仕事帰り、都心の街を急いだ。激しく打ちつける雨が歩道の上に水たまりをつくった。晴れていたら忘れていられるのに、雨は水面下の心理状態を浮上させる。疑惑や不安が次から次へとわき上がり、波紋を呼び起こすのだ。

あなたもOK！ 私もOK！ ……なんていう、健全で安定した心持ちは、今は保てそうにもない。マスクが隠したのは、口元だけなのか。見知らぬ隣りの他人が怖い。手に触れるすべてが汚れているように感じる。時に自分自身さえも。私たちは一日に何度、手指に除菌液をかけるのだろう。

電車で他に空いているスペースがあれば、そっちへ座ってほしいと願う。挨拶もなるべく目礼で済ます。ごくたまに外食をしても、絶えず周囲を警戒し、なるべく話さず、こそこそと食べ、早く切り上げる。

始終、どこかしら緊張をしている。いつもは平静を装っている。そうじゃないと、日常生活は送れないから。でも、本当は分かっている。毎日報道されるＪＯＫＥＲの一人に、いつ自分が入るのか、それは運次第なのだと。