小説「琵琶湖の飛び魚と呼ばれた男〜前編〜」
小説「琵琶湖の飛び魚と呼ばれた男~前編~」
日本一の湖と言えば、滋賀県の琵琶湖である。
それが僕の中では常識だった。子供の頃、ネス湖と琵琶湖が海底トンネルで繋がっていると噂されていた。ネッシーとビッシーは義兄弟で強い絆で結ばれていると、そんな都市伝説を聞いた時、僕たちはロマンだと心震えたものだ。
僕が住む町は滋賀県彦根市。平地が広がる田舎町である。地下鉄もなく路線バスもなかった。そんな時代を高校生まで過ごしていた。
上京してから琵琶湖の知名度が低いことに驚いたけど、特に知る必要はないと思ったので、それほど気にはしなかった。
ただ、ネス湖と琵琶湖が海底トンネルで繋がっている。そんなロマンある話しは大学時代にしてあげた。話してあげたのは上京してすぐに知り合った女の子である。
彼女の名前は渚(なぎさ)。彼女も関西出身で僕と気が合い、今でも仲良くしている。彼女が部屋へ遊びに来た時、大学時代の話しを思い出したように話し出した。
この流れだと、ネス湖と琵琶湖が海底トンネルで繋がっている話だと思うけど、彼女が思い出したのはある男の話しだった。
知り合って間もない頃、僕が小学校の時に出会った男の話。その男の名前は忘れたけど(当時、男の名前を聞いたかは定かではない)。
琵琶湖の飛び魚と呼ばれる男を知ってる?
そんな会話から始まった。あどけない表情だった彼女が、目を輝かせて身を乗り出した。そこまで身を乗り出すような話しではなかったので、いささか話すのに緊張してしまう。
話しのハードルが上がってしまったからだ。それでも話さない訳にはいかないので、僕は彼女に飛び魚と呼ばれた男の話しをしてあげた。
それから数年後……
「あのさ、あれって、結局なんだったの?」と彼女が思い出したように訊くのだった。
「何が?主語がないからわかんないだけど」と彼女へ言い返した。
この頃、二人とも関西弁が抜けて標準語に、少しイントネーションが違う標準語で話していた。
「ほら、私に話してくれたじゃない。あなたと知り合って間もない頃にさ、琵琶湖の飛び魚と呼ばれた男の話」と彼女が言って来る。
「琵琶湖の飛び魚。嗚呼、懐かしいなあ、そんな話しを覚えてたんだ。どうなんだろう。僕もホントにあの男が存在してたのか疑わしいよ。今となっては」
「でもさ、今になって気にならない。なんか急に思い出したのよ。これってさ、私たちに確かめろって事じゃないの。だって、ホントの話だったら凄くない!!」と彼女があの頃みたいな表情で言うのだった。
タイミング的に連休が続いていたので僕と彼女は、滋賀県彦根市へ行くことになった。まさか、そんな展開になるなんて思わなかったけど。懐かしい故郷に帰れることは嬉しくて、地元の友達へ連絡をしてしまう程だった。
東京から車で数時間、僕と彼女が彦根市に到着した時、時刻は午後三時を過ぎていた。
昼食を抜いていたので、高速を降りてから琵琶湖沿いに向かった。
「どこに向かってるん?」と彼女が車から流れる風景を眺めながら訊ねた。
「琵琶湖を一周しよう。琵琶湖沿いに美味いホットドッグがあるんだ。美味いって言っても、ごく普通のホットドッグなんだけどね」
「へぇー、期待してないけど」と彼女が素っ気なく言う。
僕はカーステのボリュームを上げると海みたいに広がる琵琶湖を眺めた。
この広さなら、ホントにネス湖と繋がっているような気がした。僕が住んでる時は、ビッシーの姿を拝むことは叶わなかったけど、きっと真夜中なんかにひょっこり姿を出しているかもな。
「ねえ、飛び魚の話しなんやけど。実際の飛び魚って、どれくらいの距離を飛ぶの?」と車からの風景に飽きたのか、彼女が訊ねてきた。
「そんなの知らないよ。三十メートルとかそれぐらいじゃないの?」と彼女に答える。
「でもさ、飛び魚と呼ばれた男はもっとすごい距離を飛ぶんでしょう。五十メートルは軽く飛べるって」
今思うと大袈裟である。そんなの普通に考えたら人間業じゃない。でも小学生の僕は、何の疑いもなく信じていたっけ。
だけど、ホントは男の話だけの空想かもしれない。僕や他の友達も、その男が実際に飛ぶところを見ていなかったから。
琵琶湖の飛び魚と呼ばれた男。
果たして真相はどうなのか?それを確かめに、わざわざ滋賀県まで訪れた。
ここまで来たら、僕はネス湖と琵琶湖が海底トンネルで繋がって欲しいと思うくらい、男が飛び魚のように飛ぶところを想像しては笑みをこぼした。
カーブを曲がって、間も無く懐かしのホットドッグが食べれるなと、流れる琵琶湖を横目に思うのだった。
後編に続く……
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