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読切小説「映画のように人生は歩まない」

読切小説「映画のように人生は歩まない」

埃が積もったレジカウンターを見るたびに、僕の履歴に埃が積もるようだった。帰り道の会社員が疲れた顔して店の前を通りすぎる。

三年前の自分を見るみたいだ。この店を受け継いでから今年で三年目になろうとしていた。

突拍子もない話しをするが、僕は三年前の日曜日に人生を百八十度方向転換したのだ。

それは映画のワンシーンみたいに切り取られた場面だったに違いない。

一人の老人が話しかけてきた。それが僕と老人の出会いである。

いつも通り、いつもの帰り道を歩いている僕へ、老人は突然質問してきた。老人の名前は山川さん。山と川を続けて読む山川さん。

当たり前だし、対して珍しい名前でもない。山川さんが今後、物語に出てくることもない。何故なら山川さんは、僕と出会った三日後に亡くなっているのだから。

とにかく山川さんは、僕にこんな風に話しかけて来た。

「明日からこの店を任せるから、君は明日から人生を編集しないかい」なんて言って来たんだ。

もちろん言ってる意味はわからなかった。僕と山川さんはこの日、初めて出会ったのも間違いない。

昔からの知り合いでもなく、まったくの赤の他人なんだった。そんな赤の他人の僕へ、山川さんは店を任せるからと言うわけ。

ユニークでもなんでもないと思ったさ。

せっかくの日曜日、恋人のデートを楽しみにしていた僕へ、会社から急な休日出勤を頼まれた。

恋人には怒られるは、踏んだり蹴ったりの日曜日だった。そこで赤の他人の山川さんから奇妙なことを言われたのだ。

しかし、あの時の僕はどうかしていたのか、山川さんの言った言葉を鵜呑みにしてしまった。

「人生を編集しないかい?」

まるで映画みたいな出来事に出会った。だから安易に僕は引き受けた。

山川さんが経営する雑貨屋を。

それが三年前の日曜日の出来事だった。そこからは早かった。山川さんの弁護士と名乗る男から土地の権利書や店の所有権を受け取り、ものの三日ですべてを引き継いだ。

そして三日後の朝、山川さんは帰らぬ人となった。

しかし、人生とは映画みたいに上手くはいかない。そんなことはわかっていた。

それでも僕は会社を辞めて、山川さんから引き継いだ雑貨屋をすることにした。

もちろん恋人からは『馬鹿じゃないの』って言われたし、呆れて僕の前から消えた。それでも僕は山川さんが言った言葉を信じて、雑貨屋を続けることにしたんだ。

そして三年後、恋人が言った言葉が骨身に染みた。三ヶ月に一人か二人しか来ない店で、僕の生活は苦しくなる一方だった。

確かに『馬鹿じゃない』だね。

そして、皮肉にもそんな風に思ったこの日。運命は三年前と同じ日曜日だった。人生を編集するどころか、映画のように人生は歩まないと悟った。

僕の人生はこれからどうなるんだろう。レジカウンターに積もった埃が切なくも塵と舞う。

そんな光景を見つめるしかなかった。

~おわり~

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