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ただ楽しく小説を書くよ

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絵師様による一枚絵に物語をつけたり、気のおもむくままに創作したもの。楽しくなったり嫌な気持ちになったりするよ。
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【連載小説】葉桜なら散らない(おまけ)

DAY6、4/22(月)  パァン。  すう、と息を吸って、つくはため息。唐沢くんは水やりを再開した。 「何で?」  川添さんの疑問は至極真っ当なもの。何しろもう二人の水やりの期間は終わったはずなのだから。 「いや、だから別に僕だけでいいんだけど」  本来菊田くんを含む次の二人が当番なのだが、二人とも大事な試合前だからとか何とか。とにかく再びパンジーと向き合う。雨上がり。川添さんは花壇を縁取るレンガの上で、ローファーの靴の踵を払っている。 「……私のせいになるのかな」  唐

【連載小説】葉桜なら散らない(5/5)裏

DAY5、4/19(金)裏  ガンっと音がした。荷物の入ったバッグは肩から滑り落ちると同時に、ソファでくつろいでいた飼い猫を追いやった。 「ちょっと! もうちょっと丁寧に扱ってよ!」  上げる目が自然キツくなる。けれど一方的にクレームを投げつけただけで、本人すぐ様自身の足首に注意が戻ってしまったため、弟によるささいな反抗は形を成さずに終わる。 「女の子はね、荷物が多いの。電化製品イカれたら洒落になんないでしょ」  おろした拍子にぐいと開いたファスナー。そこからピンクのコテが

【連載小説】葉桜なら散らない(5/5)

#男女の友情 #理想と現実 #高校生 #おかめなガラシャ #小説 #連載小説 3/18〜3/22、全5回(裏合わせて7回)+おまけ掲載。計10000字(←すいません、増えました) DAY5、4/19(金) 「エア彼氏やめよう」  これまた唐突な宣言に、唐沢くんは目を丸くした。実際エアなんとかが了承もないままバックグラウンドで機能していたかどうかすら危ういところではあるが、言い出した本人からしたら、いらん容量食うものはアンインストールしておくに越したことはなかった。 「ウ

【連載小説】葉桜なら散らない(4/5)

#男女の友情 #理想と現実 #高校生 #おかめなガラシャ #小説 #連載小説 3/18〜3/22、全5回(裏合わせて7回)+おまけ掲載。計10000字(←すいません、増えました) DAY4、4/18(木) 「ごめん」と言った。  唐沢くんは用があるため今日は水やりできないという。30分程度の行事を省くなんて余程のことなのだろう。ただなんだかんだ言いながら結局ほとんど唐沢くんが水やりをやっていて、川添さんがやっていたことと言えば、ホースの巻き取りと、無味な時間にBGMを添

【連載小説】葉桜なら散らない(3/5)

#男女の友情 #理想と現実 #高校生 #おかめなガラシャ #小説 #連載小説 3/18〜3/22、全5回(裏合わせて7回)掲載。計7500字。 DAY3、4/17(水) 「好きなの? あの人」  反射的に振り向くと、思ったより近くに川添さんがいて、唐沢くんはのけぞった。ついでに2歩離れる。川添さんは表情を変えることなくまっすぐ唐沢くんを見つめている。その様子は些細な感情の動きさえ見逃すまいとするかのようだった。だから「え」と、続く言葉の前に挟んだ音、その戸惑いまでも敏感

【連載小説】葉桜なら散らない(2/5)裏

DAY 2、4/16(火)裏  分からなくはなかった。  初めてのやり取りはプリントを後ろに回す行為。初回は普通に振り向いて渡した。けれどその時、川添さんの後ろの席にいるクラスメイトから嫌な気配を感じて、以降肩越しに回すようになった。いつだったか川添さんが受け取る気配がなかったために「ん」と用紙を揺らしたことがある。 「それから唐沢くんのこと、影で『ん』って呼んでた」  自分で言って自分で笑う。どうやら自給自足というのは食材に限った話ではないらしい。  唐沢と川添。カ行で続

【連載小説】葉桜なら散らない(2/5)

#男女の友情 #理想と現実 #高校生 #おかめなガラシャ #小説 #連載小説 3/18〜3/22、全5回掲載。計7500字。 DAY2、4/16(火) 「あの、先日お話しした件、考えてもらえましたか?」  滑り倒したトラウマから口調が一変した川添さんは、ホースを引き出す唐沢くんに恐る恐るお伺いを立てる。  パァン。  強制的に外に意識を向けさせる強い音。そのせいで後に続く演奏に自然耳が行くようになるのかもしれない。  ため息ひとつ、唐沢くんは「何で僕なの」と聞いた。ひと

