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第71話「潮彩の僕たちは宛てのない道を歩く」

太い眉毛が印象的な彼女。図書館の事務所で僕は簡単な面接を受けていた。面接をするのは上原姫子と見知らぬ女性。グッチのスーツにグッチのサングラス。そして、グッチのバックを机の上に置いていた。どう考えても面接を受けている雰囲気はなかった。

僕の持ってきた履歴書をマジマジと見る。その横で上原さんもじっと様子を伺っていた。


緊張感ある雰囲気ではなかったけど、見知らぬ女性は一言も喋らない。僕と上原さんが事務所で待っている時に、突然入って来て手を挙げて挨拶をした女性。そのあと、僕の履歴書を見ている状態だった。この人がもしかして図書館の館長なのか?

雰囲気を見る限り、セレブ感たっぷりの女性だった。サングラスをかけているので、年齢はよくわからない。千夏より上に見えるし、下にも見えなくはなかった。


「海ちゃんって実家暮らし?」

「えっ!?」

「答えなさいよ。どっちか聞いてるだけよ。簡単でしょう。女と寝るぐらい簡単な質問じゃない」


何の前触れもなく話し出した見知らぬ女性。質問の例えが突拍子もなかったので、動揺を隠せない。それでも慌てて、「そうです」と質問に答えた。とか言いながら、実際は美鈴と同棲していたが、この際これぐらいの嘘はいいだろうと思った。

実家暮らしだと何か問題があるのか?謎の質問だったし、僕はこの人の名前さえ知らない。


「採用してあげるわ。詳しいことは姫ちゃんから聞いてちょうだい。それじゃあ、私は失礼するわね」と言ってから立ち上がって、上原さんに何かを告げて立ち去ろうとした。


「あっ、まだ自己紹介をしてなかったわね。私は図書館の館長をしている広瀬川と言います。今日から私のことはヒロセさんと呼んでちょうだい。よろしくね、海ちゃん」


「は、はい!!よろしくお願いします。ヒ、ヒロセさん。ありがとうございます」と、ぎこちなくお礼を言った。するとヒロセさんは微笑んで事務所から颯爽と出て行った。


扉が閉まったあと、僕は上原さんの方へ振り向いた。すると、彼女は笑うのを我慢している。そして、呆気に取られている僕へ、まずはおめでとう、と言って手を差し出した。


「受かったんですね。僕……」と差し出された手を握手しながら言った


「良かったわ。内心、もしかして受からないかもと思ってたの。ヒロセさんって厳しい人なのよ。人は見かけに騙されるから。前にも言ったでしょう。高級なコーヒーを淹れたと言えば、ただのインスタントコーヒーも美味しくなるの」

「それじゃあ、今日出されたコーヒーもインスタントなんですか?」と机に出されたコーヒーを見て訊ねた

「まさか!!ヒロセさんも飲んだのよ。あの人にニセモノは通用しないわ。そんな人なのよ。海ちゃんもこれからわかるわよ。嫌って言うほどね。だけど、女と寝るぐらい簡単のくだりは理解し難いけどね」と上原さんは笑った。


こうして、僕は静寂すぎる図書館で働く事となった。その日の帰り道、僕は早速、千夏に採用されたことを報告した。すると、千夏は少女みたい喜んでくれた。僕と一緒に働けることが嬉しいみたいだ。

そんな千夏に僕も嬉しかった。だから、部屋に来ないかと誘われた時、僕は急いで千夏のマンションへ向かうのだった。


僕の新たな生活が始まろうとしていた。


合鍵を使い、僕は千夏の待つ部屋の扉を開ける。キッチンから千夏が顔を覗かせて笑っていた。おかえりとただいまのスキンシップ。料理を作る千夏の背中から抱きつく。何を作ってるのと質問した。千夏の返答は内緒と言って、僕の頬っぺたにキスをした。

僕たちの関係は大人の関係でもなく、恋人関係に近い。大人の恋人関係としていた。それが二人の選んだ道だったから。


そして夕飯を食べ終わったあと、千夏が僕に向かって一言聞いてきた。「今夜、彼女は大丈夫なの?」と部屋にある時計を見て言う。

時刻は夜の九時を少し過ぎていた。きっと、そろそろ戻らないといけない。そんな風に千夏は思ったから聞いたのだろう。


「大丈夫だよ。店で新しいバイトが入って来たから、今夜は歓迎会て遅くなるって。たぶん十二時過ぎまで帰って来ないよ」


「ホントに!!」と千夏は嬉しそうな顔をした。


それから僕たちは、キッチンで仲良く洗い物をした。蛇口の流れる水が止まった瞬間、僕らは寄り添って水の流れるままに浴室へ向かった。肌着を脱がして、僕の脱け殻と下着は重なり合う。深い関係になった瞬間から、千夏は僕への想いを強くしていた。

あの夜から、千夏の裸は美しい彫刻のようだった。他の四十三歳の裸体は知らないが、千夏は恋をして確実に綺麗になっていた。形の良い胸やお尻に僕は無我夢中で求めた。


汗を掻いては、千夏に染み込んだ濡れた秘部へ挿入した。壊れた蛇口みたいに射精をした時、千夏の表情が快楽と悦びに包まれた。僕たちは大人の恋人関係。あの日から、千夏は寒さのある冷たさをなくしていた。きっと僕と結ばれたから。そんな風に思っていた。心の寂しさと、千夏を暖めるプラグが繋がり、あの氷とは違う冷たさが溶けてなくなったのだろう。肌の触れ合いに、千夏は生まれ変わり、新たな自分を手に入れた。


そして僕は……


夢の中で出会った彼女の顔を想像していた。僕は器用にも、千夏を抱きながら夢の中の彼女を考える。器用さと心を分別する技術みたいな心になっていたのだ。僕は、僕だけの宛てのない道を歩いていた。会える保証もない彼女を想いながら……


夢の中の彼女に会いたい。瓜二つの彼女へーーーー


真夜中過ぎ、僕はマンションへ帰って来た。千夏の部屋で長居しすぎたのもあって、てっきり美鈴が帰っていると思った。だけど幸いにも美鈴はまだ帰宅していない。僕は部屋着に着替えて、歯を磨いてベッドへと寝転んだ。

そして美鈴の帰りを待ち続けた。気づいたら眠ってしまったのだろう。朝の匂いを鼻先に感じた頃、僕は仰向けで目を覚ました。起き上がって隣を見た。だけど、隣には誰もいなかった。


その日の夜、美鈴は帰って来てない事実を知るのだった。


第72話につづく


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