掌握小説

(リュックサックは背負いやすいものの方がいい)
暗がりの中ベッドに寝転んで、スマホの画面をスライドさせる。ツイッターに流れている文字列を目で追っていながら、そう思う。

そういえば、絆創膏を買おうと思って、買っていなかった。リュックのポケットにあるといいかもと入れたお札も、そういえばこの前使ってしまった。ゆっくり身を起こして、手を伸ばしてベッドの足元に置いてある赤いリュックを、こちらに寄せる。

軽々とは持ち上がらないくらいには、それは重い。

確かに、長時間背負うことを思えば、先ほどのツイッターの情報通りにバックパックとか、登山用のリュックの方がいいだろうと思う。

赤色はいざという時に目立つからいいかと思ったのだけど。形まで気にしていなかった。普段の通勤カバンですら肩が痛くなるのだから、飲み水も入っているこのリュックでは、すぐきつくなるだろう。


使わなくなった小さめのバックパックがあったな、と頭に思い浮かべる。そういえば、前回リュックの中身を見たのはもう半年以上前だ。


マットレスの上に、さっき見ていたツイッターの画面がそのまま点いている。気だるさの中、その画面の中の人たちに背中を押され、しゃがんで私はリュックサックを開ける。


500mlペットボトル、羊羹、電池、懐中電灯、ラジオ。
期限はまだある数日分の食料。軍手。タオル、その他諸々。

入っていたものを全部取り出した。

端っこから、非常時に使えそうなものリストをネットからコピーした紙を発見。

紙自体がよれていて、前回準備した時も、最後の方は面倒になって投げやりだったのだろうと思う。
リュックの底の方に重いものを、いざという時に最初に手にしたそうなものを上にして。
クローゼットから出した使っていなかったバックパックに荷物を移し替えていく。

そういえば、緊急連絡先とか通帳番号とかのコピー。めんどくさくて入れていないままになっている。ちゃんと、わかってはいたけれど。

日常の中ではあえて思い出していなかったことを、荷物の入れ替えをしながら改めてやるべくこととして頭に浮かべる。

また入れた方が良さそうな、いくつか足りなそうなものを頭に浮かべなから、チャックを閉め、一つの塊になったそのバッグを見つめた。

このバッグを詰める時、バッグの確認をしなきゃと思うたび、実はいつもなんともいえない気分になる。
補充をした後も、これで準備はオッケイと、やりきった気持ちにはなれないのだ。重いそのバッグを撫でながら思う。いつも。

私は、こんな準備をしてまでちゃんと生き延びたいと思っているのだろうか、と。

私には、守るべき家族はない。独身で一人暮らし。両親も災害とは関係なく既に死去している。
仕事では多少、大切な仕事も任されているが、自分の替えがきくのが社会であり、いざという時はその仕事は誰かができる。
私には私が生き残らなければならない、大義や義務がない。そのことは私をなんとも言えない気持ちにさせる。

ただ、災害それ自体への怖さは人並みにある。
3月11日、また今回の地震、水害。

運が悪ければいつか出会うかもしれない、また幸運にも今まで出会っていない。けれど、毎年毎年繰り返されるから、その積み重ねによって災害はよりリアルに、近くなってきた。過去の災害自体は、どの災害も私はニュースやネット越しにその様を知るだけの位置だった。
私の生活は、それらで多少、仕事が流通の影響を受けたり、一時的な計画停電のうちに入ったものの、生命そのものは脅かされることはなかった。

生活の流れは一瞬歪んでも、すぐ今まで通りの流れに戻って、今のただベッドで寝転がり、スマホをいじるような時間につながってきた。
そうしてその流れの中でいま、その災害の軌跡としてバッグや備蓄品のみが残されている。


けれど思ってしまう。

私はちゃんと生き延びたいと思っているのだろうか。私には、家族がいる人たちのような、明瞭で明確で正しい、生き延びる理由がないのだ。

けれど被災その度その度に流れてくる、『そういう時に適した対応・準備』を怠ってしないのは、災害から生きのびたかった人たちに不実な気がした。多くの人の「しておけばよかった」を無駄にするのは憚られる。
だから、その気持ちに押されて、少しずつ少しずつ。荷物を繕って。いつのまにかそれなりに、対策の準備ができている。

ただ、一人暮らしのクローゼットを圧迫する備蓄品。ベッドの脇においたバッグを見ると、「いつか来るかもわからないものから、そこまでして生き延びたいの?」「なんのために?」と誰かに話しかけられている気がする。


私は、なんのために生き延びるのか。なんのために生き延びてしまうのか。チャックが閉まりひとかたまりの重さになったそれを見つめるとどうしても考えてしまう。

そっと、そのバッグに手を伸ばして抱えてみた。ずっしり重い。

(これは命の重さに近い)
なんとなくそんなことを思いながらバッグをベッドの足元の定位置に置いて。

答えは出さないままで、また日常に戻るのだ。






果ノ子

(小説という形だから書けるものもある)


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