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第64話「潮彩の僕たちは宛てのない道を歩く」

会話という会話はあったのだろうか?女の声は聞いていたが、耳が覚えようとはしなかった。唇を同時に開けて、すきま風を埋めるように舌で埋め合わせた。僕の唾液を吸うように、女が激しく舌を吸ってきた。すでに感情は欲情へと変化していたし、舌を絡めたい欲情で、僕は距離を縮めるように舌先で絡めた。


指一本一本が意識をもった生き物へ変貌したとき、女の身体を隠すように巻かれていたバスタオルが剥ぎ取られた。僕はかろうじて繋げていた思考が、そこで終わった。

瞳の奥まで飛び込んできた、女の豊満な胸を最後に僕は新世界へ旅立つのだった。


目はずっと開いていたが、開いていない感覚もあった。思考が正常に戻ったとき、僕はキッチンの中で立っていた。何が起きたのか?女の姿はなくて、わずかに石鹸の匂いだけが漂っていた。今のは幻覚なんだろうか?玄関へ行き、扉が開いているか確認をする。

やっぱり鍵は掛かったままだった。頭を掻きながら、女の姿を想像する。あの豊満な胸には見覚えがあった。しかも、僕はその女と寝ている記憶さえある。あの女はーーーー間違いなく亡くなった朋美だと思った。

頭がどうかしたのだろうか。僕はキッチンへ戻ると、空になった缶ビールをゴミ箱へ投げ捨てた。あと数時間後に美鈴が帰って来る。それまでに後始末をしなければいけない。巻き煙草の匂いも消さないと……


時間を確認して、僕は素早く行動に移した。そして完璧に片付けたあと、汗ばんだ身体を洗い流そうと浴室に向かった。そのあと、何もすることなく、ソファーへ身体を沈めて瞼を閉じた。

美鈴が帰って来るのを待ちながら。それから自然と、僕は夢の中へ堕ちていった。


「マスター元気なかったわ」と美鈴が言う。


「午前中もそうだったね」と僕も言う。


美鈴が帰って来てから、一時間後の会話である。


「やっぱり、朋美さんのことがショックみたい」


「うん。まだ引きずってるみたいだね。午前中も厨房は深田さんに任せてたよ」と僕が言う。


「ねえねえ、深田さんって話し好きじゃない。私、今日だけでもすごい話されたもん」


「えっ!!あの人、午後も店に居たの?」と僕は聞き返す。


どうやらあのあと、ずっと店に居たようだ。僕と会話をしていたけど、それでも話し足りなかったのか。でもよくよく聞くと、マスターに変わって、午後も厨房を切り盛りしたというわけだった。

案外良い人みたいだ。でも、僕としては少し苦手なタイプかもしれない。


「さて、そろそろお風呂に行こうかな」と美鈴はそう言って浴室へ行った。


部屋着が洗濯カゴに放り込まれる。淡いピンクのブラジャーを外す姿が目に浮かんだ。僕は美鈴の裸を想像して、今夜のセックスに胸を熱くしていた。

数時間前の光景と、美鈴を意識しては重ねていた。朋美が言っていた言葉を思い出す。

『私の裸で顔は美鈴ちゃんだったら興奮しない』そんなことはあり得ないと思っていた。


非現実的なことは不可能だろうと


だけど、どこかで可能かもしれないと、そんな考えを頭の中で思っていた。それを確かめるには今夜がうってつけだろう。何しろ、数時間前の光景が目に焼き付いていたから。

想像は現実さえ超えたビジョンを生み出す。僕はこのあと、そんなことを思い知らされるのだった。朋美という女は、まだ僕の心に生きていた!!


ギシギシ……ギシギシ……

ギシギシ……ギシギシ……


ベットの軋む音と美鈴の喘ぎ声が繰り返される。床にバスタオルが落ちる光景。僕の上に跨がり、豊満な胸が揺れる光景。伸ばした手のひらに溢れそうな豊満な胸の光景。

身体を起こして、美鈴と向かい合って胸をオーラルする光景。恍惚な表情で僕を見つめる光景。すべてのビジョンが、美鈴の顔であって裸体は朋美となっていた。


最低なビジョンだろう。そんな非現実的なビジョンを現実のビジョンとすり替えて、僕は美鈴とセックスを楽しんだ。

興奮のボルテージはマックスで欲望の世界へ身を委ねた。この頃からだったか、僕は美鈴を無理やり犯す、そんな夢へ溺れるようになるのだった。


すべては未来の真実とも知らず、僕の新世界はこうして創られる。汗ばんだ身体をシャワーで洗い流しては明日のことを考えた。


第65話につづく

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