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卒業生へ

振り返って

今日3月18日、多くの学校で卒業式が行われている。式に出ないことを決めた生徒もいるが、それもいい判断だ。私も成人式には出なかった。

この3年間、もしくは6年間を振り返り、どのような経験をしてきただろう。私も少し振り返ってみたくなった。

ある不登校の生徒が、こう語ってくれたことがある。

「僕ね、恋をしたことがないんだ」

彼は、小学校低学年から学校に行っていない。そんな経験をしてきた。

ただ、はじまりはいつも尊い、と私は思う。これから初めての恋をするのだ。

「禅の究極は到達ではなく、はじまりである」

ジョブズを指導した鈴木俊隆禅師は、そう教える。ちなみに彼は、隣町の静岡県森町、蔵雲院で初めて住職をつとめた僧侶だ。

経営学の神ドラッカーはこう語っている。

「計画とはリスクを創造し、リスクを受け入れることだ」

リスクを生み出す計画。どんなものだろうか。

「あいつ、LINE交換してくれるかな」
「卒業式が終わったら、彼女に告白しようと思っている」

こうしたものも、その一つだろう。

はじまりに帰還する。
見知らぬなにかが始まる。そのための計画である。

commencement(コメンスメント)


英語では卒業式のことをcommencement (コメンスメント)と言うけれど、この単語には「はじまり」という意味もある。究極の学問と言われる易経の最後には、火水未済という卦がくる。創業の卦とも言われる始まりを意味する卦が、最後を飾る。

はじまりは究極であり、究極ははじまりなのだ。

「私があの子供たちの年齢のときには、ラファエロと同じように素描できた」
「けれども、あの子供たちのように描くために、私は一生を費やした」

パブロ・ピカソ

彫刻の森美術館 常設ピカソ展より

子供のように純粋に描く。はじめて絵を描くように。

誤解されているが、重要なのは到達ではないのだ。

A.アドラーは、すべての精神の病の源泉を「優劣」に帰している。優れていようが劣っていようが、優劣は必ず格差をはらんでしまう。他者を愚弄するか、自らを蔑む。到達は常に汚れているのだ。

『ルビンのツボ』を著した斎藤亜矢は、次のように語ってくれた。

恐怖は美と関係している。

『ルビンのツボ』斎藤亜矢

爬虫類にしろ、森の夜にしろ、恐ろしいものは美しい。

彼女は、恐怖と不安は違うとも述べた。

人間の場合はさらに、(動物と違い)想像力を手に入れたことで、未来におこりうるよくない出来事を予想し、さきまわりの恐怖を感じるようになった。『不安』だ。

『ルビンのツボ』斎藤亜矢

織田信長に美を感じるのも、彼に底知れぬ恐ろしさがあるからだろう。

あまり知られていないが、信長は九十戦し、十九回敗北している。戦国最強と言われた上杉謙信は、七十戦中二敗。信長は相当負けている。

彼は逃げるのが上手かった。致命傷を負う前に逃げ、力をつけ再戦し最終的には勝利を収めた。だから天下統一目前まで進んだのだ。

彼は不安でなく、実践から学んだ。死と対峙し、恐怖と向き合う武将だった。それが美しかった。

不安を回避するか、恐怖と向き合うか


不安を回避するか、恐怖と向き合うか。
机上で作る計画が前者、実践で作り直し続ける計画が後者だ。

ならばいかに恐怖と向き合い、美しくあるかと言えば、信長のように上手く逃げればいい。

新時代を牽引する起業理論、エフェクチュエーションでも同じだ。「いくら稼げるか」ではなく、「いくら損してもかまわないか」を重視する。

信長流に言えば、「どこまでやられたら素早く撤退するか」を決めるのだ。これを繰り返すと負け方が上手くなる。最終的に勝てるのだ。

ADHDの人間はスポーツ選手と起業家に適性がある。彼らは当初社会の爪弾きものでしかないのだが、後に起業家として恐るべき出世を果たすことがある。

「上手く負けられるようになったとき」なのである。彼らが勝ち出すのは。

「どこまで負けられるか」を知ること。それは「自分とは誰か」を見つめることでもある。

あなたは、なにを失って良いと考えるか。
どこまで損をしても構わないと思うか。
なにで負けて良いと感じるか。

犠牲を中心に自らを捉え直していただきたい。

それが「恐怖と向き合う計画」となる。敗北を覚悟すれば実践に向き合える。死をかけた戦いが美しさを生むのだ。

少し前、生徒らに恐怖と不安について尋ねてみた。

「不安には美学を感じない」
「不安は悲しい」

不安の時代に、我らは活力を失ってしまった。美しくなく、ただ悲しいからであろう。勝利を軸にすると、不安に取り憑かれてしまうのだ。

恐怖に対峙するか、不安を避けようとするか。

権威にあぐらをかくのではなく、恐怖にぞくぞくする方がいい。不安ではなく、美しさを感じるために。

「想定の範囲内だ」

そうではない。

想定外を知るために、上手く負けるのだ。
敗北を中心に人生を再構成する。

我らが、自らの人生を自らの手で切り拓くために。実存的に生きるために。

今いる人も、辞めてった人も、いつでも遊びにきてね❣️

卒業おめでとう。

学習塾omiiko 代表 松井勇人

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