【連載小説】葉桜なら散らない(1/5)

#男女の友情 #理想と現実 #高校生 #おかめなガラシャ #小説 #連載小説 3/18〜3/22、全5回掲載。計7500字。 DAY1、4/15(月) 「エア彼氏になって」  パァンという音がした。音源は陸上部。短距離走の合図。  敷地の前に立ち並ぶ桜に緑が目立ち始める頃、高校2年生に進級して3週目。南側に位置する特別教室を擁する校舎、その校舎に沿うように設置された花壇の水やりは2年生が担当する。週単位で放課後一回30分。今週は唐沢くんと川添さんの番だった。  仁王立ち

インスピのべる(NAOさん、ファッションイラストより)【3000字短編小説】

「いや、君みたいな子が爆弾とか物騒なもん作ってるんだろうなと思って」  まさかケガ人をいたわるための空間で投げかけられたその言葉こそ物騒以外の何ものでもなかったが、クラス分のイチの、しかも真ん中にこずんでいるような自分に向けられた視線は、どこか新鮮だった。  薬品の香りが満ちている。  清潔さを主張する白に囲まれた保健室に、隅へ隅へと追いやられていく喫煙所をホームとしているこの学年主任は似合わない。だからそんなヤツから出る言葉も、ここに似合わなくて当然なのかもしれない。 「

インスピのべる(猫野サラさん『くるくるヘアでこんにちは』より)【3000字短編小説】

1枚絵から物語をつくる企画「インスピのべる」今回は猫野さんの作品を拝借します。ちなみに猫野さんの作品をお借りすること自体、初めてではなく、ただののべる「一緒に帰ろう」でも使わせていただいています。お世話になっています(低頭) それでは。 『くるくるヘアでこんにちは』 「やっほ、元気?」  座っている目の端をかすめた毛先。その見慣れない色味に、思い当たる人間関係は持たない。人違いだと思って顔を上げるが、そこにあったのは予想外に見慣れた笑顔だった。 「ゆかり?」  愛らし

ただのバレンタイン【3000字短編小説】

【警告及び非推奨:パソコン仕事、作業、その他目を酷使する機会の多い方。バレンタインをハッピーなイベントとしてカウントしている方】  百貨店のエスカレーター、側面の鏡に一際分厚い上着を着込んだ女性が映った。前後に並ぶ親子連れ、彼女たちのまとう色は桃色やライトグリーン。  立春を過ぎてはや一週間。寒いイメージの残る二月は、でも暦の上ではきちんと春に分類されるのだと、ハッとして気づく。  分厚い上着を着込んだ女性は自分自身。まだ冷える朝晩の出勤時にのみ着用していたダウンは、いつの

インスピのべる(もちだみわさん『きみの、となりに』より)【2000字短編小説】

 一度聞いてみたかったのは、絵を一枚、描き上げるまでの時間。私は2000字分量の作品のみなら、サイトにアップするまで約2時間。そして実際読まれる時間は1分そこそこ。これを基準としたとき、その時間は見合っているか。  これは絵師様へのリスペクトである。  私自身、高校を卒業するまで漫画を描いていた。文章のみに切り替えたのは、SNS経由の、効率を追及した結果。そう言えば聞こえはいいが、要は「私に絵は描けない」と見切りをつけたが故の、落ちこぼれの戯言に過ぎない。だから見上げる。

ただののべる『一緒に帰ろう』【2000字短編小説】

「いつまでそんな所にいるつもりだい? ベイビー」 「うるさいわね長い顔。怠惰な生活にまたいくらか伸びたんじゃない?」 「So cool! 真冬の寒さもびっくりなアイスジョークだ。今の時代、野郎でも小顔がウケるらしいからな。全く、世の中分かってないゼ」 「何がSo coolよ。使い方絶対間違ってるから。あたしは好きでここにいるの。追い出されたみたいな言い方しないで」 「Oh‥‥‥ベイビー、だって現に震えているじゃないか。空調完備の空間じゃなきゃ、もはや我々は生きていけないんだゼ

ただののべる『カスタムメイド』【2000字短編小説】

〈大丈夫、怖くないよ〉  あおいちゃんの指はいつもやさしい。化粧を落とす時、化粧水を伸ばす時、乳液をつけて、手のひらで頬を包む時。 「こうすると身体が大切にされてるって分かるの。そうすると幸福感に、肌はもっと背伸びをしようとする」  まるでもっと褒めてほしいと目をキラキラさせるかのように。  もっと自分はできるんだよと頑張ってみせるかのように。  あおいちゃんの指はとても気持ちがいい。  次にするべき動作を分かってる。迷いがない。乾燥しがちな私の肌に、当然のように美容液の