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読切小説「三日月太郎とパズル女」

読切小説「三日月太郎とパズル女」

梅雨入りする前、その女は湿気のある部屋で終わりそうのないパズルを見つめていた。

何故なら最後のピースが無いからだ。

そんなことはわかっていたが、女は不思議と最後のピースを残してはひっくり返して、再びパズルを始めからやるのだった。

無意味な行動にも思えたが、女はその繰り返しを日々の日課にしていた。

反り返ったオブジェがテーブルの上に飾っていたのを女から聞いた時、そのオブジェが頭の中で想像もつかない。

ただ一言、女は反り返ったオブジェと言うのだった。一度でも女の部屋へ遊びに行ければ良かったのだが、結局訪問することはなかった。

白湯を飲んでから朝の始まり。そんなことも言っていた。何故?と質問をしても、女はあやふやに答えるだけで本音を言うことはない。

心を閉ざしているわけではなかったけど、私にも本音という本音を決して言葉にしないのだ。

そんな女だけど、私は決して嫌いじゃなかった。一つはスタイルの良いところである。身なりもお洒落でセンスの良いところが気に入っていた。

しかも、美人である。美人な女は決まって性格が良いと昔から思っていた。性格が悪いのはブスな女。男にしても当てはまるだろう。

ハンサムな男は性格が良くて、ブサイクな男は根が腐っているのだ。これは私の考えであって、人にとやかく言われる筋合いはない。

「そうは思わないかい?」と女にその旨を伝えて、意見を聞いてみた。

「どうなんでしょうか、私は自分が美人とも思ってません。それに性格診断ができるわけでもありません。だから三日月さんの言うことに、私は上手く答えられない」女はそう言ってから、私の目の前で服のボタンを外した。

ブラウスのボタンを外す仕草が妙に色っぽく、コマ送りのような画像が目に焼き付いて離れない。

女の魅力は人によって様々だけど、私から見て、この女の魅力は、私だけが知ってる魅力を持ち合わせていた。

そんな女と夜を共にして、次の朝にはそれぞれの生活へと帰って行く。それが私と女の関係性だった。

この日も私の前で裸を露わにして、私の前で秘部を露わにしては濡れ模様な様を見せつけてくれた。

私はそんな女に溺れると。

翌日、女から呼ばれたので都内のホテルで待ち合わせをした。待ち合わせ時間より少し早く着いたので、私は喫煙所に向かった。

何故なら、ラウンジは全席禁煙だったので、今のうちに吸っておこうと考えたのだ。現代の世の中は、非常に喫煙者を隅に追いやろうと、理不尽な暗黙が徘徊しようとしていた。

私から言わせれば、国が売ったものを何の罪もなく吸っているだけなのに。理不尽な暗黙に怒りを覚えてる。

しかも喫煙者に対して、まるで悪魔のように扱ってくる。ホントに理不尽すぎて憤りさえ感じる。

だったら国は、売ることを禁止すれば良いのに。

なんて愚痴は心の中に隠して、吸っては優雅に煙を吐いて、女の待ち時間まで時間を潰した。

どうせならこのあと、ホテルで部屋を取って休憩しようか。いつも会う時はラブホテルだったので、こんな機会は滅多にないチャンスだと思った。

そんなことしか頭に無いのかと言われても、女の魅力を若いうちに知ったから仕方が無い。

寝てみたいと思わせる女こそ、魅力ある女性なんだと、煙草を吸っては思っていた。腕時計で時間を確認して、そろそろ待ち合わせ時間が迫って来たので、私は二本目の煙草に火を点けた。

その時、一人の男が喫煙所に入って来た。五、六人でいっぱいになる喫煙所に私しかいない。男は私の方をチラリとも見ずに、奥の角へ腰を掛けるとマイルドセブンにマッチで火を点けた。

マッチで火を点けるなんて面倒なことをするもんだと思った。折れたり上手く点かなかったりと気分屋に近い。

だから私は、マッチを持たない。

まあ、人それぞれなんだから、私がとやかく言う権利はないんだけど。

男は焦げたマッチの先を見て、一行にタバコを吸おうとはしない。私は横目で様子を伺っていた。

煙草はジリジリと灰へ変わっていく。男は相変わらず焦げたマッチの先を見つめている。

なんなんだ!?

この男は煙草を吸いに来たのじゃないのか?そのあと、男は一度も煙草を吸うことなく喫煙所から出て行った。

灰皿の上には、そのままの形状を保った煙草が綺麗に一本丸ごと灰になっていた。

全くおかしな男もいるもんだと。なんて思いながら、私は約束の時刻になったのでラウンジへ行くことにした。

女に会ったら、今の出来事を話してみよう。私は女にどうでも良い話しをして、どんな風に感じるのか、どんな風に思うのかを聞くのが好きだった。

決して、答えを求めているわけではない。何が正解か不正解なのかを議論したいわけじゃない。そんなのは自問自答する馬鹿がすることだ。

私に限っては違う。単純に女の意見を聞く行為が好きなのだ。要するに変な趣味だと思ってくれたらいい。

ラウンジを覗くと、すでに女は席についていた。私は声をかけながら近寄ると、女の向かい側に座った。

「やあ、今日は何か話しがあった?連日会いたいなんてめずらしいよね。もしかして恋しくなった」と冗談を混ぜながら言った。

「恋しくはありません。ただ、見つかりそうなんです」

「見つかりそう。何が?」

「パズルのピース」女はそう言って、空のグラスにビー玉みたいな玉を落とした。

シャンシャンと軽い音がグラスの中で反響して、ビー玉みたいな玉はグラスの内側で回りながら、中心へと転がっていく。

私はその様子を眺めながら、パズルのピースが見つかりそうと言った意味を考えた。確かに女は毎日、部屋でパズルをしていると話していた。

それは知っていたが、最後のピースが無いから完成しないと教えてくれた。それを伝えたくて呼び出したのか?

そんなの電話で済む話じゃないだろうか。ビー玉みたいな玉がグラスの中心でピタッと止まった。私は顔をあげて女の顔を見た。

いつもと変わらず、女は美しい顔をしていた。そして一言、部屋を取って休憩しましょうかと言うのだった。

私は何も言わずに、席を立って受付へと向かった。平日だったので部屋は空いていた。私は女の手を取り、エレベーターへと進んだ。

エレベーターに乗り込むなり、唇を重ねて舌を吸った。服の上から胸に触れて、スカートを少しだけ幕して形の良いお尻を触った。

このあと、私と女は朝まで情事を愉しんだ。女の中を味わいながら、私は焦げたマッチの先を見つめる男の顔を思い出そうとした。

だけど不思議と顔は浮かばなかった。まるで男のピースが無くなったようにも思えた。

私がこの先、男の顔を思い出すことはないだろう。ピースの無い顔は印象にも残らないから。

そして女は女で、見つかりそうなパズルのピースをはめようと心に思っているだろう。

~おわり~

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