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自己流マラソンの備忘録・後編

2022年12月の湘南国際マラソンに出るための自己流準備、「チャリで太ももを鍛える」計画は予定通り進んだ。2週間、雨の日を除いて日暮れちかくに鶴見川沿い10キロを往復(20キロ)した。そうだそうだ、高校に通学していた頃の時速20キロ前後の風景の流れ方を思い出した。川沿いを走るわけだし、これはこれで気分がいい。

最初は疲れてしまって、戻るともう仕事にならないのだが、2〜3日で慣れる。
「筋肉つけたいの? だったらプロテイン飲んだほうがいいって」
スポーツものしり博士の奥さんに助言されて、生まれてはじめてSAVASを買った。
「どうやって飲むのこれ」
「牛乳で溶かすんだよ」
イヤな予感がするが、言われる通りにしてみると、15分でお腹の急降下w そんなこともあったが、最初は1時間以上かかっていた20キロが55分ぐらいまでになった。少しは筋肉がついたような気がして大会当日を迎える。

が、ボクはここでひとつ大きなミスを犯した。大会直前にシューズを新調したくなったのだ。今のシューズは3年も履いたし底もだいぶ減ってるし、そろそろいいだろう、コロナも終息が見えてきたところだし気分一新で、という軽い気持ちだった。遠足も運動会も「履き慣れた靴」が鉄則だけど、靴を新調して不具合が出るということは今まで一度も経験がなかった。だが今回は違った。

前回(2019年)から3年の間で、東京オリンピックを境にランニングシューズのテクノロジーが劇的に進化していた。大会前の水曜日ぐらいだろうか。量販店に行ってシューズを眺めたら、陳列棚のすべてが「厚底」に変わっていたのだ。あー、駅伝でみんなが履いてるやつだと思ったけど、すべてのメーカー、棚のほとんどすべてが厚底なのには驚いた。

「厚底って、やっぱりいいんですかね?」

いかにも陸上部です、みたいな学生アルバイト店員に聞いてみると
「そうっすね、ソールの厚いクッションの反発力で、脚がラクに『出る』んっすよ。」
と言う。

「ラクに『出る』っすか!」
「はい、出ます。ラクに。」
倒置法で返してくる。
「ボクも履いてますよ。」

まじか。
他のスポーツと違って、ランニングはラケットもバットもマシンも、つまり器具がない。シューズだけである。であれば、その「魔法の」テクノロジーに乗っかるべきではないだろうか。最速マシンを手にいれるようなものではないのか……。
お花畑の向こうに、青学の駅伝ランナーのように脚があがって疾走している自分の絵が見えたw
ということで、厚底ご購入。

一応試さないと、と思ってチャリの合間に8キロほど走ってみたが、ポックリを履いて走っているようだ。ポックリというか高下駄みたいなかんじなので、もし着地失敗して挫いたりしたら骨折モノだなと思うが、確かにクッション性はある。路面の感じが掴めないのが若干不安だったが、バイクじゃないのでそれはどうでもいい。不具合はなさそうだった。

2022年12月の湘南国際マラソン、当日は快晴だった。スタートが大磯ロングビーチなのだけど、「こんなにもマラソンに出たい人っていうのはいるんだな」と思うくらい、参加者の多い大会だった。それこそ何十回もバイクで走った西湘バイパスを自分の足で走るのは、なんだか変なかんじがしたが、確かにどう考えても平坦である。最初の10キロまでは問題なかった。

が、10キロを過ぎてから左足のつま先が痺れて、耐えられなくなってきた。「紐をきつくしばりすぎたかな」と思い、途中で止まってかなりゆるめてみる。スニーカーの靴紐もバイクのヘルメットの顎紐も剣道の面も、とにかくゆるいのが嫌いなので、きつくする癖がある。しかも大会の時は普段よりも固く結ぶ。

靴紐を緩めてみたが変わらない。15キロを過ぎた頃にはどうにも耐えられなくなった。
「なんなんだこれは?」
心拍数160の中で考えをめぐらせる。そんなこと今まで一度も経験がなかった。前回の「つくばマラソン」の直前にもシューズは新調したけれど何も問題はなかった。なぜか年々足がでかくなっているのだけど、今回も余裕があるサイズを買ってはいる。考えられるのは、「厚底」だということだった。厚底を断面で見るとおそらくハイヒールのように、つま先が低くてかかとが高い形状になっているだろう。つま先に向けて傾斜がついているので、シューズ前面に指が当たって圧迫しているのではないか?
じゃあ、なんで右足は痛くないのか? わからない。人間は左右対称じゃないし、昔の怪我で左右の足の長さ違うよって整体師にも言われてるし、なにかしらの原因があるんだろう。

