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クオンタム・スパイダー読書 『法力とは何か~「今空海」という衝撃』老松克博著を読む 3.

『法力とは何か』
“〜〜繰り返しになるが、語りの理解にはユング心理学の枠組みを用いる。法力を探究しようとするなら、言葉の字面をなぞるのでは足りず、語りえぬものの象徴的な現れを捉えなければならない。ユング心理学は、個人に由来するあらゆる表現のなかに象徴を探し、深層における不可視の文脈を見出すことに長けている。~~
いきなり「象徴」といってもわかりにくいと思うので、今は次のことを知っておいてもらえばよい。個人の心は個人的な内容だけでできてはいない。深層に降りていけばいくほど、心は非個人的、超個人的な色彩を帯びてくる。誰もが共通に持って生まれてくる、さまざまな心的要素や活動パターンがつまっているのである。それらは言語以前のものであり、象徴によるのでなければ表現することも経験することもできない。宗教性にまつわるあれこれはそのような水準に属している。
象徴として見出される深層の文脈は、その語りに秘められている普遍的な意味合いを指し示す。本書で扱う法力は、X阿闍梨という一個人をめぐっての現象であるにはちがいないが、ユング心理学による理解は、その超個人的で普遍的な本質を照らし出す。
阿闍梨に会いにいく
〜〜〜
彼女が先に私から話すように促してくれたので、その言葉に甘えて、阿闍梨にいきなり行や法力に関する質問をした。詳細は割愛するが阿闍梨はていねいに答えてくれた。~~~
けれども、弘法大師像は異質だった。何の気なしに正面に立った瞬間、厨子の奥の漆黒に見える像から予期せぬ強烈な圧が来て、身が竦んだ。”

弘法大師様


わかっちゃいるけどやめられないことを、やめられるノウハウとその周辺知識が仏教のコアそのもの。神を信仰したりご利益をいただく宗教ではない。仏陀や仏陀を守護する神々を信仰するのは、自分が解脱する為。その自分自身からの解脱を妨げ、自分自身に意識を固着させる我を昇華消滅させる為の利他。指を鳴らすだけで宇宙を創造できる絶対神でも、完全解脱するには一修行一苦労いるのだ。神仏と一口に言うが全く位相の異なるものなのだ。信仰よりも仏陀の修行を成していれば自然に解脱して段階的に仏陀の世界に上がってゆく。言ってみれば修行体系と仏界から修行者を見守る仏陀そのものが対象なのだ。非常にわかりやすい。修行者「仏様どうかお助けください」仏陀「ちゃんと瞑想やヨーガからなる修行法やってるか?」修行者「難しいのでやっておりません。なにとぞお慈悲を」仏陀「そらあかんわ。やれゆうたことやらんと何も起こらんで。」という感じなのだから。


■画像はヤフー法力画像、好奇心画像、弘法大師画像より。


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