンドを聴いて育ったOliviaのロック指向が、より本格的な形として表れた感じですよね。
元恋人への未練や怒り、人間関係や社会と向き合う事の難しさなど、子供から大人へと成長する過程で多くの人が経験するであろう悩みや迷いを、時に友達に愚痴を聞いてもらうようにラフに、時に感情を爆発させるようにエモーショナルに表現する彼女の歌い手、作詞家としての幅の広さをひしひしと感じますよね。
皮肉を交えた耳に残るキャッチーなパンチラインを量産し、ロックンロールからバラードまで歌いこなす彼女のSSWとしてのポテンシャルはまだまだ伸び代がありそうだなと、今作を聴いて確信しました。

11. Amaarae 「Fountain Baby」

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ガーナをルーツに持つSSW、Amaaraeのセカンドアルバム。
2020年リリースのデビュー作「THE ANGEL YOU DON’T KNOW」で新しいスタイルのアフロポップを提示し、一躍注目される存在となった彼女の2作目のアルバムは、その方向性をよりスケールアップしつつ幅広い層にアピール出来るポップさが増した、非常に良く出来た作品でしたね。
肉感的かつ魅惑的なアフロポップと、The NeptunesやTimbalandが実権を握っていた2000sのポップ/R&Bを品良くミックスしたような、自分からすると懐かしい感覚も味わえるサウンドが面白かったです。
ちなみに今作はJanet JacksonやBritney Spears、Missy Elliottを参考にして作り上げたんだそうですよ。
Erika de CasierやRavyn Lenaeとも通じるクールでキュートなヴォーカルも魅力的。
The Naptunes制作の中近東テイストのビートがクセになるClipseの「Wamp Wamp (What It Do)」をサンプリングした「Counterfeit」や、日本語や和楽器の音色が使われた「Wasted Eyes」、曲の途中から突然ポップパンク化する「Sex, Violence, Suicide」など、楽曲のベクトルも様々な非常に幅広いサウンドを展開させていて、何度聴いても飽きのこない仕上がりでした。

10. ML Buch 「Suntub」

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デンマーク出身のSSW、ML Buchのセカンドアルバム。
このアルバムはこの記事を書いている今まさに最もどハマりしている作品なんですが、聴けば聴くほど引き込まれていくような魅力がある1枚ですね。
70s〜80sのソフトロックを現代的なシンセサイザーやMIDIで処理した楽器の音色を使って再構築したような、なんとも不思議なタイム感のサウンドに仕上がっていて、どこかで聴いたことある音と今まで聴いたことない音が入り混じったような奇妙な質感の響きをしているんですよね。
現実と虚構の間の世界で鳴り響いてるような、埋もれていた名盤をAIが発掘して現代的に作り替えたような、なんと形容したら伝わるのか分からないくらい不思議なサウンドです。
今作は制作開始から5年という歳月をかけて完成させたらしく、ほぼ全ての楽器をML Buch本人が演奏しているんだそうです。
オートチューン加工を含め様々なエフェクトで処理されたヴォーカルは、無機質ながらも表情が見えるような低体温な質感でそこもまた魅力的なんですが、今作で個人的に1番惹かれたのはギターの音ですね。
音の粒立ちが良いというか、ここまでギターの音にこだわってる作品には中々お目にかかれないというくらい良い音が鳴ってると思います。
数年後にカルト的な名盤になっている匂いが既に漂っているような、今年屈指の隠れた名作の一つです。

