見出し画像

私鉄3.0を考える


みなさん、お待たせしました。「私鉄と決済」をテーマに更新してきた7月、4本目は、『私鉄3.0』の著者である東急電鉄執行役員の東浦亮典(とううら・りょうすけ)さんを迎えて対談します。「日本独自の私鉄事業モデル×交通系ICカードのデータ化」が描く未来とは?

ゲスト:東浦亮典

日本の私鉄モデルができた背景

引用:その翌年の1960年には経営におけるマーケティングの重要性を説いて世界に衝撃を与えた論文「マーケティング近視眼」を発表し脚光を浴びたんじゃ。この論文の中でレビット博士は、経営者が自社のマーケットを狭義に定義したことが多くの企業の衰退の原因だと喝破し、経営者にも、顧客の立場、つまりマーケティング的な視座から自社の事業を俯瞰的に見ることが重要だと説いたんじゃ。

東浦 マーケティングの古典で知られているセオドア・レビットは、事業ドメインをどう規定するかによって、事業の見え方は全然変わってくると言っています。アメリカにも鉄道はいっぱい走っているんだけど、鉄道業や交通業だと思った瞬間に、ほかの事業は目に入らなくなってしまう。

それが今はTOD(Transit Oriented Debelopment:公共交通志向型開発)が国際的な潮流になりました。TODという考え方は、あえてTOD と呼ばなくてもいいくらい日本の私鉄は自然にやってきたことで、その姿をヨーロッパやアメリカ、アジアは見てきた。公共交通施策と一体になったパッケージのことをTODと呼ぶようになって、日本に逆輸入されたのが今なんです。

五味 そのTODの原型は、阪急の小林一三(こばやし・いちぞう)さんがつくったと言われている、日本の私鉄独自のモデルですよね。日本には、同じモデルの私鉄がいくつかありますが、TODがここまで完成した理由をどう考えていますか?

東浦 それは歴史をひも解くと見えてきます。日本で鉄道業を民間がやれることになった時、鉄道業が何たるかを知らなくても、先に敷地を持って、免許を申請して、お金がある人は鉄道を敷き、ない人は免許だけを売るような状況が広まったんです。

ただし、経済成長がない時に鉄道を敷いても、乗車する人はいないし、全国に薄く広く人が住んでいる状態だと移動も起きません。経済が成長して、農民が集まってきて、都市ができた時に、初めて移動が起きて、商売ができそうだという状況が生まれてくるからなんです。

五味 それが今の状況なんですね。

東浦 特に、関西は梅田駅から郊外に人が住んでいない野っ原でした。土地の買収はやりやすかっただろうけど、乗客はいないから、需要創造をしなくちゃいけない。そこで小林さんは、住宅をつくろうとか、ターミナルに百貨店を建てようとか、宝塚を始めたりした。郊外にレジャー、都心にビジネスか遊興のエリア、そしてその間にある駅の近隣に人は住んで、平日と週末で、どちらかに移動するようになりました。

電子決済が生む新しい利便性

引用:僕は一日乗車券を買っていたので、地下鉄にもスイスイ乗れて、トラムにも気まぐれに乗って、どこか行きたいところに気ままに移動することができました。改札がないだけで、こんな素晴らしいユーザー体験になるのだな、と感心しました。

五味 鉄道業は自ら需要を喚起できないというような内容が、東浦さんの本に書いてありました。鉄道業だからこそ、需要喚起をするために百貨店をつくるようなことがモデルとしてあるのかなと思ったんです。そこで具体的に、私鉄3.0の3.0の部分を話していきたいと思っています。

東浦 1.0は20世紀のモデル、2.0は今実現しようとしているリアルで、3.0は私自身の妄想なんです。ただし、妄想といっても、かなり確信に近い。例えば、ヨーロッパには改札がない駅が結構あります。普段は普通に乗車してくれていいんだけど、たまに抜き打ち検査をするという駅です。

日本には改札や駅員がいるじゃないですか。そこを駅の出入りのためだけに使っているのは、都市部の駅を商業空間として考えた場合に、もったいない。改札という機能をなくしてしまえば、そこで新しく商売ができるようになるからです。今も駅ナカや高架下に土地を見つけて商売しているんですが、それをやり尽くしたとしても、改札をなくしたところにカフェやショップをつくることができます。

五味 実現すると、改札を入った後でまだ時間があることに気づいた時、カフェに入る人も出てきそうですね。

東浦 そうですよね。その時に、Suicaのような電子決済を持っていたら、駅を通過したことや駅に滞在していることがデータとして残ります。鉄道業をやっていない人たちなら、そういうデータを活用することが思いつくんだけど、これまでやってきた人たちには、「駅には改札っていうものが当然ある」という固定観念があって思いつかないんです。

東急は観光路線を持っていなくて、ビジネス路線のみなので、ネットワーク化されていて、面的に捉えやすく、ビジネスをしやすいんです。

五味 それこそ、電子決済が利用されていくと最適化されたサービスがユーザーに届きやすくなりそうですね。

東浦 もちろん。よく僕たちは、「ひとつの東急」と言っています。その解釈のひとつとして、データを中心にグループ全体でお客様との関係を共有して、鉄道利用時も、百貨店利用時も、お客様自身に連携したデータを提供していくということがあります。

僕はよく、代官山に住んでいる親しいお客様から、こう言われるんです。「毎年、どれだけ東急百貨店にお金を使っていると思う?」って。それは、中元や歳暮を送る際、「どちら様ですか?」「お名前をお書きください」と聞かれて、面倒臭いという意味なんです。

五味 そのエピソードを聞いて、南紀白浜で取り組まれている顔認証の実証実験を思い出しました。白浜という観光地全域に顔認証システムを敷いて、ホテルや交通機関の利用を手ぶらで顔パスできるようにすることが試されているらしくて。既に技術は追いついているんですよね。

東浦 そうですね。技術の進歩に合わせて、鉄道空間の使い方も変えていっていいと思っています。

成功モデルを捉え直すメリット

引用:コミュニティバスは、ある程度以上の人口稠密地域では高齢化する住民の利便性向上に大きな役割を果たすだろう。しかし、過疎地域の公共交通手段としてどうかと言えば、私は悲観的である。/逆に言えば、ここは知恵の出しどころだとも言える。真の意味で過疎地域にとって便利な公共交通機関を案出することができたなら、それは大きなビジネスチャンスになることは間違いない。

五味 そうなってくると、東浦さんが考えていらっしゃる、渋谷のような東急経済圏ではどういう体験ができるようになるとベストなのでしょう?

ここから先は

2,626字

¥ 400

いつも読んでくださりありがとうございます!サポートは、お勉強代として活用させていただいております。