デジタル人民元のホワイトペーパーの要点3つの解説

 中国人民銀行(中央銀行)は7月16日、「中国におけるデジタル人民元の研究開発の進捗」と題する白書を公表した。本稿では、このホワイトペーパーについて、概説および要点の分析を展開する。


一、ホワイトペーパーの概要

1. デジタル人民元の基本特性

 デジタル人民元(e-CNY)は、その名の通り、基本的に中国政府公認の人民元の電子版であり、現在、実証段階にある。現段階では、中国国内における小売りでの利用を主なターゲットとしており、既存の人民元と共存する設計である。

 デジタル人民元は中央銀行が発行する。デジタル人民元の交換・流通を担うのは、市中銀行およびその他の商業機関である。中央銀行に承認された市中銀行は、ウォレットと呼ばれるソフトウェアまたはハードウェアを使用者に提供する。一般消費者や小売業者がデジタル人民元を利用する際には、このウォレットを通じて決済が行われる。デジタル人民元は、あくまで人民元紙幣の電子版であり、利子も利用料も発生しない。

 また、デジタル人民元には、一定の匿名性がある。少額決済については、携帯電話番号さえあれば可能である。それ以外は、承認された市中銀行に身分を証明する必要がある。これは資金洗浄やテロ資金供与を防止することが主な目的とされている。また、外国人の一時滞在向けに、銀行口座の開設無しで日常の決済ができる仕組みも用意されている。さらに、デジタル人民元の決済は、従来の電子決済よりも取引に際して収集する情報が少なく、法規制に規定される事項を除いては、第三者に情報を開示しないとのことである。

 セキュリティに関しては、都市災害レベルの障害に対応する堅牢かつ拡張性の高いシステムを構築しているようである。さらに、インターネットに接続できない環境でも、オフライン決済ができる。中央管理システムと分散システムの活用、多層セキュリティ、trusted computing、暗号化などがキーワードとして挙がっている。

 いわゆるスマートコントラクトについても、デジタル人民元の金融上の機能を損なわない限りにおいては、実装可能とされている。

2. デジタル人民元のねらい

 デジタル人民元を導入・普及させるねらいとして、近年普及している電子決済の需要に応える形で、法定通貨の形態を多様化させ、人民元の利便性を向上させることが挙げられている。実現すれば、小売業者は安全かつ高品質な人民元を公平に享受できる。また、銀行口座を持たない層も参画できるようになること(金融包摂)も重要視されている。さらに、世界に先駆けて中央銀行発行のデジタル通貨(CDBC, Central Bank Digital Currency)を導入することで、国際的な取り組みを促進するねらいもある。

3. 課題への対応

 課題として、例えば、デジタル人民元の普及により、金融政策の効力が意図通りに発揮されない可能性が指摘されている。また、金融の安定性についても議論がなされている。例えば、通貨のデジタル化により資金移動が容易になれば、金融危機の際に、銀行預金がデジタル人民元に換金される流れが生じ、人民元のボラティリティを大きくする可能性が指摘されている。一方で、危機においては、いずれにせよ種々の国内資産の引き出しが起こるため、通貨のデジタル化自体が悪影響を及ぼすとは考えにくいという指摘もある。

 以上の流れから、デジタル人民元は、付利無しとすることで、銀行預金など低金利商品との競合を避ける設計となっている。また、銀行の取り付け騒動に繋がるような急速な資金移動を防止するため、取引量や残高の上限がウォレットの種類に応じて設定される。他にも、ビッグデータ解析、リスク監視、早期に警告が受けられる機能などを盛り込んだフレームワークも用意されているとのことである。

4. 進捗と展望

 2014年に研究グループが発足して以来、基本的要件の策定がなされ、2017年以降は商業銀行や通信系企業を交えて、e-CNYの主要機能(交換・流通の管理、互換性、ウォレットのエコシステム)の確立が完了している。主要機能に加えて、事業運営やセキュリティ、規制を対象に含めた標準システムもおおむね確立しつつある。実証実験についても、深圳、蘇州などの都市で行われており、日常の請求書支払い、飲食サービス、交通機関、ショッピング、政府サービスなどで、2021年6月末までに132万件に及ぶ利用があったという。

 今後の展望としては、実証研究開発を着実に進行していくこと、規制や技術規範、セキュリティの醸成に務めること、金融面の影響に関する研究を深化させていくことが述べられている。


二、ホワイトペーパーの要点分析

1. 管理付き匿名性

 まず、デジタル人民元の匿名性については、訪中者を含めた社会へ利用を促進する意図がくみ取れる。実用上の都合として、中国国内の多くの手続きで、身分証明が必要であるという現状があり、そこに対する親和性が重視されたという側面があるとみられる。少額決済であれば身分証明は不要であるし、外国人の滞在者への対応を鑑みて、2022年の冬季五輪での活用も期待されている。

 ただ、匿名性が『管理付き』であることがいかにも中国らしいという感想を持つ方は少なくないだろう。一部の市民からも警戒されている部分は否めない。法の実効力がe-CNYを通じて強化されることは十分予想される。

2. 中国国内の情勢変化

 次に、現在普及している民間の電子決済がデジタル人民元と競合する可能性について指摘したい。現在、AlipayやWeChat Payが広く普及しているが、これらが主に銀行預金を通した決済システムであるのに対し、デジタル人民元自体は通貨がデジタル化したものであり、直接の競合ではないというのが中央銀行の主張である。とはいっても、実用上、小売りの場面においては両者の違いは乏しく、デジタル人民元が国家主導で広められるにつれ、情勢の変化が予想される。この点は、運用上の使い分けが課題となりそうである。

3. 越境取引の影響

 続いて、国際的な変化についても一考する。現段階ではデジタル人民元の主要ターゲットは国内であるとされているものの、将来的には、一帯一路政策などを通して、デジタル決済の領域から国際的影響力を高めていくことが十分考えられる。最近では、アラブ首長国連邦・タイ・香港からなるCDBCによる国際取引の共同研究に中国中央銀行が参加したり、デジタル人民元の研究開発メンバーである中国移動(チャイナ・モバイル)が仮想通貨のセキュリティに関する特許を取得したことが公開されるなど、その足固めが着実に進んでいるととれる情報もある。デジタル人民元の影響力が拡大すれば、他国からの経済制裁の際には、その効力が弱まるだろう。

 こういった警戒感を意識してか、ホワイトペーパーでは、越境取引について、他国の法令を遵守するとあるほか、中国銀行デジタル通貨研究所長は、人民元の米ドルを避けるといった発言もしている。


三、まとめ

 本稿では、デジタル人民元について、ホワイトペーパーを元に概説した他、管理付き匿名性、中国国内の情勢変化、および越境取引の影響について、簡単に考察を述べた。2022年冬季五輪における実証を除いて、具体的な計画は不透明だが、その半年余り前にホワイトペーパーが発表されたことで、デジタル人民元に関する議論の充実が期待される。今後の議論や動きを注視したい。


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