朝、顔を洗っているとき、何となく違和感があった。突っ張るような、むくんだような、そんな感覚だった。
 ――やっぱり、昨夜は飲み過ぎたかな。
 夕食はいつも、近所の小料理屋で摂る。最初はOLらしく、ビールの小瓶一本を汁物代わりに飲んでいたのが、いつの間にか、中瓶を二本は空けないと、よく寝付けなくなった。昨日は寒かったので、それに加えてお銚子を一本。三十を間近にした女が、もう立派な親父並みの酒飲みになったかと思うと、何だか情けない気もする。
 顔を拭いて、鏡を見直してみると、額の生え際の辺りに、五ミリ四方ぐらい、皮の剥けたところがあった。
 はがれた皮は、ぴん、と突っ立っている。
 昔から悪い癖があって、かさぶたとか逆むけなどがあると、指で剥いてみないと気が済まない。たとえ血が出ても、痛くても。この皮も、剥いたら血が出るかな、と思いながらも、つい、指でつまんで、剥がしてみた。
 ずるり、という感触と共に、顔の皮全体が、一気に剥がれてしまった。パックを剥がしたときのように、目鼻と口のところに穴が空いた皮を手にして、これは大変なことになった、と思った。
 急いで鏡を見ると、そこに、別人の顔があった。
 四十代ぐらいだろうか、疲れ切って、すり切れたような中年女の顔が、自分の首の上に乗っかっている。
 ――そうか。
 肌年齢、などと言うが、これが現実の、実際の自分を表わしている顔なのか。七年の会社勤めは、その素顔を中年女にするほどのものだったのか。
 それならそれで、仕方がない。医者に相談しようにも、何科へ行けばいいか分からないし、遅刻しようにも理由は説明できない。『顔が替わったので』? まさかね。
 さし当たっての問題は、今日、会社へ着ていく服だ。
 都合の悪いことに、原色系の服が好きなもので、この顔に合うスーツがない。次々に、鏡の前で当ててみても、派手好きなおばさんになってしまって、気持ちが悪い。ようやく、クローゼットの奥から、灰色の上下を見つけ出した。

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早見慎司

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早見慎司

奇談小説家、映像ライターです。
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