9. Mitski 「The Land Is Inhospitable and So Are We」

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日本生まれで現在ニューヨークを拠点に活動しているSSW、Mitskiの通算7作目となる新作アルバム。
昨年リリースの「Laurel Hell」では80sシンセポップ由来のエレクトロな作風へ舵を切り、これまでで最もポップな仕上がりの作品となりましたが、そこから短いスパンで早くも届けられた今作は、優雅で壮大なオーケストラの響きやゴスペル、カントリーを取り入れた穏やかな作風へと変化していました。
Mitski自身今作はこれまでで最もアメリカンな作品だと語っていて、アメリカ音楽の長い歴史を感じる雄大なサウンドではあるんだけど、メロディーや歌詞、歌い回しが本当に繊細で叙情的で独特でMitskiにしか表現出来ない響きになってるのが見事ですよね。
これまでの作品と同様、長年の音楽的パートナーであるPatrick Hylandをプロデューサーに迎えているのに加えて、Lana Del ReyやWeyes Bloodの作品に携わってきたDrew Ericksonがオーケストラの指揮・監修として参加していて、彼による優雅なストリングスの音色が今作のカラーを決定付けていますよね。
Mitskiと言えば人間の感情の機微を独特の言葉選びで表現した歌詞も大きな魅力の一つですが、言葉の奥深くに狂気や情念などの複雑な感情の起伏が見え隠れするMitskiならではの表現の説得力は今作でも圧倒的と言えるレベル。
SSWとして別次元に達した感すら漂う圧巻の1枚です。

8. ANOHNI and The Johnsons 「My Back Was A Bridge For You To Cross」

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イギリス出身で現在はニューヨークを拠点に活動しているアーティスト、ANOHNIを中心としたプロジェクト、ANOHNI and The Johnsonsの通算5作目となる新作アルバム。
ANOHNIとしてソロでリリースした2016年の「
Hopelessness」は、Oneohtrix Point NeverとHudson Mohawkeをプロデューサーに迎えたエレクトロサウンドが強烈なインパクトを残した作品でしたが、今作のサウンドは公民権運動やベトナム戦争の泥沼化への抗議を込めた、Marvin Gayeの歴史的傑作「What’s Going On」に影響を受けたというゆったりとまろやかなソウルミュージックなのが特徴ですね。
一方の歌詞はこれまでの作品でも度々テーマとしてきた地球温暖化の問題や、自身も当事者であるジェンダーの問題、アメリカという国の政治や宗教の問題など、この星が抱えている様々な問題がテーマとなった非常に強烈なメッセージが込められた内容になっています。
ANOHNIの厳しくも優しい言葉、そして一度聴いたら忘れられない強烈かつ繊細な歌声は、あらゆるものを包み込むような懐の深さを感じる響きをしていますよね。
強烈かつ辛辣なメッセージと優しいサウンドのコントラストがこの作品の魅力であり、海や母のように雄大なANOHNIという存在の凄さを改めて強く感じさせてくれる1枚でした。

7. Wednesday 「Rat Saw God」

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アッシュビルベースの5人組バンド、Wednesdayの通算5作目となる新作アルバム。
自分の中にあったロックへの枯渇感を一瞬で潤してくれるような、やっぱりロックってかっこいい音楽だなと改めて感じさせてくれた素晴らしい作品でしたね。
ソロ活動もしていて昨年リリースの「Boat Songs」も最高だったMJ Lendermanが奏でる荒々しく鳴り響くギターの轟音、繊細で時に感情を爆発させるヴォーカルのKarly Hartzmanの歌声。
ロックバンドとしての武器をいくつも持っていながら、これまでそれほど注目されることのなかった彼らの本気を見せられたというか、元々高かったポテンシャルが覚醒した瞬間がパッケージングされた圧巻の完成度でした。
自分達の音楽を「カントリー➕シューゲイズ🟰カントリーゲイズ」と称している通り、ただ激しいだけではなくペダルスティールの柔らかな音色を活かした穏やかなサウンドも表現出来るのが彼らの強みですよね。
聴きどころ満載なアルバムですが中でも「Bull Believer」の後半のKarlyの阿鼻叫喚とも言える悲痛な叫びは本当に圧倒されますよね。
聴き終えた後に残る胸のざわめきはBig Thiefを聴いた時のそれと似てるような。
今作を聴いて今1番ライブが観たいバンドが彼らだなと思っていたんですが、来年の3月に待望の初来日公演が決定して、これは本当に嬉しいニュースでしたね。
彼らが今後益々凄いバンドになると確信した渾身の1作です。

