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合作小説「きっと、天使なのだと思う」

合作小説「きっと、天使なのだと思う」

第6話

「あれは‥‥‥、例のワイン!?」と一人言にしては大きな声で呟いた。後ろにいるであろうアルファベットに問いかけるように。

「そんなのは行けばわかるさ。君が本来取り戻すべきものだろう」とアルファベットは抑揚のない声で囁いた。

「嗚呼、そうだったね。僕が必要としているからなんだね。嗚呼、何となくわかってきたよ。何故、僕が選ばれたのかも‥‥‥。いや、頭では理解していないけど、僕は‥‥‥」それ以上言葉は続かなかった。続けるにも口の中は乾いていたし、目の前を優雅にかけあがるお嬢様の背中を見失いそうだったから。

螺旋階段を登り続けて、どれくらいの時間が経過したんだろうか?

そもそも彼女たちと出会ってから何分経過した。僕は突然の出会いを振り返り、一歩一歩、確かめながら足を上げた。

額の汗を拭っては今日の一日を振り返る。スーツの内ポケットに手を突っ込んで、汗を拭こうとハンカチを探す。指先がスーツの生地を通して胸に当たる。

よく考えたら、僕はハンカチを持つようなタイプではなかった。

仕方なく、袖のところで汗を拭っては先を歩くお嬢様の背中を見つめた。

無性に煙草が吸いたくなったけど、頭から欲求を消しては考える。僕が彼女たちと出会う前の一日をーーー

朝は普通に起きて、いつも通りの時間に家を出た。それからいつも通りの道を歩いて、いつも通りの時刻に電車を乗った。いつも通りの通勤ラッシュに揺られながら、いつも通りの会社に到着した。

いつも通りの仕事をこなして、いつも通りの時間に仕事を終えた。いつも通り、いつも通りの日々をいつも通り、僕はなんとなくやり過ごしていた。

それはいつもと変わらない日常で、いつもと変わらない僕が世の中に存在している。違っていたのは、いつも通りの帰り道に車のクラクションを聞いたぐらいだ。

帰ったら、何をしようか考えていたのかな?いや、恋人もいない僕には、これと言って予定はなかったよな。

帰っても誰もいない部屋で、いつも通りの行動をしていたんだろう。そう考えると、今日の出来事は面白く、それでいてスリリングな出来事だった。

そう思うだけで、僕の不安な心が変化していくのが感じられた。彼女たちと出会ったことによって、僕のいつも通りは思いもよらない世界を生み出したに違いない。

この先に何が待っているのか知らないけど、きっと退屈な日常を変えてくれるのに間違いない!!

僕は上着を脱ぎ捨て、クラリネットの後を追いかけるように走った。

そして、終わりの見えなかった螺旋階段が次への扉を見せた時、僕のいつも通りが驚くほど変わろうとしていた。

螺旋階段は途切れて、クラリネットとウサギのテトラが待っていた。

「さぁ、皆が待ってます。この扉を開けて、あなたのやるべきことしましょう」クラリネットが微笑みながら言った。

僕は頷いてゆっくりと前に進み出た。一階の扉とは真逆のドア。いや、手を前に出した瞬間に思い出した。

差し出した指先の前にドアノブが触れるところで、僕は見覚えあるドアに手が動ごかなくなったのだ!!

何かがおかしい?いや、これは初めからおかしかったけど、ここに来てようやく目の前のドアに疑問が浮かんだ。

隣に立つクラリネットを見つめる。彼女は変わらず微笑みを見せながら待っている。

それでも瞳の奥は、早くドアを開けなさいと言う雰囲気が漂っていた。そんなクラリネットの胸に抱かれていたウサギのテトラ‥‥‥。

瞳をゆっくり動かして、じっくりと観察する。テトラはテトラであって、もう僕の知ってるテトラじゃなかった。

ツギハギだらけのぬいぐるみになっていたからだ!?

そして、目の前のドアが、僕のマンションのドアだということに、心が再び不安定になろうとするのだった。もうどうにでもなればいい。

僕は微笑むクラリネットを横目に、思いきってドアノブを回した。乾いた音がしてドアはゆっくりと開いた。

第7話に続く‥‥‥

葉桜色人×有馬晴希

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