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やっぱりあなただった、1【feat.メガネくん】



 いつもと同じ。持ち物はラケットとタオルと水筒。違うのは一つだけ。ポケットに忍ばせた、形なくとも香るもの。

「分かる」というのは深度がある。最も浅いのはただ言葉の意味が「分かる」。次にやってみて、触れてみて「分かる」。そうして最も深いのは、情報として既に持っていたものとぶつかる衝撃で、一気に理解に至る「分かる」。浅瀬から順に「他人事」「真似事」「自分事」
 仮に理解することを愛することとした時、愛は執着に等しいとした時、外にあったはずのものが突如内側に入り込む。自分事となれば「それ」は容易に離れない。その人を形成する一部根幹を担うようになる。つまりはそのことに対して責任を負うようになる。

 思い出したのはつい最近、i野コーチとやったボレーボレー。基本出力のため、私のボレーは当たり厚めで設定している。コーチは「ゆっくり」と言った。回転量の調整。当たりを薄く。元々回転をかけようとする時、ラケットをこねてしまうクセがあるため、ただでさえ安定しない弾道がさらに不安定になる。もちろんだったらそこから見直せという話だが、そもそもこの時コーチが要求したのは、何もボレーに限った話ではなく。


 久しぶりにメガネくんのいる時間帯に顔を出した。実に9ヶ月ぶり。
 このクラスも受け持つi野コーチは、知ってか知らずか「同じ人と繰り返し打つことになると思うけど」とラリーを割り振った。メガネくんとは当たらなかった。またちょっとだけコーチを恨んだ。
 でもだからと言って、じゃあどうしても打ちたかったかというとそうでもなかった。それは以前のように「打たなくても代わりに外から見て、その人が今どこにいるのか、その輪郭を把握することで次の機会に備える」の類ではなく、この日相手に合わせることに重きを置いてラリーしていたために、直接打たずとも何となくやりとりの想像ができたためだ(安定のキモさ)

「相手に合わせることに重きを置くラリー」というのは以前もやっている。以前は「7割」のキャッチと称した。初級に向かうにあたって、まず大事になるのは仲間として受け入れられること。ラケットの試打目的で行ったクラス。誰も目を合わせず立ち去ったコート。その温度差をならすために考えたのが、セルフ呪霊錠(幽遊白書の「アンテ」で解除できるアレ)


 ひとつ、最高スイング速度が115を超えてはいけない(アベレージ125)
 ひとつ、決め球を打ってはいけない。陣形を崩すことに注力する。
 ひとつ、ネットからラケット2本分以上の高さに打ち上げてはいけない。


 制限をかけることで集中力を高める。一人だけ速さが違ったら浮くことも、これなら同じラインでの心拍数を刻める気がした。
 一方で心拍数。問題は「それでできるようになった気になる」こと。以前も少し話したが、同じ中級と名がついてもピンキリで、今いるクラスは比較的上位に当たる。例えば温度差をならそうとした結果、別の場所で温度差が生じるようになる可能性があった場合、定期的に触れておくというのは重要だと思った。


「相手に合わせることに重きを置くラリー」
 実は以前した7割の話と今回のものは、似て非なる。
 7割はあくまで「己が」出力の話。香るは強い自我。そうじゃない。ここでようやく出てくるのが冒頭の「ゆっくり」。これが正面からぶつかったのが初めて中上級の見学に行った時言われたこと。


〈2年かかってやっとここまでスピードを落とせた所〉


 あの時、担当コーチは我慢させることを「かせ」と言った。足枷の「かせ」だ。
 ゾッとしたのは、その時書き残した文面。その前の行、「今はネットの上を通す高さを制限してラリーの練習をしている」と記されている。セルフ呪霊錠は自分に不足しているものを補うため、自ら考えたつもりだった。けれど漠然と設定した「ラケット2本分」という高さ自体、この時耳にしたものに違いなく、情報として既に持っていた上、無意識に沿っていた。
 答え合わせ。ぴたりとハマったのはその人たちのやっていたこと。初級に向かうためにやろうとしていることは、実は中上級の人たちがやっていることでもあった。詰まるところ、線引きなんてあってないようなものなのかもしれない。このことについても解答はあった。


〈中級と中上級の違いはね、ほとんどないよ。ただ、ここにいる人たちは毎週試合に出ていて、単に打ち合うんじゃなくて、視野を広げたテニスを教えてる〉


 視野を広げるために必要となるのは余裕。確実に狙ったところに打てる技術。ラリーを嫌がらないメンタル。


〈技術というよりは精神論かな?〉


 いろんな球種がある。速さがある。クセがある。そんな打球を、確実に捕まえて、狙ったところにきちんと返す。そのこと自体「7割」とは限らない。大事なのは「こちらの」力加減ではない。相手に合わせて割合を変える力。柔軟性。個を消した適応力。ここで連想するのは、ついこの間出くわした無色の男性。上手いはずなのにリズムが合う。上手いはずなのに続く。ギアの調整。事実、別の人と打つ時、速い打球には速い打球で対応していた。適応する力。だから本人は至って無色。







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