6. billy woods & Kenny Segal 「Maps」

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ニューヨークベースのラッパー、billy woodsとLAべのプロデューサー、Kenny Segalの2回目となるコラボアルバム。
昨年は「Aethiopes」と「Church」の2枚のアルバムをリリースするなど、ここ数年驚異的なペースで音楽を作り続けているbilly woods。
盟友のプロデューサー、Kenny Segalとは2019年に「Hiding Places」をリリースして以来2度目の共演。
Kennyの手がけるアングラな質感ながらどこか人の体温や生楽器のまろやかさを感じるジャジーなビートと、文学的で抽象的な表現のbillyのラップとの相性は当然のように抜群で、ここ数年のアブストラクトなヒップホップ作品の中でもトップレベルで完成度の高いアルバムに仕上がっています。
昨年リリースの2作品ではそれぞれPreservationとMessiah Musikをプロデューサーに迎えていましたが、毎作品異なるビートメイカーにも関わらずbillyの作品には統一感があるというか、トレンドに全く左右されない一貫した美学やプライドが滲み出てる感じがどの作品にもあるんですよね。
旅をテーマにした今作のリリックはこれまでの彼の作品に比べて分かりやすい表現が多い印象で、旅先での体験や目にした光景をユニークな言葉選びでリスナーに伝える彼のストーリーテラーとしての能力は、やはり他のラッパーとは一線を画すレベルだなと思わされましたね。
相棒的存在のELUCIDとのユニット、Armand Hammerとしてのアルバム「We Buy Diabetic Test Strips」もリリースするなど、今年も変わらず精力的な活動をしていたbilly。
来年も彼の動向からは目が離せなそうです。

5. Sampha 「Lahai」

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ロンドン出身のSSW、Samphaのセカンドアルバムはここ数年で個人的に最も待ち望んでいた作品の一つでした。
今作のタイトルの「Lahai」とは彼のミドルネームであり祖父の名前でもあって、制作中に娘が誕生した事で自分のルーツを見つめ直し、家族や人生についてなどのパーソナルな内容の歌詞が頭に浮かんできた事からタイトルにしたんだそう。
デビュー作「Process」の制作期間中に亡くなった母から教わった事、そして生まれたばかりの娘に伝えたい事。
彼の綴る歌詞には人と人との繋がりの尊さや、過去から未来へ受け継がれていく事の大切さが込められています。
自身のルーツであるアフリカの音楽やジャズ、UKのクラブミュージックなどからインスピレーションを受けたというサウンドは、アコースティックな質感もありながらエレクトロニックな要素も感じられる非常にハイブリッドな響き。
野性的で複雑なリズムのドラム、美しく滑らかなピアノ、流麗なストリングスなどが折り重なり、これまで聴いた事のないアンサンブルを生み出していく様は圧巻でしたね。
今作にはblack midiのMorgan SimpsonやYussef Dayes、Kwake Bassがドラムで、さらにはストリングスアレンジにOwen Pallett、ベースにはBen Reed、Laura GrovesやFabiana Palladino、Yaeji、Ibeyiなどがヴォーカルで参加していて、ゲストのミュージシャンのカラーや持ち味を感じながら聴くというのも面白い楽しみ方な気がしますね。
そんな個性的なメンツをSamphaと共にまとめているプロデューサーのEl Guinchoの手腕も見事。
何度も噛み締めるように聴く事で旨みが増していくような、味わい深い傑作アルバムです。

4. Sufjan Stevens 「Javelin」

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デトロイト出身のSSW、Sufjan Stevensの通算10作目となる新作アルバムは、今年最も心を打たれた作品でした。
これまでのキャリアの中で自身の実体験や人生観、感情の起伏などを赤裸々に歌詞に綴り歌ってきた孤高の天才、Sufjan Stevens。
彼の生み出す音楽はシンプルで美しいサウンドでありながら複雑な感情の動きが切ない歌声とユニークな言葉で表現されていて、他のアーティストとは違った部分の琴線が揺さぶられる感覚なんですよね。
2015年リリースの傑作「Carrie & Lowell」の続編的な内容となった今作は、痛みや死といった暗いテーマの歌詞の楽曲が並んでいるものの、作品全体は温かく柔らかなトーンの空気に包まれているような印象で、それにはストリングスや女性コーラスの響きが大きな役割を果たしています。
静謐なフォーク、多幸感溢れるチェンバーポップ、実験的なエレクトロなど、Sufjanがこれまでの作品で表現してきたサウンドが全て活かされて完成した集大成のような仕上がりと言えますよね。
ここ数年は実験的な作品も多かったSufjanでしたが、やっぱり歌ってるSufjanは最高だよなぁと改めて思わされましたね。
Sufjanは今作のリリース直前に全身に力が入らなくなる難病、ギランバレー症候群の闘病中である事を明かし、その後今作は今年4月に亡くなったパートナー、Evans Richardsonに捧げられた作品である事も公表しました。
肉体的にも精神的にも想像を絶する大きなダメージを負っているはずの彼が作り上げたのが、まるで自らの傷付いた心を癒すように優しく愛に溢れた今作だったんですよね。
Sufjanの闘っている病気が回復に向かう事を祈りながら、しばらくはこのアルバムの温かさに浸っていたいと思います。

