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第73話「潮彩の僕たちは宛てのない道を歩く」

真夜中の会話が途切れるように終わったとき、僕は一週間ぶりに瓜二つの彼女と出会った。背中にくすぐる羽根が見えて、殺風景な部屋の中へ吸い込まれる気分だった。枠のない扉が枠の形で切り取られて、殺風景な部屋に空気が流れ込む。

少し生暖かい風みたいだと、ソファーに座りながら思った。初めてこの部屋に来たときと同じシチュエーション。夢の続きを見たことはなかったけど、これはまさしく前回の夢の続きだった。


扉の向こう側から真っ白なワンピース姿で現れた瓜二つの彼女。僕は一週間ぶりに会う彼女と話したかった。前回、彼女は教えてくれた。あの子は本当の自分を知らないと。

それについて考えたけど、答えは出ないまま時間だけが過ぎていた。今日こそは答えを知りたい。それは僕の覚悟だったし、本当の彼女を受け止める勇気だと思った。


『覚悟したのね。だったら話しは早いわ。待つしかないけど、答えは思わぬ形でわかるでしょうね。だけど、覚悟をするのね。痛みのある真実だから。それに、彼女は気付かない恐れもあるわ』

「君と美鈴は同じ人なのかい?僕の知ってる美鈴は二十歳の美鈴。君も二十歳の美鈴だよね。こんなにも瓜二つの彼女は存在しない。だから、君と美鈴は同じなんだろう」話しかけたら夢が覚めると思ったけど、我慢が出来なかったので思い切って訊ねた。

『その質問には答えにくいわ。だから教えてあげる。あの子は悪くないし、すべては大人の成人式が来る前の出来事だったのよ』


ここに来て、また大人の成人式が絡んできた。大人の成人式で、僕と美鈴は性行為をしている。だけど、あれは精神的な出来事で真相は謎のままだった。だが、瓜二つの彼女は大人の成人式が来る前の出来事と言う。

それが、僕の知らない本当の美鈴なんだろうか。そう考えるしか思えなかった。美鈴は大人の成人式の前、何かしら体験をしている。


「痛みなんか怖くない。僕は覚悟をして、君を夢の中へ呼んだんだ。君が言うことも信じてる。君と美鈴にどんな秘密があろうと、僕は目の前の道を歩くよ」

『馬鹿ね。あなたは未来を未来として思っていない。大人の成人式で何を学んだの?何もわかっていないわね。あなたがどれだけ未来を予想しても、現実は闇よりも深い痛みなのよ。それだけを覚えといて……』


一瞬、瓜二つの彼女が切ない表情をした。それを最後にワンピースが揺れて、夢は終わりを迎えた。突然と夢は終わり、僕を馬鹿呼ばわりした瓜二つの彼女は謎めいた言葉を託して居なくなる。

隣で、もう一人の彼女が寝息を立てていた。これもまた、前回と同じ光景だった。


僕の彼女は何者なんだろうか?ふと思っては美鈴を抱きしめた。


覚悟をしていたのに、僕は痛みに耐えられなかった。そんなちっぽけで弱い人間だったんだ。


図書館での仕事に慣れ始めた矢先、僕は痛みに耐えられない事件という出来事に出くわした。その日、僕はどこにも寄らずまっすぐに家へ帰ったんだ。夏の蒸し暑い風が、肌に纏わりついて、首筋から滴る汗が止まらなかった。マンションが見えたると、首筋の汗が冷や汗に変わるとは思ってもいなかった。


そして、突然痛みのある出来事が待ち受けていた。


マンションの出入り口に差し掛かると、一人の青年がエントランスに居た。僕の人生でこんな知り合いはいないだろう。たぶん出会ったとしても、僕は絶対に避ける相手だ。青年のことが気になった理由は二つあった。

一つは彼の容姿である。ロン毛の金髪に、僕の着ないような服装。首からシルバーのイヤリングを下げて耳にはピアスを付けている。指輪を何個かはめていた。単純に言うと、能天気な格好だと思った。


二つ目は、能天気な格好をした彼がエントランスでうろうろしているからだ。しかも、住人用のポストを探すように見ていた。その目はギラギラとした蛇を連想させる。それが僕の汗を冷や汗に変えた。

うぶ毛が逆立ち、僕の本能が危険信号を感じ取った。なんだろう。エントランスに踏み込んだとき、僕の一歩は一歩として機能しなかった。そんな僕に対して、能天気な彼は冷え切った目で刺すように見てきた。


『なんだよお前』と彼の心の声が聞こえた。

僕の警戒信号と危険信号が同時に点滅した。関わらない方が良いと思い、僕は彼の蛇の目を避けて通り過ぎようとした。それが僕の生き方だった。目立たないように、ひっそりと生きてきた。

そんな生き方をしていたんだと、改めて思い知らされた。でも、僕は立ち止まって、彼を見つめてしまうのだった。何故なら能天気な彼が、僕の部屋のポストに手を入れようとしたからだ。


これが、僕と能天気な彼との初対面である。

そして、『未来を未来として思っていない』と瓜二つの彼女が言った言葉を思い出した。これは痛みのある真実である。僕はちっぽけで弱い人間なんだ。


第74話につづく

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