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何故私は『トランスジェンダー排除のフェミニスト』に抵抗するのか!

昨年のお茶の水大学がトランス女性の学生を受け入れるとの発表以後、Twitter界隈を中心にトランス女性に対する攻撃的な意見がどんどん増えていくようになって、トランスフォビア(トランスジェンダーに対する嫌悪・恐怖)が表面化したことでダメージを受けている人も多くて、正直日本も結構酷い国だと改めて思っている。

私が1996年にトランスジェンダーカフェをオープンした時に考えていたのは『トランスジェンダーって何?』ということを一緒に調べてくれる人を探すため、そして、トランスジェンダーのサバイバルを一緒に考えてくれる人を探すためそんな感じだったのですが、とにかく、トランスジェンダーはマイノリティであり、生きることが簡単では無いというところからスタートした訳です。

・何を言われようがトランスジェンダーの中身を問う気は無い

私自身、色々なトランスジェンダーの人に会ってきて、正直『これはダメだろう』と思うタイプの人もそれなりに見てきた。でもね、そういうダメな人も含めて、トランスジェンダーはトランスジェンダーなのですよ。

ちなみにね「何かをするために異性装をする」とか言うのは、トランスジェンダーとは言いません。これがまず大きく間違ってる人がいる。

とにかくジェンダー(性別)をトランス(超えて)いる人がトランスジェンダーであってそれ以外の意味はありません。

この話をすると、性別違和が~とか、TSが~とか、性同一性障害が~とか言い出す人がいますが、どれも明確な基準は無いし、どれも性別を明確に分けるフラグには成らないのです。

ちなみに、GenderIdentity(性自認)について言えば、その当人が自分のありようを決定するもの(自認)であって、このアイデンティティの形は兎も角、その個人が言っている性別がその性別であるとしか言い様がないわけです。

性別違和が~とか、性同一性障害が~とか言う言葉は、端的に言ってしまえば『医学的に便宜的に作られた言葉であって、その言葉自体に深い意味は無い』といったところが正解かと。

もう疾患として無くなる事が決定している『性同一性障害』をことさら語る人が多いけど、この疾患は『だれが女性か?だれが男性か?』を判断するものではなく、誰がホルモンや手術をしても自殺しないか?を選別するために作られた疾患。この考え方で40年近くやってきて『考え方が根本的に間違えていた』と結論付いたから、いよいよ性同一性障害が削除されて、別の考え方を試そうとしているわけです。

性別違和に関しても、この言葉は随分昔から使われていますが、これも出生時に割り当てられた性別に逆らうんだから『違和感があるのだろう』という流れの話であって、それの大きさやら有無やらは基本関係無いのです。

トランスジェンダーがトランスするまでの過程は色々なパターンがあります。それこそ、家庭環境の状況で、トランジションをしていない、物心つく前からずっとトランスだったという人までいるわけで、そういう人の場合違和感なんて無いわけです。ずっと、トランスジェンダーの形で生きているわけですから…。

とにかく、トランスしている人の中には色々な人がいるし、それこそ旧来の中で最も多かったのは『そのジェンダーを選択したほうが、対象の性別の恋愛対象になれるから』といった人も少なくない。

個のあり方に対して何らかの踏み絵を作って『お前は真のトランスジェンダーなのか調べてやる!』なんてバカみたいな事をする気はさらさら無い、それをやれば間違い無く差別になるだけと判っているからしないわけです。

・そしてマジョリティから『犯罪者が怖い』と言う言葉を向けられるわけです。

確かに、トランスジェンダーで、性的犯罪を犯す人はいます。全体の数からみれば、その割合は、シスジェンダーと同等くらいでしょう。さらには、犯罪を犯すために異性装をする人なども例にあげて…

『誰が、犯罪者だか区別が付かないから、差別じゃない区別なの!』ともう、枠で犯罪者の集団みたいに扱い始めるわけです。

正直、トランスジェンダーは世界的には勿論、日本だってヘイトによって暴力を受けたりすることは珍しく無く、社会的地位の低さから仕事に付けないといった状況などもあり、まさに差別の中でなんとか生きているのが実情です。

