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熊谷は火星@妻沼

-Kumagaya is Mars-

 夏の最高気温は41.1°C、冬は吹き荒ぶ上州空っ風。日本一過酷なこの街が実は火星であるという確証を得るために私は探査を続けている。

 2023年8月吉日、9時に嫁の実家を出る。やはり今日も埼玉はもの凄く暑い。とくに今年は異常だ、このまま10月まで夏日が続くとか。
 汗だくで鴻巣駅まで歩くと駅ナカの立ち食いそば屋「そば処中山道」が壊されていた。あの塩っぱくて黒い蕎麦つゆをもう一度飲みたかった。
 ホームに着くと電車が遅れていた。車輌点検だそうで、この高崎線は、遥かアンドロメダ小田原まで繋がっている。そりゃ車輌も故障するだろう。9時33分発の高崎行きが5分以上遅れて到着し、そこから熊谷駅へ。

 熊谷駅に到着するとアズというショッピングセンターのトイレで、いつものように体内の老廃物を全て出した。身も心も軽くなり東口から出て正面のレンタサイクルに入る。係員のおじさんに手順を聞くと勝手に選んで持ってっていいという。いや、やり方を聞いてんだよ! なんだか分からずも一番手前のブルーのチャリを選び、スマホを取り出してバーコードを照らし解錠する。ガチャという音がして、このチャリは今から私の従順なマシンとなる。まぁ、新造人間キャシャーンでいうところのロボット犬フレンダーみたいなもんだな。

キャシャーンとフレンダー

 電源を入れると100%満タンじゃなくて80%になっていた。

 どうしたんだフレンダー!
 二日酔いか?


 とりあえず今回は目標地点がある。妻沼という地域だ。私の会社の社長のお友達の実家があり、30年前に遊びに行ったことがあるらしく、いい町だったという話しをヒントに訪ねてみようと思ったのだ。道はざっくりと知っている。なんなら途中まで行きかけて諦めた事もある。要するに北へ利根川に向かって進むのだ。

 八木橋百貨店の前を通る。いつもならデカい温度計で最高気温を誇らしげに掲げるが、シーズンオフなんだか営業時間前だからか温度計は飾って無かった。お隣りの埼玉県信用金庫の温度計も電源オフである。なんかもう温度計シーズンは終わったのだろうか。それとも最近は八王子に最高気温を奪われ続けて、マスコミもそっちばかり報道するからだろうか。まるで真夏のスキー場を見たような少し寂しい思いをした。この八木橋百貨店のカドを右に曲がると県道341号線に出る。この県道を北に辿れば自動的に妻沼に着く。
 今回はこの簡単なルート県道341号をなぞる事にした。帰りはジグザグにのんびり帰ろう。なにより先に妻沼に着くことを優先したい。
 フレンダーの走行モードを「パワー」から「オート」にした。これだと多少漕ぐが省エネになる。この先、いったいどのくらい電池を使うかわからない。電池が切れたフレンダーは、ただの鉄の塊だ。

おじいちゃんあぶない
おばちゃんあぶない

 照りつける太陽のなか、道路は常に混んでいて、ひっきりなしに車が横を掠める。神経を削りながら走っているといつの間にか写真を撮りに来ているのか自転車を漕ぎに来ているのか分からなくなる。
 途中で見たことのないメーカーの自販機で見たことのないスポーツドリンクを買った。
 最近、100円ショップでペットボトルホルダーを買った。これは便利だ。ペットボトルを厚手のナイロンの袋に入れてショルダーバッグからぶら下げることができる。カメラバッグの中にカメラと一緒に入れないので、機材がペットボトルの汗で濡れないように気を使う事もなくなった。しかし、今日は自転車でスナップなのでフレンダーのカゴにポイと放り込んだ。

