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K先生のこと

先日、クラリネットの師匠にお別れのご挨拶をしてきた。12年間、ほぼ毎月のようにレッスンをつけて下さった先生である。

初めてお目にかかった時、先生は海外のオーケストラや歌劇場で永年奏者として活躍されて、日本に帰国されたばかりであった。そういう経歴はコンサートのプログラム等で見ることはあったが、そういう人と直接お話させて頂くのも、間近で音を聴かせて頂くのも、自分の音を聴いて頂くのも、初めての経験だった。大変緊張した。

先ず、先生の音の大きさに度肝を抜かれた。初めの頃、私の吹いたフォルテはメゾピアノだと言われた。息が入っていない、息をケチるな、もっといっぱい吸え、吸った息は吐ききれ…最初の頃言われたのは全て“息"の話であった。
深い呼吸ばかりしていたお陰で、レッスンの度にクタクタになった。
最初は深く吸う事がなかなか出来なかったが、今は何故その頃出来なかったのか、よくわからない。自然と出来るようになった。

最初は、私の音はクラリネットの音ではない、汚い音だ、とも言われた。大変ショックだった。
リード(振動媒体)の選び方、セッティングの仕方、マウスピースの選び方と咥え方、楽器等のハード面の知識も、姿勢も数え切れないほどの知識を授けて下さった。それまで素人の思い込みで、間違った知識を山ほど身につけてしまっていた私は、先ずそれを剥がすのに苦労した。
先生は根気強く、不器用で覚えの遅い私に付き合って下さった。きっと気が遠くなるような思いをされた事だろう。

消え入るようなピアニシモ、重音(複数の音を同時に鳴らす奏法)、スラップタンギング(パチンと弾けるような音のするタンギング)、数多の超絶技巧…先生には不可能はないのかな、と何度も思った。
現代音楽等で、最低音より低い音が楽譜に表記してあっても、作曲者に対して出来ません、と言わずご自分で工夫して(最低音の音程を口の中等の形を変える事によって)音を出しておられたのにはびっくりした。「クラリネットの事を知らない作曲者の作った曲でも、意図するところを可能な限り表現するのが僕らの役割なので、出来る限りの事はする」と仰っていた。

これだけ長い時間を共にさせて頂いたので、お互いの家族の話も沢山した。初めてお目にかかった時独身だった先生は、大変素敵な奥様とご結婚され、今や3人のお子様のパパである。
ご結婚の時も、初めてのお子さんが産まれた時も、色んなお話を聞かせて頂いた。“あるある”話で盛り上がった事も一度や二度ではない。楽器が関係なければ、私も対等にお話出来た。先生は飄々としたところがあり、物事の割り切り方が半端ではないので、子育てに向いておられると思う。
お子さん達は皆とても可愛い。パパの事が大好きなようだ。

私が今クラリネットを吹く事を楽しめているのは、ひとえに先生のおかげである。私の転居でご自宅が遠くなってしまったので、残念ではあるが、お近くに転居するまで一旦辞めさせて頂く事にした。
最後のレッスンでは、一人でする練習に於いて気をつけるべきポイントを沢山伝授して下さった。

奥様にもご挨拶して、可愛らしい末っ子ちゃんに手を振ってもらって、先生宅をあとにした。

K先生、長い間、本当に有難うございました。
またお目にかかれる日を心待ちにしております。



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