なのに『怖い、怖い』と連呼され、そして、アンチトランスの声としてどんどん大きくしていくわけで、まさに、差別者の典型的な行動なわけです。

・これらの人は言いますTSやGIDを差別する気は無いと

疾病としてのTSもGIDももうすぐ無くなる言葉ですが、元々のTSはトランスジェンダーとほぼ同義語です。この言葉が作られたのは20世紀初頭で、ホルモン製剤すら無い時代です。当時の感覚ではTS=性別を超えようとする同性愛者、TV性別を超えようとする異性愛者。といった区分けでありそれ以上の意味はありません…。

そして、出生時に割り当てられた性別を基準にした同性愛者の人が多くホルモンや手術を行っていったがために、結果的にTSのイメージがそうなっただけで、トランスジェンダーという言葉も、TSと呼ばれる人達のイメージがセクシャルよりジェンダーの方が良いと考えた精神科医が居たというだけです。

前記していますが、誰が正しいトランスジェンダーで、誰が間違ったトランスジェンダーで、誰が犯罪者のトランスジェンダーで、また、誰が単に犯罪するために異性装をする人なのか、それを見分ける方法などはありません。犯罪を犯した人が犯罪者であって、それをトランスジェンダー全部に被せようとするのは、単純にトランスフォビアな人が行う差別的な言説でしかないということです。

・性自認など認められない!という人もいるけど…

ボディクリティカル的な発想で『女は女だから女である。といった言説でトランスジェンダーを排除し、そして、女ジェンダーは女に押しつけられたものであり、それにより差別を受けているのが女だ』と言った考え方。

ラディカルフェミニズムの根幹では特に、より厳しく、平等や人権を訴えているものだと私は認識しているのだけど、それは、女性という性であっても個としてより旧来の女性ジェンダーを選ぶ人から、それを破壊しようとする人、また、男性ジェンダーとされていた所に食い込む人、それらが自由であり、差別されないことを提唱しているのでは?

もちろんだからこそトランスジェンダーの生まれつき言説には怒って良いとも思うのです『私は生まれつき女なの!』とトランスジェンダーが言ってしまうと、それは『女だから女ジェンダーを選択するのが当たり前だ』と言った考えになってしまい、それこそフェミニズムの考え方にぶつかってしまうので、これは『いや、生まれつき女だから女ジェンダーを選んだという言い方はオカシイだろう!』というツッコミは正しい指摘だと思います。

その上で、結果的に女性ジェンダー(もしくは男性ジェンダー)のアイデンティティを得たトランスジェンダーに対して『それは認められない』と言う声は、個のアイデンティティの否定であり、世界人権宣言にうたわれている

『すべて人は、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治上その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、門地その他の地位又はこれに類するいかなる事由による差別をも受けることなく、この宣言に掲げるすべての権利と自由とを享有することができる。』

という部分の尊重からも、その性自認は尊重されるべきな話なのです。

・勘違いされていますがトランスジェンダーはマイノリティです。

さて、アメリカの統計でトランスジェンダーの人口は全人口の0.5~0.6%だそうです。これらの数字はそれほど違わないでしょうから、日本で考えると総人口が1.268億人ですから、76万人がトランスジェンダーといった感じです。

その内ざっくり、半分がトランス女性として、1000人の女性を集めたら、そのうち3人トランス女性がいる可能性があるといった所なわけです。

Twitterのノリでは、この3人が997人の女性を蹂躙していくような話にされますが、現実的に考えれば本当に弱い立場であり、社会的にも苦しい状況に置かれている人が少なくありません。

なので、トランス女性に対するヘイト攻撃を行う人達に対して、私は抵抗し続けます。これらの人たちは黒人差別を行うKKKや、ムスリムを排除しようとするゼノフォビアやイスラモフォビアな人達と同じな訳です。

・抵抗の声を大きく!

2019年3月1日現在、以下の様な署名が行われています。

『トランス女性に対する差別と排除とに反対するフェミニストおよびジェンダー/セクシュアリティ研究者の声明』

もし、トランス女性にたいする言いがかりやヘイト対して、ちょっとでも疑問を持っているのであれば、是非この署名活動をご覧になってください。署名は研究者以外でもどなたでもできるそうです。

是非、多くの人がヘイトへの抵抗に賛同してくれることを願います。

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