3. Jessie Ware 「That! Feels Good!」

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ロンドン出身のSSW、Jessie Wareの通算5作目となる新作アルバムは今年最もよく聴いたアルバムの一つでした。
コロナ明け的なムードにようやくなってきた今の空気感やモードにこれ以上なく完璧にマッチした作品がこのアルバムだったのかなと思いますね。
2020年リリースの前作「What’s Your Pleasure?」で一気にダンサブルな路線に舵を切ったJessieですが、今作はそのベクトルをキープしたまま、よりエレガントでよりゴージャスにアップグレードしたような仕上がりになっています。
Diana RossやChic、Donna Summer、Chaka KhanからMadonna、Kylie Minogue、Beyoncé、Dua Lipa、Lizzo、Daft Punkまで感じるような反則級の最強格ディスコ・ソウルサウンドは、どんなメンタルの時に聴いても気分を上げてくれるマジカルな響き。
先行シングルとなった「Free Yourself」や「Pearls」、「Begin Again」がアルバムの中のピースとして並んだ時の強者感というか、とにかくキラーチューンだらけなんですよねこのアルバム。
個人的には甘美なムード漂う「Hello Love」や、リミックスにはRóisín Murphyもゲスト参加したフレンチハウスナンバー「Freak Me Now」もお気に入りです。
現在38歳で3人のお子さんを持つ母親でもあるJessieですが、伸びやかでグラマラスな歌声はギアがかかったように益々魅力を増している上に、若手にはまだ表現出来ないような妖艶さや奥ゆかしさも兼ね備えていて、ヴォーカリストとして本当に凄いレベルに到達してるなという印象でしたね。
今年はJessie以外にも先程挙げたRóisín MurphyやKylie Minogueも素晴らしいアルバムを発表していて、比較的長いキャリアを持つ大人の女性達の活躍が印象的な1年だったように思いますね。
時代を超えて愛されるようなタイムレスな魅力を持った傑作アルバムです。

2. Kelela 「Raven」

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エチオピアをルーツに持つワシントン出身のSSW、Kelelaのセカンドアルバム。
2017年リリースの前作「Take Me Apart」は個人的に2010年代で最もよく聴いた作品の一つで、そこから6年の月日を経てようやく届けられた今作は本当に待望のアルバムでした。
ジャングル〜ドラムンベースなクラブ・レイヴカルチャー由来のエッジィなサウンドプロダクション。フロアの熱を鎮めるアンビエント・R&Bと交錯するクールなヴォーカルの匂い立つ色気。
1人の黒人女性の内面が生々しく描かれた奥深い歌詞の世界観。
何もかもがハイレベルな、長い間待った甲斐のある圧巻の完成度でしたね。
ロンドンやベルリンなどのアンダーグラウンドなクラブシーンからインスパイアされたという今作は、見知らぬ人々がひしめき合うクラブ内のスリリングな高揚感や空気が見事に表現されてるなという印象。
年齢も人種も性別も性的指向も関係なく、多種多様な人を受け止めるクラブという海の中を自由に泳ぎ回るKelelaの歌声は、どこまでも伸びやかでひたすらに美しいです。
ブラック・クィアコミュニティーが作品の大きなインスパイア源という意味で、昨年リリースのBeyoncé「RENAISSANCE」とも共鳴する部分があるというか、併せて聴いてみるととても面白いかなと思います。
8月には5年振りとなる来日公演が行われ自分も観てきたんですが、しなやかな体躯と伸びやかな歌声、そしてKelelaの放つ色気やオーラが本当に美しくて素晴らしいライブでしたね。
そのライブでも披露されていた今作の楽曲をよりクラブ仕様にリミックスしたバージョンを集めた「RAVE:N, The Remixes」が来年2月にリリースされる予定で、YaejiやLoraine James、Liv.e、Shygirlなどが参加してるみたいでこちらもヤバそうですよね。
ポストコロナの今の時代を象徴するような、解放の喜びが鳴り響く傑作アルバムです。

