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合作小説「きっと、天使なのだと思う」

合作小説「きっと、天使なのだと思う」

第5話

その重厚で威圧感ある扉の前で立ち止まり、僕はそれとなく後ろを振り向いた。

背中を撫でてた彼の姿はなかった。

運転手のアルファベットは確実にいるのだけど、その姿を見ることはなかった。

振り返った景色を見渡してみると、アーチの向こうは霧が漂うみたいに景色を景色としてなくしていた。

悪寒が肌を滑るようにうぶ毛まで震わせた。果たしてこのまま屋敷に入ってもいいのか?

そんな葛藤をした時、テトラを抱きあげたまま、クラリネットが僕の指先を摘まんだ。

「扉を開けるのはあなたですよ。それがあなたの使命であって、運命かもしれません。きっとあなたは私たちのことが怖いのでしょう?そうじゃなくって」

お嬢様の命令には逆らうことができない。僕は車に乗り込んだ時から感じていた。逆らうことは、これから待ち受ける出来事が、最悪な方向に流れるような気もした。

だから、僕は震えるうぶ毛を引き連れて、重厚な扉を両手でおもいっきり押した。

左右対称に開き始める扉、見た目とは違って重くも軽くもない感触が手のひらに響いた。ゆっくりと確実に扉を押して、暗闇の向こう側へ外の光を忍び込ませた。

光の筋は四方八方に広がり、またたく星みたいに屋敷の中を照らした。

「さあ、中に入りましょう。あなたにお願いしたいことがありますから」

開かれた扉の向こう側の世界に、僕の心は震えた。広間に淡い赤色の絨毯が敷かれていた。中央には、目が回りそうな螺旋階段が、果てしなく天井まで続いている。

僕は口を開けっ放しで天井を見上げた。恐ろしいほど天井は高い。と言うか、どこからが二階なのかわからないほど、螺旋階段は永遠に続いているのだ。

ぐるぐる巻きつく蛇のようにも見える。一体、この屋敷の構造はどうなっているのだろうか?不可思議であまりにも現実離れしている。

やはりアーチをくぐるべきではなかったのか!?僕はこれからどうなっちゃうのだろう。

もしも、不安要素がチーズを削ったくらいの幅でも、僕の不安は驚くほど厚みがあって、いずれ恐怖に変化して心は押し潰れそうだった。

クラリネットは、優雅にスカートを揺らしながら、顔面蒼白の僕を横目にして、華麗なスキップで螺旋階段をかけ上がった。曲がりかかったぐらいの場所で立ち止まると、クラリネットは僕を見下ろした。

そして僕に向かって、とんでもないことを言うのだった。僕はここまでのことを、心から後悔するだろう。

「‥‥‥『皆』がお待ちですよ、さあ早く。この時を待ち望んでいたのですから。どのくらいの時を待っていたでしょうね」

その瞬間、テトラの耳がピンッと立った。そして、クラリネットは軽く微笑むと、再び螺旋階段を優雅に上っていった。

「‥‥‥皆?」

自分に問いかけるように、ポツリと呟いた言葉は果てしない天井に吸い込まれるように溶けてゆき、クラリネットのヒールの音だけが、カツンカツンと屋敷に反響している。

その無機質な音を聞いた瞬間、急に背筋にゾワッと寒気が襲いかかった。そして、ふと後ろを振り返り、そこに居るであろうアルファベットに問いかけた。

「僕は、何故、ここにいるんだ? なあ、何で僕なんだ?ここは一体、何処なんだ?」

こめかみから冷や汗を流し、少し上に目線をやりながら、震える唇を合わせて必死に言葉を紡ぐ。

だが、その問いに答える者は誰もいない。ただ巨大な空間に、ポツリと残されただけだ。

「‥‥‥何なんだよ」

虚しく空気に消えた言葉を噛み締めながら、僕はうなだれながら螺旋階段を一段ずつ上っていった。その姿は傍から見れば、処刑台へ歩を進める囚人のように映っているのだろう。

その時、螺旋階段にある大きな窓から広大な庭園が見えた。都心にこんな場所があるのかと思いながら見渡すと、

奇妙な色の植物が目に映った。どうやら、小さな粒の集合体のようで、赤や青、黄色や緑など、随分派手な色をまとっている。初めて見る植物だ。

「不味そう‥‥‥」

つい、本音が唇の隙間からこぼれ落ちる。誰も聞いていないだろう、と思っていたのだが、考えが甘かった。

その瞬間、僕は左肩を思いっきり叩かれたのだ。きっと、アルファベットがやったに違いない。

第6話に続く‥‥‥

葉桜色人×有馬晴希

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