 奈良という地域に入るとうどん屋で有名な「元祖田舎っぺうどん 熊谷下奈良店」の前を通った。まだ10時なのでどうせやっていないと思ったら、店頭に「営業中」の旗を出している。一度は通り過ぎたが、やっぱりと思い道を渡ろうとしたら車に轢かれかけた。
 開いて間もないのに店内は結構客がいて、客層は主におじさんとおばさん。若者はZEROだった。
 田舎っぺうどんは俗にいう武蔵野うどんで、濃いめのつけ汁につけて食べる。冷たいつけ汁と温かいつけ汁を選べるが、私は温かい方が好きなので温かい肉ネギつけ汁うどん大盛に決めた。お冷やとおしぼりを持ってきた女子高生のバイトちゃんに間髪入れずにそのまま注文する。
 厨房は朝イチからフル稼働、女性たちで切り盛りされている。うどんもこの場でお母さんが打っている。何故だか田舎っぺはどの店舗も女性従業員で賄われている気がする。と、作り置きかよってぐらいすぐに私の肉ネギつけ汁うどんは提供された。

 着丼!

肉ネギつけ汁うどん

 大盛を頼んで失敗した。かなりの量だ。乱切りのうどんはコシが強くなかなか噛みちぎれないほど。スープは醤油味、甘塩っぱくて疲れた身体に滲みる。豚肉は大き…あ、これはもう少し細かく切って欲しかった。一気に食うと最悪一投目でほとんどの肉を食べてしまう。肉だけは大きい塊が2枚どーんなので噛みちぎらないと計画的に食べれないのだ。まぁ、豪快といえば豪快。これも粗野でいい。肉、うどん、汁がバランスよくズルズルと口に投入された時の絶妙な美味さといったらない。旅の疲れも一瞬で吹っ飛ぶほどだ。
 無事に完食して、残った汁に蕎麦湯ならぬうどん湯が欲しいのだが、なんて言って注文するのか分からない。他の客は食べ終わる前にお湯の入った急須が置かれているが、私にはまだ来ていないのだ。千葉県民への洗礼なのか、うどん素人への戒めなのか、はたまた肉ネギにそのサービスは付かないのか。それとも女子高生のバイトちゃんが私のギャラクティカアンドロメロソフィーな美しさに見惚れてつい忘れてしまったのか。とにかく、うどん湯をこの店ではなんて呼ぶのか、一か八か「すみませーん」と近くのおばちゃんを呼んで、お椀を持ち上げるとおばちゃんは「はーい、茹で湯ねー」と言って持ってきてくれた。

メモ:うどんは茹で湯。

 ゆっくり茹で湯も楽しんで店を出た。ここで問題が発生する。フレンダーの鍵を閉めたはいいが、解錠の仕方が分からない問題だ。頭のいいフレンダーのことだ、てっきりこのスマホを持った人が近づくとワンタッチで勝手に解錠するのかと思っていたが違っていた。鍵のレバーに触れたりしたがダメだった。スマホを開いてレンタサイクルのアプリを立ち上げると「解錠」というボタンがあった。おい、フレンダー! これスマホのバッテリー切れた時とうすんのさ。

田舎っぺうどんとフレンダー
行手を阻む草草草
くまこん

 大盛のうどんで腹はパンパンに膨れ上がり、ガニ股でチャリを漕ぐ始末。軽くゲップをすると茹で汁が込み上げてくる。とてもじゃないが写真どころではない。ここまで結構距離を稼いだと思ったが、妻沼までまだあと半分以上ある。ほぼ直線の一本道だが半端なく遠いのだ。何度か妻沼行きのバスが通り過ぎる。次回はバスだな。なにせチャリだと疲れて写真どころではない。だが、この妻沼行きバスに追い越されるということは、道は合っているし、まだ妻沼じゃないということだ。
 県道はさらに険しくなり、歩道を走ろうにも草ボーボーで通れない。無理やり通ると雑草のささくれた葉が服や腕に付いてくる。
 ガッツリとやる気と元気といわきを削り取られたところで店名看板に妻沼が含まれるようになってきた。もうこの辺が妻沼かなぁ、自転車置いて歩き回ろうかなぁなんて思って地図を広げるといやいやいやいやまだよ。全然まだ先。
 とりあえず、妻沼聖天山という所まで行って、そこから拠点を探そうと思う。
 一生懸命にフレンダーを漕いでいると突然、市営駐車場だの土産屋だのが増えてくる。そして左側に妻沼聖天山の門がどーん! ここまで全く妻沼聖天山というものを調べないでいたのだが、さすがに調べたらどん引いた。