いま、とりあえずできるのはインソールを抜いて足先の空間を広げることぐらいしかない。給水所の陰で止まって、左足のインソールを抜いた。カモノハシのクチバシみたいなインソールを手で持って走る、変なランナーだ。

20キロ。調子は悪くないのに左足先の痺れ(痛み)は変わらない。裸足になって走れば問題解決なんじゃないか、とも考えたけれども、インソールを手で持ってるだけでも負担なのに靴を一対持って走るのは無理。さすがに捨てていくのは気が引ける。し、帰り道も裸足になってしまう。折り返し地点を過ぎた江ノ島水族館のあたりでもう、気持ちが折れた。

そのへんからもうずっと歩き、時々走る真似ごとをする、を繰り返す。5時間のペースメーカーに抜かれ、5時間半のペースメーカーの集団にも抜かれた。5時間半のペースメーカーはよく喋るお姉さんで、「はい、みなさんあと2キロですよ!頑張ってくださーい」と集団のみんなを励ましていた。
「いやー、おれは頑張れないよ。」
最後は歩くのも辛かった。見慣れた西湘バイパスのアスファルトに、傾いた夕陽が差し込んでいた。結果、5時間40分。いちおうはゴールした。ゴール近くの屋台で買って飲んだビールは、プレミアムモルツなのに全然おいしくなかった。

左足の痺れの理由はわからなかった。帰ってシューズの中を観察してみたが、そんなに傾斜が急なわけでもないように見える。たまたま靴底の形状がボクの足に合わなかっただけなのかもしれない。つい先日ゴミ箱に捨てた、ボロボロのアシックスのシューズをまた取り出して靴箱にしまった。

結局、30キロ手前での脚痛対策として、「チャリで太もも鍛える」の効果があったのかなかったのかは、検証が終わる前に試合終了だった。残念だ。

2023年。

去年のイヤな記憶が残っているし、今年はマラソンどうしようかなと思ってるうちに、10月も終わりに近づき、気がつけば大きな大会のエントリー期間はすべて終わっていた。

が、年に1回は走っておかないとこのまま辞めてしまうんだろうなという気がしたので、その時点からエントリーできる大会をRUNNETで探す。板橋CITYマラソンかなあとも思ったんだけど、「館山若潮マラソン」というのが目に留まった。菜の花の向こうにランナーが走ってる大会写真がよかったのだ(写真って大事ですね)。しかもエントリー費がえらく安いw 前泊して美味い魚を食うのもいいんじゃないかなあと。

大会が1月28日だったので、年明けすぐに30キロ走をしてみた。厚底はやめて、一度はゴミ箱に捨てたアシックスを履く。もう4年履いているので靴底は片減りしてるしボロボロだけど、何キロ走っても足先が痛くならないのは確認できた。「遠足も運動会も履き慣れた靴で」という格言は、人類の偉大なる叡智だ。

去年と同じように、鶴見川を15キロ下って新横浜で引き返す。15キロまでは大丈夫。去年は20キロで太ももが終わって、真っ暗な中をトボトボ歩いて帰ったなあ、汗が冷えてえらく寒かったなあと思いながら走っていると、いつのまにか25キロを過ぎている。あれ、平気だ……。

もう家が見えてきた、30キロ。太ももはそんなに痛くない。このままあと12キロ走れそうなかんじもする。なんでだ???

何もしないで、急激に強靭になるわけがない。よく考えてみて一つの結論に達する。おそらくこういうことだろう。

この夏もバイクの耐久レースがあった。その前には一応走り込んで体力をつける。若い時は徹夜で整備してサーキットに行っても2時間走れたりしたんだけれど、今はもう無理。ちゃんと準備をしないと1時間を走りきれないし命の危険がある。チームメイトにも迷惑をかけてしまう。いつもはランニングをして準備をするのだけれども、今年はチャリにしてみようと思ったのだ。

昨年のマラソン対策でチャリを漕いだのをキッカケに、チャリもいいトレーニングだなと思っていた。夏の暑い時期に1時間走ると汗が大変なことになるんだけど、チャリだと風も受けるので、ランニングほどひどいことにならない。心拍数の上昇もランニングほどではなくて、耐久レースでライディングしている時の心拍と似てるかんじなのかなとも思う。

なにより、チャリはランニングと違って、一度急激に痩せる(3〜4Kgだけど)ということに気づいて嬉しくなってしまったのが大きかった。毎日OMRONの体重計に乗るのが楽しみだった。周りの同世代の人たちからよく聞く「チャリは痩せる」という噂は、本当だったのだ。(すぐリバウンドで戻るんだけどw)

