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碧のレンズ

嫌な事から目を背けたい。人生めんどくさいことばかりだ。


今日も一軒一軒、チャイムを鳴らしては、自社の布団がどれだけ軽くて暖かい優れたものなのかを


何十回と説明する。このネット時代に


「汗を流した方が話を聞いてくれるだろう。俺の時代はそうだった。」という昔ながらの老害の安易な理由で


未だに訪問販売をしている。


歩合率が高い。顔もしゃべりも悪くない俺なら同世代より頭一つ抜けた収入も目指せると高を括っていた結果が


毎日何十件何百件とチャイムを鳴らしては、インターホン越しに悪人かのような目で見られているのが分かる。


精神をすり減らすだけの、それだけの仕事だ。まあ、俺にとっては・・・の話よ。


 

休日にチャイムが鳴った。


誰だよ、こんな時間に迷惑な奴だなとインターホンを見ると、こんな暑い中スーツを着た


まるで俺のような、訪問販売員。


俺もこうやって、カメラ越にまじまじと見られて評価されているのだ。


彼が売っていたのはレンズが特殊なステンドグラスでできた眼鏡で、かけると嫌なものが見えなくなる


特殊な物らしかった。


五万円が今なら一万円なんだと。一本売れたらあんたにいくら入るんだ?


一万なら買ってやるよ、そのかわりうちの布団、いつか買ってくれよ、まだ一枚も売れてないんだからよ。



 心の中で会話しながら、試着もせずに一本購入を決めた。どうせ偽物のステンドグラスのおもちゃだろうが


もうどうでも良くなっていた。仕事も人生も、こんな物に一万円払う事さえも。



商品を受け取ると、早速かけてみた。



 濁ったレンズは碧にも翠にも見えて、なかなか美しくて、レンズの先の世界が透けそうで、透けない。



ずっとこのぼやけた不安定な、美しい世界にいたい…と思った。




「人生に疲れていますか?もう何も見たくなかったのでしょう?


           でもね、レンズの先の見えそうで視えない世界には、


                       まだまだ楽しいこと、幸せなことも、少しはありますよ。」


「辛くて目をそむけたくなったら、またこの眼鏡をかけて下さい。


                      鈍く輝く宝石たちが少しは気を紛らわせてくれるでしょう。」



優しい声で現実に引き戻された。あんたまだいたのかよ。


「カウンセリング料として、別途5000円頂きますネ」


それを聞いて安いな。と思ってしまった俺は、すっかりカモにされてるな、と思った


まだもう少し頑張ってみようと、思った。


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