妻沼聖天山歓喜院

 〝妻沼聖天山歓喜院(めぬましょうでんざんかんぎいん)。高野山真言宗の仏教寺院で日本三大聖天の一つとされる。埼玉の小日光とも称されている。本殿は色彩豊かな彫刻が施され、まるで日光の東照宮のように豪華絢爛である。〟

 違う違う! 私は観光地めぐりをしにここまでチャリを漕いできた訳ではない。埼玉県熊谷市の利根川周辺にある田舎町を撮影しに来たのだ。しかし、ここまで来るのに物凄くやる気と元気といわきを削られた。ここでフレンダーを駐輪して歩き回る体力も持ち合わせていない。残念ながらここはスルーして、一旦利根川まで行ってそして帰るとしよう。ちょっと妻沼は開け過ぎていて私には期待はずれだったし、遠過ぎた。ただ、熊谷市がなぜ北に向かって栄えているかは分かった。埼玉県と群馬県の県境、利根川にかかる刀水橋を渡り、真ん中まで行って帰ってきた。この利根川が埼玉の県境をなぞり先日歩いた布佐や安食、そして銚子岬まで続いていると思うと感慨深い。しかしこの間、ほぼ写真を撮っていない。名所巡りだ。

利根川
刀水橋

 同じ道を帰るのもなんなので、わざわざ少し遠い国道407号線を南下するルートを選んだ。この時、フレンダーのバッテリーは60%だった。余裕で返却ポイントまでバッテリーは持つと思いパワーモードに切り替えた。

 出よフレンダー!
 思う存分走るがいい。


 帰りの国道407号線の歩道は酷道だった。この辺では自転車で走る人がいないのかしら。草ボーボーでデコボコ道。さらに日陰もないので炎天下に晒され続けるという罰ゲームだった。
 目の前に道の駅が現れたので、たまらずにエスケープした。JAふれあいセンター妻沼店に入る時に入口で子どもを抱っこしたパパに声をかけられた。なんでも私を八木橋で見かけたという。地元民ではないので、八木橋という地名がどこか分からずに、でも多分百貨店辺りだなと推測して話したが、彼は私が地元民ではないことを最後まで理解してもらえなかった。ともかくこんなに遠いのによくここまで自転車で来れたと感動していた。なんか恥ずかしい。
 JAふれあいセンターと隣りのめぬぱるという施設をねちっこく回り、冷房で体をクールダウンした。ちなみに施設内には太陽に晒された石の椅子か木の椅子しか選択肢がなく、クーラーの効いた館内で休憩を取るならサラダ館というレストランに入るしかない。ビタイチ腹も減っていないし、ついさっき自販機でスポーツドリンクを一気飲みしたのでお腹はガブガブ、そんなん知ってたらサラダ館のドリンクバー頼んで座って休憩したのに。かくして私とフレンダーは再び炎天下の中、道の駅めぬまから放り出された。
 ここから本当はジグザグで熊谷駅までのんびり帰ろうかと予定していたが、そんな気分では無くなった。さっさと帰り一杯やるべ。そう考えを変えて駅までこぎに漕ぎまくった。妻沼までの道のりはベストシーズンではなかった。
 そうと決まると返却ポイントまではすぐ着いた。自転車を返すと利用時間は3時間41分、
1320円をクレジットカードから決済された。撮った写真はたったの70枚くらい。なんか割高感がある。やはり自転車に乗って写真を撮ろうとなんて無理な話しだ。いちいち止まるのも面倒になるし、印象的なシーンでしかカメラを構えない。いつも寄る熊谷駅の珈琲屋で一人反省会をしながらうつらうつらした。猛烈な睡魔に身を任せて寝落ちた。店員の死角になっているから問題ない。目が覚めて、またやる気元気いわきが漲ってきた。このままではノーサティスファクションである。
 とりあえず、今度は荒川まで行ってみようと思った。なに熊谷駅の南側の逆サイド、すぐ近くにある。まだ土手には登ったことがない。しかし、住宅街が川のすぐ近くまで来ていて全然面白くない。特にフォトジェニックなシーンには出会えなかった。それより自転車だったので気がつかなかったが、新しく買ったアディダスのスニーカーが思ったよりも幅細で私のヤットデタマンのような扁平足にまるで合わない。両足の親指の付け根にグイグイと藤原組長のサブミッションのように食い込んでくる。歩くたびに痛むのでギブアップした。
 だが、今回の撮影行、撮れ高こそ皆無だったが、充実そのものだった。

