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合作小説「きっと、天使なのだと思う」

合作小説「きっと、天使なのだと思う」

第4話

「お嬢様着きましたよ」とテトラがよく通る声で言った。クラリネットの言うとおり、ワインを飲み干したと同時に屋敷に着いたみたいだ。

「さあ、行きましょう。そうだ!!帰りにワインをお持ちになって下さい。そうね、そうでしょう。きっとあなたは嬉しいでしょう」とテトラの耳を触りながらクラリネットが言ってきた。

確かに気になるワインだけど、ホントに青や黄色のブドウなんて存在しているのだろうか?謎が深まるばかりだった。

イロイロという品種なんて、怪しさはハンパなかった。それでもクラリネットはお土産に持って帰るように言うのだった。

でも、少しだけその言葉に安心はしていた。お土産を持って帰るということは無事に帰れるというわけだ。

何しろ、今から何が待っているのかよくわかっていない。何故、僕が選ばれて屋敷にまで連れて来られたのか理由を聞かされていないからだ。不安なまま、僕は車から降りると目の前に広がる光景に言葉を失った。

足に重い枷を付けられたように、僕はただただ動けなかった。僕の住む都心から僅か数分で、こんな場所があるなんて信じられなかったからだ。

正確にはワインを飲み干す間に着いたことに驚きを隠せなかった。奇妙なデザインをしたアーチの向こう側に真っ白い大きな屋敷が見えた。

奇妙なデザインに思えたのは、そのアーチがあまりにも奇妙な感覚を肌に感じさせたからだ。

架空の生き物なんだろうか、蛇の頭に子供の身体をした人々が、手を繋いでアーチを囲んでいた。テトラを先頭にして、クラリネットが後について歩いた。

そして二人がアーチをくぐった瞬間、立ち止まる僕の方へ振り向いた。

どうぞこちらですよ‥‥‥と二人して言う。だけど僕の足は動かなかった。アーチの向こう側に妙な感覚を感じたからだ。それはまるで死をイメージさせる奇妙で不可思議な感覚だった。

僕の中の僕が躊躇している。アーチをくぐってしまえば、僕は一生戻れないんじゃないのだろうか。それは闇よりも深い、もっと奥に潜んでいる闇なのではないのか?

そんなイメージしか頭に浮かばなかった。だけど、クラリネットは帰りにお土産を持って帰るように言ってきた。

だったら僕の帰りは保証されている。そんな風に考えてもおかしくはない。でもそれは、僕を安心させるための嘘だったらどうする?

どうするのか?
どうすればいいのか!?

それでも僕は、きっとアーチをくぐるのだろう。唾を飲み込み、ググッと喉を鳴らしてから、僕は勇気を出して一歩踏み出した。

アーチが頭上を超えた時、僕は奇妙で不可思議な世界へと迷い込むのかもしれなかった。

『ジャリッ‥‥‥』

敷地に踏み入れると、足元に転がる小石が鳴いた。よく見ると、普通の石に混ざって赤や青、緑や黄色の宝石が至る所でキラキラと光っている。

「あぁ‥‥‥サファイヤやルビーが転がっておりますが‥‥‥どうぞ、そのままお進みください」

その言葉を聞いた僕は、背中から一気に冷汗が噴出したのがわかった。そして、反射的に足元を見渡すと、大粒のルビーや、ヒビの入った水晶などが目に映った。

その様子を見たテトラは、耳を折ったまま不思議そうに首を傾げ、クラリネットは表情を変えることなく、じっと見つめている。

「あ、あぁ‥‥‥すみません‥‥‥庭に宝石が敷いてある家なんて初めてなもんで‥‥‥アハハ‥‥‥」

ダラダラと冷や汗を流しながら笑って見せたのだが、きっと、みっともない泣き笑いを浮かべていたに違いない。何故なら、テトラは両耳でそっと目を覆い、クラリネットは僅かに眉をひそめていたのだから。

そして、もう一つ。僕を慰めるように背中を撫でていたのは、運転手のアルファベットなのだと思う。時折、吹きつける夏風とは違う温かさが、確かに背中に残っていた。

「まあ、どうぞ。どうか、緊張なさらず‥‥‥」

クラリネットはフフッと笑うと、足元で跳ねていたテトラを優しく抱き上げた。そして、宝石の道を踏み鳴らしながら、目の前にそびえ立つ屋敷へ向かって行く。

「‥‥‥」

目の前に現れたのは、絵本に出てくるような『お城』そのものだった。重厚な扉の先には、一体、何が待ち構えているのだろうか。

第5話につづく‥‥‥

葉桜色人×有馬晴希

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