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インスピのべる(NAOさん、ファッションイラストより)【3000字短編小説】



「いや、君みたいな子が爆弾とか物騒なもん作ってるんだろうなと思って」
 まさかケガ人をいたわるための空間で投げかけられたその言葉こそ物騒以外の何ものでもなかったが、クラス分のイチの、しかも真ん中にこずんでいるような自分に向けられた視線は、どこか新鮮だった。

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 薬品の香りが満ちている。
 清潔さを主張する白に囲まれた保健室に、隅へ隅へと追いやられていく喫煙所をホームとしているこの学年主任は似合わない。だからそんなヤツから出る言葉も、ここに似合わなくて当然なのかもしれない。
「仮病か? ぶってんなよ。丸わかりだよ」
 言いながら奥の純白のベッドに腰を下ろす。
 赤。教師は見る角度によってはイチゴのようなグラデーションをしたチューリップを無造作に置くと、その内一本を手に取った。
「……何してんすか?」
「ん? キレイだろ? 白と言ったら赤だ。刑事ドラマの見過ぎじゃないぞ?」
 誰も白に赤というだけで事件と関連づけたりしない。その発想こそ刑事ドラマの見過ぎだった。
「キレイだろ? 世の中には、ベッドにバラをばら撒いて女性をもてなす儀式も存在するぐらいだからな。分かるか?」
 そんな事言われても、分かるのは「それ自体はきっと儀式とは呼ばないこと」「この人自身、されたことがないのだろう」ということくらいだった。
「残酷っすね」
 普段思っても言い出せない「つまらない」という一言。それが形を変えて口からこぼれた。少しだけ気持ちが良かった。
「ザンコク、とは?」
「いや、まだキレイじゃないっすか、ソレ」
 教師の手元をあごで指す。
 必要なものを揃えた環境下でなら、もっと咲き続けられたであろうその未来を切り取る。それは残酷以外の何ものでもなかった。
 教師は手にした花を眺めると「ふぅん」と言った。「つまらない」と言うのと似たようなトーンだった。
「一番キレイな時だからコイツはリボンを巻かれたんだよ?」
「それは人間の勝手ですよね?」
「まぁ育てるのも人間、切って商品にするのも人間だからな」
 何となく「お前、豚食わねぇの?」と言われた気がした。
 キレイゴト。何をした所で偽善、詭弁。どこまで行こうと自分達も畜生が内。
「それにな『まだイケるまだイケる』と思っている内に、気づいたら『もうダメだ』になってることもあるんだぞ。そこのライン読み違えると、エラいことになるからな。お前責任取れんの?」
 何故か聞いてはいけないことを聞いた気がして、聞かなかったことにする。
 ため息一つ「何の用すか?」と聞くと、教師はメガネのレンズを通さない角度で見上げ、その口元に笑みを浮かべた。
 それは心に傷を負った時、寄り添うようにして向ける眼差し。幼少期に見た、母親のものに似ていた。


 ただ退屈だった。
 平和と言えば聞こえはいい。でもただの退屈は、単体であればただの退屈で済むが、幾つもが積み重なると圧死を予感させる程の力を持つ。
 そんな不安に逆らう方法が「ハマるものを見つけること」であったり「自分ではない誰かをいたぶること」であったり。だから裏を返せば何かに自分を明け渡すことができれば圧死の不安から逃れられる。そんな「何か」が自分にはなかった。
「家庭環境良好、勉学もそこそこ、週末には友人と遊びに出かけることが多いと聞いているよ。何の目の付け所もない、そんな君が」
「そんな君」だからだよ。
「どうしてそんな昏い目をしているんだい?」