 まず、新しいカメラの実戦投入。これが大きい。果たしてLeica SL Typ601でLeica M9の時のような今まで通りのキャンディッドなスナップ写真が撮影できるかどうか。できた。ファインダーを覗かずに腰溜めでのシャッターもスムーズに行えた。
 MマウントアダプターにElmar 5cm f3.5レンズの描写もいい。絞りF11で距離固定、電源入れっぱなしのハイパーフォーカル撮影も素早くできた。指を常にシャッターに置いて、たまにトントンして起動させる癖がある。これで常にスリープモードからスタンバイ状態にしているので普通の人より電気は食うはずである。バッテリーは1本と2本目の2/3使った。計3本持っているので余裕である。
 耐熱もこの熊谷の灼熱に耐えることができた。バッテリーはかなり熱くなり、心配で休憩の時に何度かスイッチを切ったほどだが、この灼熱に耐え切ったなら、ここ日本ではどこでも大丈夫だろう。あと、期待してなかったのに嬉しいGPS機能。スマホに転送するとマップで撮影位置を教えてくれる。撮影時にメモを取らない私のような物臭にはピッタリである。
 あまり使わないけどマニュアルフォーカス時のファインダーを拡大してのピント合わせも、慣れるとまるで問題ない。イザ寄ってって時にも十分対応できそうである。
 それらを確認・反芻しつつ、熊谷を出た。鴻巣に16時半からやってるもつ焼き屋がある。そこで冷たいビールでもって、もつ焼きを流し込んだ。ここん店のやきとりは豚肉で、テーブルに味噌壺が置いてあり、辛い味噌をつけて食べる。埼玉県北部にはよくあるもつ焼きの食べ方だ。あと、名前に惹かれて銚子はんぺんというのを注文した。大判のはんぺんを焼いただけのシンプルな料理だが美味かった。「なんで銚子って言うんですかね?あはは。」なんて、いつもいるあの笑顔の素敵な店員さんに聞いてみたかったが、今日は出勤していなかった。
 その後は地元の立ち飲み屋「ドラム缶」に行った。地元のお客さんたちと高校野球を観ながら楽しく酎ハイを飲んだ。花巻東高校と仙台育英高校の準々決勝が行われていた。
 杯を重ねるとさすがに歩いては帰れず、バスで嫁の実家に帰った。

甚兵衛
ドラム缶

 罹災で7カ月間失った普通の生活がやっと帰ってきた感じがする。カメラもレンズも生活も何もかも変わってしまったが、この数日間なんとか同じ撮影スタイルを維持できた気がする。 
  バスを降りると相変わらず熱気を帯びた湿った空気が全身を覆った。締めの締めに缶酎ハイとペヤングを買って嫁の実家に帰った。
 明日はカメラを家に置いて、埼玉の市民プールに行くだろう。

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