1. Caroline Polachek 「Desire, I Want To Turn Into You」

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というわけで2023年の個人的なベストアルバム1位はニューヨークベースのSSW、Caroline Polachekのセカンドアルバム「Desire, I Want To Turn Into You」を選びました。
元Chairliftのメンバーであり、Ramona LisaやCEP名義でソロ作品も発表してきたCaroline Polachek。
15年以上のキャリアを持ち素晴らしい才能を持ちながら、これまであまり評価されてこなかった彼女が完全に覚醒した瞬間を収めた今作は、長く彼女のファンだった自分にとってまさに会心の一作であり、多数のメディアや音楽好きから絶賛されている様子は本当に嬉しかったですね。
「Bunny Is A Rider」「Billions」「Sunset」「Welcome to My Island」と先行シングルがリリースされる度に、その完成度の高さにアルバムに対する期待も上がりまくってましたが、その期待を遥かに超える見事な作品を届けてくれました。
フラメンコ、トリップホップ、ケルト音楽、ブレイクビーツなど多様なサウンドを取り入れながら、多彩な歌声と巧みなソングライティングを駆使し作り上げた彼女にしか鳴らせない唯一無二のポップミュージック。
ソングライターとしてBeyoncéやCharli XCXなどと楽曲を共作してきた経験を持つ彼女ならではの豊富なアイデアから生み出されるメロディーやサウンドは、どこまでも自由で挑戦的でオリジナルな美しさを持っていますよね。
オペラの歌唱法を学んだという彼女のヴォーカルは、他アーティストの誰とも違う独特の響きを持っていて、今作のハイライトでもあるGrimesとDidoをフィーチャーした「Fly to You」では三者三様の異なる味わいの声を堪能する事が出来ます。
今年はフジロックの出演の他に11月に再来日し単独公演を行なってくれて自分も観てきたんですが、華麗に歌い舞い踊る彼女の姿が今も頭に焼き付いているくらい圧巻のステージでしたね。
ポップミュージックの可能性をさらに拡大させるような今作は、2023年最も重要な一枚である事は間違いない上に、2020年代のポップ作品のターニングポイントになるような非常に大きな意味を持つ作品だと思います。


というわけで2023年はこんな感じのラインナップとなりました。
冒頭でも書いた通り今年はライブをよく観に行った1年で、今回選んだ作品の中だとCaroline PolachekやKelela、Liv.e、boygeniusのPhoebe Bridgersは観てきましたね。
やっぱり実際に生で体感するとそのライブで披露した楽曲や作品の事をより好きになるというか、より強く印象付く感じがして自ずと上位に選んでましたね。
今年は去年1位に選んだBeyoncéのライブも観ることが出来て、その時の光景や感覚が今でも鮮明に思い出せるくらい衝撃的な体験をしてきました。
そういえば2位に選んだAlvvaysも、3位に選んだbilly Woodsも観てましたね。

2024年も今回選出したアーティストのライブをたくさん観れるように、これまで同様好きな音楽についてたくさん語っていきたいなと思います。
好きなことは言葉にすると絶対に伝わると信じてるので、来年も変わらず素晴らしい音楽の魅力を発信出来たらなと思ってます。
雑誌「SPUR」での連載でも引き続き自分の好きな音楽について好き勝手語らせてもらっているので、そちらもよかったらチェックしてみてください。

今回選ばなかったけどぜひ紹介したい作品や、アルバムではなくEPの中で素晴らしい作品などについて語った記事も別で用意する予定なので、そちらもぜひ読んでもらえたらなと思います。
最後まで読んで頂きありがとうございました!

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