 カーテンが揺れた。
 保健医は分かっていてここまで解放した状態で席を外したのだろうか。だとしたら気の、触れたヤツがこの棚にある薬片っ端から飲んで自殺とか測っても、管理不行き届きに何の言い逃れもできない。
「いんや、個人情報の入ったデスクは鍵がかかってるし、薬品棚もそうだ。それにここにある程度の内服量じゃ死ねないだろうし」
 いや、誰のせいでそんなこと考えたと思ってるんだよ。
 言ってる本人こそ、本来病人のためのベッドに花を広げて好き勝手しているのだ。にも関わらず、張本人に間違いを指摘されること程、頭にくることもない。
「つまんねぇんだよ」
 思わずフィルターが外れてしまった。思ったままの音が出る。
 こっちの方がずっと気持ち良かった。
「分かってんだよ。SNSで悪口言われてることぐらい。誰だってどうしたらその場を気持ち良く乗り切れるかしか考えてねぇ。いろんなアカウント使って、大事なのはいかに上手く立ち回れるか」
 ネットサーフィンなんて楽しそうなものじゃない。
 こちとらネットで綱渡りだ。毎日毎日。
「もううんざりなんだよ。全身真っ黒にして走り回ってる野球部とか、声聞くだけで吐き気がする」
 投球時、グッと寄る肩甲骨。
 スマホをいじる時、グッと丸くなる背中。
「そうか。君達の世界は狭いのか」
 タバコの煙を吐くようにして後ろ手をつくと、教師は教師のくせにベッドで片膝を上げた。白いスニーカー。それは指先のマニキュア、上半身の社会人、大人としての顔との対比で、やけに目についた。

「嫌なことがあった時はな、少年」
 組んだ方の足の先をブラブラさせる。教師はどこか遠くを見ながら言った。
「走るんだよ」
「は?」
 反射で声が出た。気に留めることなく教師は続けた。
「やることなくて退屈しててもな、走るんだよ」
 その目がこっちを向く。
「いいか、頭でっかちになっちゃあいけない。君達はきっと優秀だ。画面を通じて、私達なんかよりずっと早く欲しい情報にたどり着ける。興味のある分野には殊更詳しい。でもだからと言って君自身が大きい生き物だと勘違いしちゃあいけない」
 批判の並ぶコメント欄。切り取った一言に尾ヒレがついて回るニュース。
「やることないならとにかく走る。道具も技術もいらない。やる気だけあればできることだ。そうすればその先でやりたいことが見つかった時、すぐ様動ける。余分な肉もつかない。今晩のスイーツのカロリーに対する罪悪感も半減する。良いことずくめだ」
 もしかしたらこの人は俺を通じて自己肯定がしたいだけかもしれない。そう思わずにはいられない程の私情のねじ込み方をしてくる。
 でも一方で、だからこそこうして聞いていられるのかもしれないとも思う。
「なぁ」
 白いスニーカー。光を反射する。
 まだ昼にも満たない時間。カーテンの向こうに広がる青空。
「ムリに大志なんて抱かなくていい。だから希望くらいは捨てないでやってくれよ」
 まだ若いんだから、そう言うと教師は立ち上がった。
 手にしていたチューリップを座っていた所に置く。
「いい天気だなぁ。今日は風が気持ちよさそうだ」
 そうしてジャケットを担いで大きく伸びをする。
「じゃあな、少年」
 そうして俺の肩に手を置くと、そのまま入り口に向かった。
「先生は」
 ベッドに置かれたチューリップ。
「1日何キロくらい走るんすか?」
 背中越し、少しだけ笑った気がした。
「3キロくらいかなぁ」
 あげる、ソレと言い残して出ていく。

 先生のいなくなった空間は凪。それは今まで自分が見ていた、ただの退屈そのもの。
 でも
「……片付けてけよ」
 集めるチューリップ。悪態と共にその色が灯る。それは確かに血の色に似ていた。これから全身に酸素を届ける、能動的に動く方の。

「3キロか」
 決してラクじゃない。でも頑張ればできる程度の目標ではある。
 大きく伸びをする。久しぶりに腕が鳴った。


 








イラスト本家:https://note.com/japan_nao/n/n4326c1091c94


【そもそもインスピのべるってなんぞやという方へ↓↓↓】



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