だから、6月から9月ぐらいまで、けっこうコンスタントにチャリ20キロ走をやっていたのだ。あんまりゆっくり走っても意味ないし、いちおうは負荷をかけぎみで乗っていたので、知らず知らずのうちに太ももが鍛えられていたのかもしれない。

そうか……、去年の湘南国際マラソンの前に自己流で考えた「チャリで太もも鍛える」対策は意外と当たっていたのかもしれないな。実に一年を経て結論が出るのかも。
俄然、館山の大会が楽しみになってきた。

そして今年の館山若潮マラソン当日。
前泊した野島崎灯台前の宿は、安さで選んだわりには、何を食べても魚が美味くて大満足だった。朝、クルマで奥さんに送ってもらって会場入り。くもりで風もなくて、そこそこ寒い。マラソンにはちょうどいいコンディション。

ゼッケンの桁数がいつもより一桁少ないので、こじんまりしてるんだろうなとは思ったけど、本当に規模は小さかった。けど、規模が大きければいいわけではなくて、スタートのブロックもいつもは「想定タイム5時間」だと200メートルぐらいの区切りの中に人が満員電車ぐらいびっしりなのだけど、今回は25メートルぐらいの小さい区切りに人がまばらなかんじでゆったり。トイレもほとんど並ばなくて済む。

いつもはスタート前、半袖の「激寒」な状態で待たされる時間が長いんだけど、今回は号砲後あっけなくすぐスタート。小規模な大会はいろいろ良いな。

「30キロまでは『絶対』歩かない」「最初の5キロはゆっくり」と念仏のように唱えながら走り始める。すぐ忘れちゃうので、何度も何度も脳内で唱える。そのうちに節がついてきたりもするw
バイクの耐久レースでもよくやる念仏走法。

「がんばってー!」
地元の人たちが、文字通り総出で応援してくれる温かい大会。このあたりは介護施設も多いのだけど、どの施設の前でも、車椅子のお婆ちゃんたちが膝掛けをして出てきて手を降ってくれる。介護士の人たちも盛り上げる。かと思うと、ある農家の前では鎧を着たおばあちゃんが応援していた(有名人らしいw)。
あとは黄色いドレスを着て走ってる女子がいて(これまた有名人らしい)、沿道の声援に対して「ありがと〜、ありがと〜」と答えてるんだけど、半端ない声量だ。しかも全然速くて、すぐにブチ抜かれて見えなくなった。おそらく3時間代の人だろう。だけど、走りながらあれだけの通った声が安定して出せるのは、舞台女優とかなのではないか?と思う。

20キロ、ここまでは歩かなかった。まあまあ順調だ。左足先が痛くならないだけで十分嬉しい。前回の悪夢は払拭できた気分だった。10キロが59分04秒、10〜20キロが58分21秒。少し遅めだけどまあいい。あと最低10キロ歩かないように!

なんとか30キロ。だいぶ弱ってきたけど、脚はまだ痛くなっていない。この間の30キロ走の時と同じ。まだいける。じゃあ40キロまで。念仏を「40キロまでは『絶対』歩かない」に切り替えた。

いつもどおり「水不足恐怖症」のために序盤から水を飲みすぎている。35キロすぎに急坂が出現するはずだったのだけど、追い抜かされた健脚爺さんについていくのに躍起になっていたら、いつの間にか終わっていたようだ。この頃(30キロすぎ)になると歩く人が目立ち始める。脚が攣っているのを伸ばす人、屈伸する人、走りたいのに走り出せない人。海岸沿いには菜の花がたくさん咲いていた。

40キロ。まだ歩いてない!
6回のフルマラソンの中でここまで歩かないのは初めてだった。40キロ歩かずに走り続けている。「チャリで太もも鍛える」の効果はあったのだ! が、自分でもペースが落ちてきているのがわかる。20〜30キロが59分59秒、30〜40キロが63分5秒。もう、朝走った景色を戻っているのがわかるのだが、ここからの2.2キロが辛いのだ。GARMINのタイムはもう4時間を回っていた。残り2キロのスピードが上がらない。
結果、4時間14分12秒。

全く脚はあがっていませんw

自己流の勘があたって、効果が出たのは嬉しかったのだけど、あれだけ歩いた富士山マラソンの記録には1分届かなかった。あとから大会の口コミを検索すると「アップダウンが激しくタイムは出にくいコース」とあった。まあ、確かにそうだったな。
まだまだ課題は残るんだが、それがあるからまた来年も走ろうという気になるのかもしれない。またがんばるか。

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