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小説「琵琶湖の飛び魚と呼ばれた男〜後編〜」

小説「琵琶湖の飛び魚と呼ばれた男~後編~」

「どう、美味しくない?」とホットドッグを食べ終わった彼女へ訊ねた。

「マクドの方が好きやな。私は」とテッシュで口の周りを吹きながら彼女が言い放った。

マクドナルドをマクドと呼ぶところが関西出身だな。そんなところが気に入った。

なんて言おうかと思ったけど、それじゃあ、ホットドッグを勧めた自分が恥ずかしくなったので、「舌が平凡なんだよ」と負け惜しみ的に言い返すのだった。

まあ、彼女にしたらホットドッグよりも、飛び魚と呼ばれた男の方が優先順位として大きいんだろう。

そんなのはわかっているけど、少しは感動して欲しかったと思うところもあった。

「ねえ、これからどうするの?飛び魚男に会えるのかしら。会えないんならわざわざ来た意味がないでしょう。泊まるわけじゃないんだから、私たちは日帰りで帰るのよ」と車のボンネットにもたれながら彼女が訊いてくる。

「会えるかなんてわかんないよ。それに、彼は都市伝説みたいなもんなんだよ。渚は別に運転もしないんだから、帰りの心配とかないだろう」と嫌味っぽく言い返す。

「ねえ、そんな言い方ないんじゃないの。そんな揚げ足取らなくても」と彼女が文句を言い続けると思ったら、ボンネットから身体を起こして琵琶湖の方へ視線を移した。

僕も釣られるように、琵琶湖を見渡した。すると、フラットな湖面に魚が一匹跳ねる。

いや、魚じゃない!?目を凝らして見ると、一人の男性らしき人が魚みたいに跳ねたのだ。

「ちょっと今の見た!!あれ、人だよね。人ってあんな風に湖からジャンプ出来るわけ!?」彼女は興奮しながら僕の肩を叩く。

「イルカじゃあるまいし……」と僕は両手で双眼鏡の真似をして、琵琶湖を泳ぐ一人の人物へ注意深く観察してみた。

「あっ、トビオさんだ!!」

「えっ、なになに!?トビオ?」と彼女が僕の肩を揺らして訊き返す。

僕らの姿に気付いたのか、琵琶湖を泳ぐ男性が手を振って来た。僕も男に向かって手を振って答える。その横でわけがわからないと、騒ぐ彼女を無視した。

僕は男性へ、こっちへ来るように声をかけた。すると男性は、飛び魚のように琵琶湖の湖面を滑空して飛んだ。

歓喜の声を上げたのは彼女、僕は両手を突き出して男性にハイタッチ。

「久しぶりだな。こっちに帰って来たんだ。もうすっかり青年になったな。何年振りだよ」とトビオさんが、ガッチリ握手をして訊いてきた。

僕はここへ来るまでの経緯を、簡単に説明した。すると、トビオさんは誇らしげに頷いてくれた。

そんなトビオさんの背中には、立派な背ビレが生えていたし、脇から腕にかけてはヒレが輝いていた。

やっぱり、琵琶湖の飛び魚と呼ばれた男は、僕らの憧れで裏切るような男じゃなかった。

あれから数年かけて、トビオさんは立派な飛び魚に進化していたのだ。

「ってファンタジーすぎるわよ!!」と彼女がツッコミを入れていた。

「信じる者は馬鹿を見る。そうじゃないんだよ。信じる者はロマンに生きることが出来るんだ。いつかの少年よ。こうして再び出会えたことを誇りに思うよ」とあの頃と変わらないトビオさんの笑顔は素敵だった。

「トビオさん、次はどんなロマンを追いかけているんですか?」と僕は訊ねた。

「嗚呼、次はネス湖と琵琶湖が海底トンネルで繋がっているか確かめたいんだ。そのためには、えら呼吸を身につけないとな」と誇らしげな笑顔で答えてくれた。

「おいおい、あなた達の会話おかしいわよ。しかもトビオって、あんた名前知ってたんや」と隣で彼女のツッコミは終わることはなかった。

「ときに彼女、君はここからすぐの琵琶湖沿いのホットドッグは食べたのかな?あそこのホットドッグは美味しいぞ」トビオさんがそう言うと、彼女は目を細めて「食べてみますと」声に出して言った。

琵琶湖の飛び魚と呼ばれた男。それはロマンを求める誇らしげな男のことだった。彼が何年後かに、ネス湖と琵琶湖の海底トンネルを確かめることが出来たなら、僕はもう一度会いに行くことを心に決めていた。

ロマンは決して、裏切ることはないだろう。それが嘘みたい話でも……

~おわり~

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