サーキット・ブレーカー入門

サーキット・ブレーカーとは、「価格の急変時に、投資家の冷静な投資判断を促す目的で、取引を一時中断する措置」です。そもそもサーキット・ブレーカーとは1987年の株式市場の大暴落(いわゆるブラックマンデー)をきっかけに生まれた制度です。同制度が導入された背景には、ブラックマンデー時には株価が1日に20%以上も下落するということが起こったことから、市場を一時的に停止させて、投資家に冷静さを取り戻すことがあるとされています。ニューヨークで導入された後、日本を含め、各取引所で導入されています。当時の大証では1994年にこの制度は導入されました。2022年6月に長期国債先物においてサーキット・ブレーカーが発動されたことが報道されましたが、このタイミングで、サーキット・ブレーカーの制度について少し丁寧に解説しようとおもいます。

まず、サーキット・ブレーカーを理解するうえで、非常に重要なポイントは、①制限値幅制度(Static Circuit Breaker, SCB)②即時約定可能値幅制度(DCB, Dynamic Circuit Breaker)という2つの制度が併用されている点です。

制限値幅のサーキット・ブレーカー(Static Circuit Breaker, SCB)とは
SCBとは、1日の営業日で変動する価格幅に制限を設けるという制度です。JPXの場合、下記にその概要がありますが、長期国債先物については通常時において2円という基準が設けられています。例えば、1日の間に、2円価格が変化することがあれば、価格の上下限に達した際に10分間取引を停止させるという制度がSCBです。サーキット・ブレーカーが発動されて10分間取引を中止した後、その後、板寄せの注文を受け付けることで取引が再開されます。
https://www.jpx.co.jp/derivatives/rules/price-limit-cb/index.html

下記がJPXが作成した図表を抜粋したものです。たとえば、前日の大引けで、15時02分の長期国債先物の清算値段が150円となり、これが基準値段になったとします。本日、価格が大幅に上昇して、152円になった場合、2円にヒットするため、SCBが発動して10分間の停止になります。

SCBの興味深いところは、段階的な基準が設けられている点です。さきほど、2円という基準を説明しましたが、これは「通常時制限値幅」のケースであり、段階的にその制限幅を拡大する形がとられています。下記はJPXの資料の抜粋になりますが、サーキット・ブレーカー発動時の要件として、「通常時制限値幅」に加えて「拡大時制限値幅」が設けられており、「通常時制限値幅」は2円になりますが、拡大時制限値幅は3円になっています(国債先物市場については、サーキット・ブレーカー制度は2008年1月に導入されていますが、制度の変化についてはJPXの「国債先物・オプション取引の歩み」のP50)を参照してください。

例えば、先ほどのように昨日の終値が150円の場合、当日になり、148円になったら、SCBにヒットして10分停止します。その後、板寄せによって再開された後に制限値幅が3円に拡大し、次に価格が少し戻った後に再び先物価格が148円になった場合は、SCBにヒットしません。仮に、さらに1円下がった147円になった場合にSCBにヒットして10分停止すると制度になっています。これは一日複数回サーキット・ブレーカーが発動する場合、段階的にその制限幅を拡大しているということを意味しています。この例でいえば、147円にヒットしたら、その日はそれ以上下がらないということなので、一日の値幅の下限は(国債先物について)3円ということになります(ちなみに、東証及び大証のデリバティブ市場統合、および、2014年に導入された即時約定可能値幅の導入等を踏まえて、2014年から2段階方式(上下2円→上下3円)になっています。それ以前は3段階方式でした)。

(ちなみに、細かい話ですが、レギュラー・セッションの終了時刻から20分前以内の場合は、2円にヒットしても取引中断・値幅拡大は行いません(株のストップ高安と同じ状況)。6月の事例では、JGB先物では2円にヒットしましたが、取引の20分前以内でしたのでSCBは発動しませんでした。)

このサーキット・ブレーカーが長期国債先物市場において発動することは珍しいことですが、事例は複数存在します。国債先物で最初に発動されたケースは2008年4月ですが(Bloombergの記事などを参照)、例えば、量的質的緩和を初めて実施した2013年4月については、複数回(4月5日、4月8日など)発動しています(日経225先物についても金融危機時や東日本大震災の時などに発動しています)。発動履歴の詳細を知りたい読者はJPXの資料(「国債先物・オプション取引の歩み」のp50)を参照してください。

即時約定可能値幅制度(DCB, Dynamic Circuit Breaker)とは
このようにSCBは一日における価格の値幅に制限を設けるものですが、②即時約定可能値幅制度(DCB, Dynamic Circuit Breaker)とは、その瞬間瞬間の取引における価格の変動幅に制限を設ける制度です。前回の文章でも説明したとおり、長期国債先物についてDCBについては、10銭(ザラバ、クロージング・オークションの場合)の値幅制限がなされています(DCBの場合、30秒取引を一時中断することになります)。そのため、ある注文により一度に10銭以上動くことがあれば、DCBにひっかかり、DCB値幅の上限または下限の値段で30秒取引を止めることになります。

重要なことは短期間の間に大きく価格が動いたからといって、このDCBが直ちに発動するわけではないということです。仮に板に注文がしっかりと入っており、複数の売買により短時間で大幅にうごいたとしても、DCBが発動するわけではありません。DCBは一つの注文で値幅制限を超えた値段で約定する場合に一時中断するというの大きな特徴です(仮にDCBにヒットしても、その注文がDCB値幅の上下限にヒットするまでは約定が生じる点に注意してください)。

逆にいえば、DCBが発動するようなケースは、先物市場で(ベストビットとベストアスクが非常に離れているなど)流動性が枯渇しているタイミングや通常よりも相当大きい数量の注文が入ったケースであるということです。実際、前回の文章で、長期国債先物の大引け時の板寄せのタイミングで不成立になった理由として、先物の取引最終日で流動性が低いところで、最後に複数の大きな注文が入り、DCB値幅外で値段が対当してしまったことが大きな要因です(この不成立が起きたのは、6月13日であり、日銀の7年国債の指値オペの前であった点に注意してください。6月15日に実施された7年国債に対する指値オペの影響ではない点に注意してください。)。長期国債先物は最終日を迎える前に、現物受渡決済を避けるため、多くの投資家が反対売買をすることで次の限月に取引を移行していることから、最終日には流動性が低い傾向がある点に注意が必要です。ちなみに、流動性の高い長期国債先物においてDCBが発動すること自体は珍しいことではありますが、それなりに発生しています。例えば、2016年3月9日についてもDCBを発動しています。

国債先物におけるDCBが発動する場合に重要なのは、BBO仲値(ベストアスクとベストビットの仲値)を軸に価格の変化を考えるということです。このBBO仲値主義とも言える考え方は読者からすれば一見複雑に見えるかもしれません。しかし、そもそも売買がなかったとしても(板におけるビットとアスクが動くことで)取引できる価格は動きうるわけですから、仮に売買がなかったとしても、その時々で売買可能である適正価格は変化します。それゆえ、ある取引に伴う変化を考えるうえで、その時点で実勢を反映していない可能性がある売買価格ではなく、取引のタイミングのビットとアスクに立脚して、(取引に伴う)価格の変化を定義したほうが合理性があるように思われます。特に、低流動性銘柄(約定があまり発生しない)については、BBO仲値の方が市場の実勢価格を表していると解釈することもできます。ちなみに、6月13日に15時02年の板寄せが不成立になりましたが、この時も、BBO仲値からみて10銭以上動いたため、DCBが発動されることになったそうです。

一方で、日経225先物などは、DCB基準値段が直近約定値段(Last Price)のみになっています(下記を参照)。これは日経225先物などについても、以前は、BBO仲値に基づき、DCB基準価格を発動していたのですが、投資家の要望等をうけて、last priceに変更したようです。下記をみると、DCB基準値段がLast Priceのみとなっている場合と、Last Price又はBBO仲値になっている場合がある点に注意が必要です(国債先物についてはどれも「Last PriceまたはBBO仲値」となっています)。

ちなみに、大阪証券取引所は、2011年からナスダックOMXグループが開発したシステムを導入しており、それは「J-GATE(ジェイ・ゲート)」と呼ばれています。東証では2009年に新オプション取引システム「Tdex+(LIFFE CONNECTR)」を稼働し、2011年に先物取引システムを「Tdex+(LIFFE CONNECTR)」に統合しており、その後OSEで利用していたJ-GATEを導入しています。

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